可愛い後輩

*キャラ崩壊






「わ、え、久々知どうしたの」

だんっという音と伊作の声に振り返れば、ぜえはあと肩で息をしている久々知が来て目を見開く。しかも、ガタガタと震える他の五年生が久々知の前後左右にひっついている。本当にどうした。

「あれ食満先輩なんで医務室に?」
「棚の補修、……いや、それよりどうした?」
「誰か怪我したのかい?」
「いえ、……えーと、それがですね……」

マイペースな久々知に苦笑しつつ二人して問えば、珍しく困ったような、歯切れの悪い言葉が返ってくる。
その時、ごおおっと風が吹いたかと思えば六いの二人と六ろの二人がその場に立っていた。途端に久々知以外の四人は身体を強張らせ、悟る。
ああ、またトラウマ植え付けたのか。

「おい久々知! 勘右衛門を寄越せ!」
「八左ヱ門! こっちに来い!」
「……雷蔵」
「三郎を渡せ、久々知」
「無茶言わないでくださいよ……」

それぞれわざと威圧をかけて言うが、それは逆効果だと思う。久々知も無表情のままだが若干顔が青ざめているし、なんだか凄く申し訳ない。

「ちょ、おいおい何やってんだお前ら」
「五年生怖がってるよ?」

五年生を後ろに避難させつつ殺気立つ四人に尋ねると、キッと鋭い視線に睨まれる。

「なるほど。久々知、わざとこいつらがいる医務室に逃げ込んだな?」
「……当然でしょう。先輩方を止められるのは先輩方しかいらっしゃいません。食満先輩がいらしたのは知りませんでしたが」
「ええ!?」
「ほう。こいつらが俺達を止められると?」
「恐怖に怯える後輩の為なら体の一つや二つ張ってくれる先輩方だと信じております」
「あれ、体張るの俺らだよな」

俺と伊作を挟んで、六いと久々知の言葉の応酬が続く。五年が何かしたのか、六年が何かしたのか。五年生の怯え方が尋常ではないのは確かだが。
それにしたって急な展開に戸惑っている。とりあえず状況を説明してくれと口を開く、が。

「久々知? これは一体」
「伊作先輩、留先輩」
「「!?」」
「助けてください……!」

あざとい。こいつあざとい。名前呼ぶとかずるい。涙目とかずるい。
そんなことを言われてしまえばやるしかないじゃねえか。

「!?」
「ちょ、待ていさっ」
「五年生に迷惑かけないでよね」
「なっ、離せ留三郎!」
「うわ!?」
「また嫌われるぞお前ら」

黒いオーラを放つ伊作に苦笑しつつ、六年生の捕縛完了。



「で、何がしたかったの君達は」
「いや……それが」

縛ったままの四人を五年生から遠い位置に座らせ、話を聞く。
もごもごと言いづらそうにしているところを見れば、やはり六年生が迷惑をかけていたようだ。

「六年生の中で誰が一番好きか、という話を五年生でしていたんです」

両腕にしがみつく双忍と前からひっつく勘右衛門、後ろからひっつく八左ヱ門の頭や背中を器用に撫でながら、息を整えた久々知が切り出す。
……ああ、あー、なるほど。それで自分の名前を出されて感極まって抱き締めようとでもしたのか。

「先輩方がそれを盗み聞……失礼しました、偶然聞かれていたようで、突然現れたかと思えば鬼気迫る笑顔でそれぞれ抱き締められまして。側から見ていてもそれはもう恐ろしく、凄まじい勢いで腕から脱出した四人を拾って必死でここまで来ました」
「……久々知、怒ってる?」
「いえいえ、この程度のことで憤慨するほど短気では無いつもりですよ。例え勉強の邪魔をされようが全力で殺気を向けられようが、六年生の先輩方に修羅苦羅のように怒るなどとてもとても」

めちゃくちゃ怒ってんじゃねえか!
真顔のままつらつらと並べ立てる言葉に戦慄する。何が怖いって普段と変わらない表情でばんばん嫌味ぶつけてくるのが一番怖い。

「……おい、五年生の良心が怒り心頭してるぞお前ら」
「久々知がここまで怒るの珍しいよ。早く謝ったら?」

俺と伊作が苦笑すると、六年生は憮然な表情をしたままぽつりぽつりと謝った。
全員が謝ると、久々知はふうと息を吐く。

「勘ちゃん、はっちゃん、三郎、雷蔵。もう大丈夫だ、先輩方怖くないぞ」

後輩に向ける時のような優しい声音で、ぽんぽんとそれぞれの肩や頭を撫でる。それは酷く安心出来る柔らかい音で、久々知が土井先生に似ていると言われる所以が分かった気がした。

