流麗圧巻



綺麗だと思った。

しなやかに伸びる足と、真っ直ぐ突く拳、ふわりと舞う黒髪。重心はぶれないのに、猫のような身軽さでくるりと跳ねる。かと言って仙蔵のような鮮やかさは無く、文次郎のような力強さがあるわけでもない。
清流のような美しさがそこにはあった。



流麗圧巻



隠したがりな五年生の実力を見ようと、六年生総出で五年生の組手を見学しに行った。
この日俺達は実習明けで休みだったので、暇潰しも兼ねてだ。

「やっぱり気になるのは三郎だよな。不敗神話とかあったし」
「私は八左ヱ門だな。たまに一緒に鍛錬するが、あいつは体力があるぞ」
「……体力なら雷蔵も負けん」
「ダークホースは勘右衛門ってとこかな? あの子の実力は未だによく分からないんだよねえ」

俺達が好き勝手に五年生を語る中、六いの二人は不敵に笑っていた。

「お前ら、久々知を忘れんなよ」
「ああ、まあ三郎の不敗神話は確かに興味深いが、久々知もなかなかやるぞ」

真面目で優秀とは聞いているし、火薬委員会の委員長代理を立派に務めている後輩。
武術が劣っているとは思っていないが、どちらかというと座学のイメージが強かった。
しかしこの二人がここまで実力を買うのは珍しい。

「へえ、二人がそこまで言うなら楽しみだな!」
「でも、なんで久々知のことそんなに知ってるのさ?」
「そりゃあ、」

伊作の問いに、文次郎は笑みを深める。

「俺達が育てたからな」

そして、五年生の組手が始まった。

「おっ、一番手は八左ヱ門と雷蔵か!」
「楽しみだな……」
「おい、あまり身を乗り出すな、バレるぞ」
「どうせあの子達にはバレてるよ。さっきあの五人組と目が合ったもん」
「「早く言えよ」」

伊作の言葉にそれならば、と開き直って屋根の上に堂々と座る。
木下先生の笛の音を合図に、八左ヱ門と雷蔵の組手が始まった。

「……おー、雷蔵もなかなかやるな!」
「今の八左ヱ門の正拳突きは……痛そうだな」
「パワータイプ対パワータイプか……体力勝負か?」
「あっ、でも八左ヱ門は割と考えて動いてるね。雷蔵は迷うから考えないようにしてるのかな」
「ふむ。雷蔵は意外と小平太に似てるな。獣のようだ」
「お、八左ヱ門が巻き返した」

言うなれば剛と剛。力対力の対戦は迫力があり、次から次へと繰り出す技はお互いに入っている。ぶつかり合う殺気がここまで届いて、肌をぴりぴりと焼く。
雷蔵が倒される瞬間、俺達は圧倒されていた。

「……おっしゃー! 先輩方ー! 俺勝ちましたー!」
「あーくっそー! 中在家先輩! 後で鍛錬付き合ってくださーい!」
「えーずるい俺も俺も!」
「おー! みんなでやろうなー!」
「八左ヱ門! 雷蔵! 先に礼をしてから話し掛けろ!」
「あ、話しかけるのは良いんだね」

隠したがりでも、五年生は基本的に素直に慕ってくれる。
木下先生に怒鳴られて慌てて互いに頭を下げてから、八左ヱ門と雷蔵は下級生のように俺達に笑顔を見せた。
戻ってきた二人に、周りで身体を動かしていた五年生も駆け寄って労っている。
俺達や四年生では見られない光景だ。

「五年生は見てて安心するね」
「なんというか、爽やかだよな」
「下級生が怖がらないのも分かる気がする」

五年生は全員、もう人を殺めることも経験している。六年に比べれば数こそまだ少ないが、ここに残っている者は全員、それなりに乗り越えてきた奴らだ。
それでも無邪気さを失わない、本当に面白い学年だと思う。

「お、次は三郎と勘右衛門か」
「級長対決か。楽しみだな」
「二人とも技巧派だからねえ」

そうして三郎と勘右衛門の組手が始まった。

「……う、わぁ……」
「なんか三郎、仙蔵みたいじゃない?」
「えげつねえな。……けど、勘右衛門も負けてねえ」
「やっぱ級長同士なだけあって、互いに腹の内読めてんだろうな」
「……勘右衛門も充分質が悪い」
「しっかし、早え」

二人とも技巧派で、更に五年生の中でも素早い部類に入るので、気を張っていないと見逃しそうな焦燥感に駆られる。
技対技。容赦ない三郎の攻撃に、だがしっかり勘右衛門も対応できている。どれだけの読み合いがあるのか、緊張がその場を支配した。
そうして、三郎がそれを制した。

「……くっそおおおあざっした! 先輩方おれも鍛錬混ぜてくださーい!」
「いいぞー! 三郎はどうする!」
「…………」
「三郎も参加しますってー!」
「言ってねええええ!」
「おー! 来い来い!」
「聞いちゃいねえ」

楽しそうな小平太に苦笑が零れる。
無理やり三郎を鍛錬に参加させたのは負けた腹いせだろうか。級長って恐ろしい。

「面白いなあ、五年は」
「今晩の鍛錬が楽しみになってきたな……」
「組手もやってみたいね。三郎対仙蔵とか凄そう」
「三郎嫌がりそうだなー」

笑いながら、五年生の組手を眺める。
他の組もそれぞれ迫力があって、毎回終わり頃にはみんな息を止めていた。
まだまだ負ける気はしないが、舐めてかかったら確実に痛い目に遭うだろう。

