届かない

*キャラ崩壊





忍術学園には有名な犬猿コンビがいる。
毎度毎度何かにつけては口喧嘩をし、取っ組み合いも茶飯事だ。
他の同級生はもう止める気もないようで、喧嘩が始まるとさっと距離を取って眺めている。
だが二人を止められる者は同級生か教師しかいないのも事実で、誰もが呆れかえっていた。

……しかし。どうも最近、他にも止められる人が見つかったようだ。


「こんの馬鹿文次いいい!」
「黙れこのアホ留があ!」

今日も今日とて犬猿コンビは喧嘩中。
巻き込まれまいと即座に食堂から退散するのは下級生で、面白そうに眺めているのは六年生の面々だった。
きっかけはいつもの些細なことで、もう誰も気にすらしていない。

あいも変わらず口喧嘩を続ける二人だが、だん! と立ち上がり殴り合いになりかけたその時。

「疲れたー、ほんと木下先生にも困ったもんだよねえ」
「実習のトラップ全部解除しろ、だもんなあ」
「級長二人だからね、仕方ないよ」
「まあいつものことだろ。それより今日は豆腐あるかなあ」
「相変わらずお前はそればっかな」

聞こえてきた声にぴくり、と反応する二人。声は五年生のものだが、いつもは見向きもせず喧嘩を続行するくせに珍しい。

「……あれ、やけに静か……」
「「…………」」
「「…………」」
「やあ五年生」
「「……こんにちは、先輩方……」」

食堂に入って状況を理解した五年生は、さあっと顔を青くする。やばい、ただでさえ面倒な六年生が更に面倒なことになっているところに遭遇してしまった。

そんな五年生の心境を理解しているのかしていないのか、喧嘩中だった文次郎が掴んでいた留三郎の袂を離す。

「おい久々知」
「えっ……な、なんですか」

同じく文次郎の袂を離した留三郎に鋭い目つきで凝視され、名前を呼ばれた本人は冷や汗をかきながらも八左ヱ門の後ろから顔を出した。
まさかの兵助の指名に、五年生一同も脳内真っ白である。

「お前、今日こっちで食え」

にっこりと微笑む犬猿コンビに、あ、死んだわこれ、と一瞬で諦観した兵助だった。

「……で、うちの兵助に何するつもりですか」

真っ青のまま俯いている兵助の隣に座る留三郎と目の前で凝視している文次郎に不快感を露わにしながら、他の六年生と一緒の席につく五年生四人。
三郎の殺気立った目に苦笑しながらも、答えたのは仙蔵だ。

「いや、どうも最近あの二人、久々知を気に入っているようでな」
「は?」
「何かと目で追ってるんだよ。分かりやすいくらいに」
「……なんでまた?」
「喧嘩中に……久々知の組手を見て一目惚れしたらしい……」
「久々知って身体の動かし方よく分かってるからさ、無駄が無くて綺麗だろ?」
「確かに……」
「そうですけど……」

五年生はそれぞれ内心頭を抱える。四年の編入生コンビといい六年生といい、どうしてこう一癖も二癖もある人に好かれるんだあの天然は。
とりあえず危害を加えるわけではないことだけが救いだった。

そんな犬猿コンビの内情など知りもしない兵助は。

「……なにか御用ですか……?」

未だにじっとりと汗をかいていた。
何か失礼なことでもしたか、と思うが心当たりは無い。ならば何か用か、と思うも、二人共何も言ってこない。
目上に物怖じしない兵助でも、この不気味さは流石に怖かった。

「久々知、お前豆腐好きだったよな?」
「え、はあ……まあ」
「これやるよ」
「……えっ?」

突然留三郎に渡されたのは、小鉢に入った高野豆腐。ありがたく受け取りたいところだが、どうして急にそんなことをするのか戸惑う。

「えっと……」
「俺もやろう。遠慮せずに食え」
「ええっ」

文次郎までが小鉢を寄越し、賄賂か何かだろうかと思い始める兵助。火薬の横流し目的のために仙蔵や三木ヱ門がよく使う手口だ。
しかし、二人が火薬を使うイメージはあまり無い。というかそんなことを考えるのが申し訳ないほど微笑んでいるのだが、いやその微笑みもこの状況では怖いけども。
ぐるぐる不破る兵助に、助け舟を出したのは見守っていた五年生だった。

「潮江先輩、食満先輩!」
「うちの兵助が豆腐くらいで靡くと思ったら大間違いですから!」
「ていうか、豆腐で吊ろうなんて浅はかな考えはやめて頂きたいですね!」
「ほら兵助こっちおいで! 団子屋行くよ!」
「え、あ、うん。ええっと……失礼します……?」

戸惑いつつも素直に五年生の元へ戻る兵助を見て、六年生は思ったという。
五年生(保護者)マジ鉄壁……! と。

だがまだ納得していない者が二名。

「五年貴様らぁ……!」
「はあ? 兵助を手に入れようってんならおれら納得させてからにしてくださいよ」
「親かお前ら!」
「ふん、親友を誰一人納得させられない人達が、兵助のご両親に認められるとお思いですか!」
「ぐっ……一理ある……!」
「なら、お前らを納得させればいいんだな」
「俺達は手強いですよ」
「あと、無理やり兵助に手ぇ出したら容赦しませんからね」
「「……!」」

真っ黒五年降臨。
冷や汗を流す犬猿を見ながら、仙蔵は雷蔵に抱きしめられている兵助に視線を移す。
無表情だが、訝しげに眉間に皺を寄せていた。現状が分かっていないのか、何故犬猿が自分を好いているのかがわからないのか、恐らく前者だろう。兵助は自分に向けられる感情には疎い。

「よーし、じゃあ団子屋行こー!」
「勘右衛門は本当によく食うなあ」
「甘い物は別腹でしょう」
「雷蔵もよく食うよな……」

黒い笑みから一転し、和気藹々とした雰囲気に戻った五年生は食堂を出て行く。
だが、兵助だけがふと立ち止まり、くるりと後ろを向いた。

「せいぜい頑張って俺を落としてくださいね、先輩方?」

小首を傾げ、蠱惑的な微笑を浮かべる。艶やかに揺れる黒髪が、一層妖しげな雰囲気を引き立たせた。

……前言撤回。久々知も充分五年生だ。

犬猿コンビだけでなく、他の六年生をも息を呑むほどの色気を漂わせて去っていった兵助に、仙蔵は苦笑を零す。

兵助に翻弄される犬猿コンビが見られるのも、そう遠くないようだ。











――
食満くくがあって文くくもあるのに、何で犬猿くくがないんだ! 犬猿竹はあるのに! と思った勢いで書いちゃいました。まあ犬猿くくになってないけど。
五年生は兵助だけじゃなく、他の誰かが五年生以外の人に取られてもみんなで喧嘩売りに行くと思います。保護者五年は書くのが楽しい。
ところで今更一人称の説明しますが、基本的に目上の人には丁寧な一人称にしてます。しかしギャグチックな時だけ、一人称変えなくてもいいかなって思ってます。ギャグチックだし。

よし、それではここまで読んで頂きありがとうございました。

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