「うう、兵助え……! ありがとおお!」
「お前がいねえとやばかった……」
「気にするな。三郎と雷蔵も怖かったな、もう大丈夫だ」
「兵助……お前かっこよすぎるよおお」
「助かった……」
「ん」

火薬委員会でもこんな感じなのだろうか、やけに手慣れてやがる。ぎゅっぎゅとひっつく仲良し学年を微笑ましく見守っていると、仙蔵がギリィと歯軋りをしていると思えばすぐに何かを思いついたように不敵に笑った。嫌な予感しかしない。

「チッ……おい久々知、そういえばお前は誰が一番好きなんだ」
「は?」
「ああ、お前勉強してて会話には入ってなかったもんなあ。誰なんだ?」

文次郎も悪ノリし、久々知以外の五年生に冷や汗が伝ったのが分かった。
六年生が全員いる前で選ばせるか……本当に性格が悪いというかなんというか。
うわあ怒るぞこれと久々知を見れば、――ふわりと花が綻ぶように微笑んでいた。

「そんなの、選べませんよ」
「……え」
「私は先輩方が全員同じくらい大好きなんですから」

直球すぎる言葉に、顔が熱くなる。俺だけじゃなく、おそらく全員。意地悪い笑みを浮かべていた六いの二人も真っ赤になって下を向いた。当の本人は俺達が照れていることが分かったのかくすりと微笑を浮かべる。
天然なのかあざといのか……。

「俺、久々知に殺される……」
「奇遇だね、僕もだよ……」

他の奴らもそうなのだろう、俯いて震えている。恐怖とか羞恥ではなく、可愛すぎる後輩に抱き着きたいのだ。
しかしトラウマを抉るわけにもいかず。必死で拳を握って耐えた。

「え、なに勘右衛門」
「…………」

聞こえてきた声に振り向けば、勘右衛門が久々知に何やら耳打ちしている。他の三人にも聞こえたのか、何やらこそこそと話し込む。

「あー、もう言っていい?」
「だあ! 兵助の鬼! 天然豆腐!」
「もう僕恥ずかしすぎて先輩方の顔見れない……」
「俺も……」
「はーいじゃあ今こいつらが言ったことをそっくりそのまま復唱します」

文句を言うろ組を無視して、久々知はにこりと微笑んだ。有無を言わせぬ笑みに五年生は押し黙る。

「『兵助だけじゃなく、五年生一同六年生が大好きです』!」
「! ……っ!」
「な……な……!」

やばい抱き締めたい。甘やかしてやりたい。そう思ったか思わないかのうちに、体は勝手に動いていた。

「もう、なんだお前ら可愛すぎか!」
「僕達も五年生大好きだよ!」
「ごめんなああ久々知い!」
「さっきは本当にすまなかった……」
「お前達も怖がらせてすまなかったな」
「悪かったから、もう泣き止んでくれ」

いつの間にかちゃっかり縄抜けしている他の奴らに驚きつつ、久々知にひっついている五年生達をそれぞれが優しく引き剥がして抱き締める。もう抵抗はされなかった。
俺と伊作も、くつくつと笑う久々知に両側から抱き着く。

「わ、」
「五年生は素直じゃないねえ」
「お前はこれを狙ってたのか」
「……ええ、最近みんな実習続きで疲れていたので、先輩方に甘やかして貰えば元気になるかと思ったんです」

苦笑交じりの言葉に腕の力を強める。ぼさぼさになるくらい頭を撫でて、伊作が優しく背中を撫でた。
強張った身体からゆっくり力が抜けていくのが分かる。こいつはずっと友人達に気を配っていたのだろう。ぽやんとしているようで見るべきところは見ている。だからこそ五年生の総指揮を務められるし、後輩にも慕われている。
すっかり頼られることに慣れてしまったこいつは、無意識にずっと気を張っていたのかもしれない。

「お疲れ、兵助。よく頑張ったな」
「実習も委員会も大変だろう。弱音も吐かずに頑張ってきたね。兵助は凄いよ」

二人して頭や背中を撫でながら心から出た言葉を呟けば、じわりと肩が濡れてきた。申し訳なさそうにきゅ、と袖を掴まれる。
いろいろと我慢してきたんだろう。無意識に溜め込んでしまう兵助を、昔はこうやって伊作と二人でガス抜きさせていた。

ふと周りを見ると、五年生はそれぞれの腕の中で泣き疲れたように眠っていて。六年生は五年生を抱き抱えながら、兵助をおろおろとした様子で見守っている。

医務室には、穏やかな空気が流れていた。











――
五年生のガス抜きは、お互いでもいいけど六年生でも良いと思うのです。
五年生もっと甘やかされろ。

ここまで読んで頂きありがとうございました。

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