先輩と後輩
一年の伊助は補習、二年の三郎次は実習、四年のタカ丸も補習。
火薬委員会は万年人手不足である。
昔から基本定員三人という少なさで活動していたが、今年はこうやって一人で活動することが度々あった。うん、非常に困る。
溜息をつきつつも、真面目な兵助らしく焔硝蔵の整理を淡々と行う。火薬壺を外に出して、掃除をして、また火薬壺を戻す。
重い壺を何度も持つので、兵助の額には汗が滲んでいた。
「あっ、久々知せんぱーい」
「こんにちは!」
突然聞こえてきた幼い声に顔をあげれば、喜三太と作兵衛。後ろには平太と工具箱を持った守一郎もおり、梯子を担いだ留三郎が軽く手を上げた。それに軽く会釈を返してから、兵助は後輩達に微笑む。
「こんにちは。仕事中かい?」
「はい! 外壁の屋根の修補をしてましたー!」
「今日はもうこれで終わりなんですよ!」
「そうか、お疲れさん」
にこにこと笑う喜三太と作兵衛の頭を撫でてやれば、喜三太は嬉しそうに、作兵衛は少し照れ臭そうにそれぞれ礼を述べた。
後ろにいた平太と守一郎にも労いの言葉を投げると、二人も嬉しそうに笑う。
そんな後輩達の微笑ましい光景に和みつつも、留三郎は違和感に気付いた。
「あれ、他の火薬委員はどうした?」
「はにゃ?」
「そういやいらっしゃいませんね」
「一年は組は補習ですが……」
「タカ丸さんも補習ですよね……」
平太と守一郎の言葉に留三郎はまさか、と兵助を見やる。
一瞬たじろいでから、兵助は苦笑を零した。
「二年生は実習で、今日は私一人です」
「ええっ!?」
「お、お手伝いしましょうか!」
「ああ、いや、大丈夫大丈夫、もうあとこれ仕舞うだけだし。ありがとな」
確かに外にある火薬壺は十も残っていない。兵助の仕事の速さに留三郎は軽く驚きつつ、それでも手伝いたいと強請る後輩の頭を撫でた。
「火薬はこう見えて重いし危険だ。ここは俺がやるから、お前達はこれを返しておいてくれ。工具箱もな。片付けたらそのまま帰っていいぞ」
「え、でも……」
「良いから甘えとけって」
「……はい」
「頼んだぞお前ら」
「はーい!」
「はい」
それぞれの返事にもう一度ぐりぐりと頭を撫でる。梯子を担ぐ後輩達を見送ると、留三郎は振り返ってきょとんとしている兵助に笑った。
「うし、やるか。これはどこに置ばいいんだ?」
「えっ? や、ていうかどういう風の吹き回しです?」
「お前なあ、先輩の好意は素直に受け取れ」
訝しげに留三郎を見る兵助の頭をぺしっと叩けば、兵助は苦笑する。
どうも一つ上の学年には警戒してしまうようだ。
「ありがとうございます」
「おう」
留三郎のお陰で――というか残りわずかだったのだが――仕事もあっさり終わり、焔硝蔵の隣にある準備室でさらさらと帳簿をまとめる兵助に留三郎が呟く。
「つーか、お前の周りの奴らに声かけたら手伝ってくれたんじゃねえの?」
「そうでしょうね。でもあいつらもあいつらで忙しいですから」
「……んとにお前真面目な」
「それだけが取り柄ですし」
準備室の中で兵助の淹れたお茶を飲みつつ、帳簿を覗き見ようとして遮られた。
兵助とは皆無と言っていいほど接点は無いが、意外と話しやすい奴で安心する。真面目は真面目だが、堅物というわけではないようだ。
「お前一人ってよくあんのか?」
「ありますよ。池田と二人きりということも多いですけど」
「ああ、伊助と斎藤は補習か」
「顧問は土井先生ですし」
「うわ、じゃあほとんどお前が責任者ってことか? 地味に苦労してんだな、お前」
「それほどでも」
慣れたとでも言うようにくつりと笑う兵助に同情の念が浮かぶ。ただでさえ六年生不在の委員会で大変だろうに。
「なんかあったら言えよ? 委員会では最上級生でも、まだ五年なんだから」
「……はい。ありがとうございます」
六年生を頼れ、と暗に示され兵助はにこりと微笑む。もっと甘えろという六年生の余裕が五年生には歯痒い。分かっていて言うのだから酷い先輩だ。
そんなことはおくびにも出さないが。
「お、終わったか?」
「はい、あとは土井先生に報告するだけです」
「ん、じゃあ戻るか」
腰を上げた留三郎に、兵助は再び礼を言う。真面目だなあと笑われ、取り柄ですからと笑い返した。
「飯奢ってやるよ」
「えっ、でも手伝って頂いた上にそんな」
「気にすんなって。先輩の好意は」
「もう、……分かりましたよ。ありがとうございます」
一番長く一緒にいるのに付き合いのほとんどなかった後輩。無表情でい組であることから、生真面目で取っ付きにくい奴だと思っていた。意外と面白い奴だなあとふと笑って、少し目線より下にある頭をぽんぽんと撫でる。
ご飯に誘ったのが、兵助をもっと知りたいと思ったからだなんておくびにも出さずに。
――
最近兵助と食満先輩のコンビが好きすぎてどうしよう。
ここまで読んで頂きありがとうございました。