「お、トリは久々知か」
「あれ、八左ヱ門二回目?」
「……あ、そういえば朝五年生が医務室来てたよ。風邪を引いたみたいだった」
「だからか……」
「まあ、早々に勝つようでは面白くないしな。良かったんじゃないか?」
「失礼だな……だがまあ、同意見だ。八左ヱ門なら不足なし」

六いの楽しそうな表情に、もし久々知が負けたら凄いことになりそうだなと考えながら木下先生の前に立つ二人を見る。
何かを話していたようだが、不意に勘右衛門がにっと笑って言った。

「潮江先輩立花せんぱーい! 兵助がお二人の前では絶対負けられないってー!」
「勘右衛門んんん! なんで言うの!?」
「いやあ、先輩方嬉しそうだよ!」
「やめてプレッシャーかけるの!」
「兵助! 勘右衛門! 試合前にじゃれるな!」

木下先生に怒鳴られ、久々知はむすっとしながら八左ヱ門の前に戻る。
笑いをこらえている五年生を差し置いて、仙蔵は爆笑していた。

「いやあ、勘右衛門は面白いな」
「笑ってやるなよ、久々知拗ねるぞ」
「とか言いつつ文次郎も嬉しそうだな」
「そりゃあ、あんなこと言われちゃあねえ」
「……先輩冥利につきるな」
「全くだ」

だが、穏やかに笑っていられるのもここまでだった。
木下先生が笛を吹いた瞬間、――久々知の纏っていた雰囲気が、まるで変わったのだ。

「なにがプレッシャーだ、バカタレ」
「私達相手でも感じたこと無いくせにな」

文次郎と仙蔵の言葉が耳に入ってこないくらい、俺は久々知の試合に集中していた。

流れるような動き。読めない次の行動。確実に力技では負ける八左ヱ門相手でも、するりと懐に入る胆力。
純粋に感じたことは、「綺麗」だった。

「…………あー!! 今日は勝てると思ったのに!」

八左ヱ門の声にはっとする。
いつの間にか八左ヱ門が仰向けになっていて、久々知は制服を乱すことなく綺麗に一つ礼をした。

「潮江先輩ー! 立花先輩ー! 勝ちましたー!」
「バカタレィ! まだまだ甘いわ! 鍛錬するぞ!」
「今日は小平太とも組手してみろ!」
「え! 俺死にません!?」
「やろう久々知! お前みたいな面白いタイプは初めてだ!」
「お手柔らかにお願いしまーす!」
「先輩兵助殺さないでね!」

厳しい返事の六いに、それでも久々知は嬉しそうだ。
木下先生に頭をがしがしと撫でられて無邪気に笑う姿からは、さっきの雰囲気など到底結びつかない。

「凄いねえ、久々知の化け具合は」
「ああ、別人みてえだったな」
「文次郎と仙蔵が認めるわけだ……」
「可愛いだろ。やらんぞ」
「強いだろ。やらんぞ」
「久々知ー! 仙蔵と文次郎が褒めてる!」
「え!? 気持ち悪い!」
「「お前今夜覚えとけよ!」」
「ごめんなさい!」

親か、と苦笑していたら、思わぬ久々知の返しに六年生は全員噴き出した。
まさか六年生の中でも特に怖がられている六いにそこまでばっさり言えるとは。
面白い。

「久々知ー! 俺とも勝負しろ!」
「えー! じゃあ今度定食に豆腐出たらくださーい!」
「おー! やるやる!」
「おっしゃー!」
「えー! 食満先輩おれもおれもー!」
「おお! うどんかー!?」
「なんで!?」

あまり関わりの無かった五年生。
俺達に比べてそこまで目立つこともなかったが、確実に成長している。これは俺達もうかうかしていたら危ないかもしれない。

「私達も負けてられんな! これから鍛錬行くぞー!」
「よし、裏々々山までマラソンだ!」
「おし、勝負しようぜ!」
「……望むところだ」
「あんまり怪我はするなよ!」
「体力も残しておけよ。これで夜五年に負けたら示しが付かん」

仙蔵の言葉に返事をしながら、まだ笑い合っている五年生を見た。
いつもながら密着度が高い。久々知も、そんな五年生の中心でもみくちゃにされながら笑っている。
だが、脳裏を掠めるのはさっきまでの凜とした久々知。

もう一度見たい。
今夜の鍛錬を楽しみにしながら、俺は裏々々山へ駆け出した。











――
食満くくに……したかったんだ……。
しようとして失敗した感ぱねえ……。
でも、兵助ってバランス良い身体つきしてそうなんですよね。寸鉄使いだから速攻タイプかな? とも思ったんですが、火薬壺とか硝石運んだりしてたら体力つきそう。あと握力すごそう。
一番筋肉無いのは三郎かなあと。変装するし、六年生で言うなら仙蔵タイプ。

六いと兵助のトリオも好きです。文次郎が実技、仙蔵が座学を教えてたらいいなあ。兵助って、人の良いところをどんどん吸収するイメージがあります。だっていろんな人に似てる気がするんだもの。
仲悪い五六年も好きですが、やっぱり仲良しが一番良いです。五年生は六年生に対して一年の隔たりに歯痒さや悔しさも勿論あるんだけど、それでつっかかったりはしないで素直に尊敬してると言える子達だと良いと思います。六年生も、そんな五年生を可愛い後輩と思いながら信頼しているのでビシバシ鍛えていれば良い。
生意気さで言えば三年四年あたりが一番生意気そうですね。
あ、あとタイトルは四字熟語じゃなくて五年生の組手のイメージ並べただけです。適当です。

はい、長々とすみません。
ここまで読んで頂きありがとうございました。


修正 16.04.05
修正 14.12.06

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