花見に行こう






火薬委員会でお花見に行くことになった。
お弁当も久々知先輩が教えてくれながら一緒に作って、土井先生も誘って。
楽しみで楽しみで、一年は組のみんなにも自慢しちゃったりなんかして。
何日も前から、毎日のように「お花見楽しみですね」と言っては三郎次先輩に怒られた。でも三郎次先輩も学園に咲いてる桜を見てはニヤニヤ笑っていることを知っていたから、ぼくは言い返さなかった。
三郎次先輩のあのきょとんとした顔、面白かったなぁ。

そしてとうとうお花見の日がやってきた。

「お弁当持ったかー?」
「「はーい!」」
「水筒も持ったかー?」
「「はーい!」」
「よし! じゃあ出発!」
「「しゅっぱーつ!」」
「行きましょう、土井先生」
「ああ、先導頼むよ、兵助」

久々知先輩の号令で、お弁当と水筒を持って歩き出す。
タカ丸さんと三郎次先輩と、「楽しみだねえ」「お前、弁当つまみ食いするなよ」「しませんよそんなこと!」なんてことを言いながら久々知先輩と土井先生の後をついていく。
前を歩く先輩と先生もにこにこ笑っておられて、改めて、火薬委員会で良かったぁと思う。
親睦会すら許してくれなかった潮江先輩が、お花見を許してくれるとは思えない。

「この丘の上にあるんだ。あともう少し、頑張れ」

久々知先輩がそう仰って微笑み、ぼくたちは素直に喜んだ。
それほど遠い場所では無かったけど、知らない所へ行くのは遠く感じてしまう。
丘といってもそこまで高いものではなかったので、ぼくたちはのんびりと進む。

「ああ、あれか。兵助」
「ええ。みんな、見えるか? あそこに桜があるだろう」
「!」
「わあ、凄いねえ!」
「わあ……!」

久々知先輩の指差す先には、たくさんの桜。
少しだけしか見えないけれど、遠くまで続く桜並木。思わずすごいすごい! とはしゃいでしまう。
この時ばかりは三郎次先輩も嫌味を言って来ず、タカ丸さんと三人で一緒になって喜んだ。
ぼくたちを優しく見守ってくれる先生と先輩が少しだけ寂しそうな表情なのは、気づかないまま。

「凄いなぁ! へーすけくん、よく知ってるねえ!」
「まあな」
「さあ、お弁当を食べよう!」
「「「はぁーい!!」」」

それはもう、絶景としか言いようがない光景だった。
どこまでも続く桜並木と、その一本一本が天まで届きそうなくらいの立派な木。まさに「咲き誇る」桜たち。ひらひらと散る桜の花びらも、風に乗って踊っているようだ。
思ったままを先輩達に伝えてみると、三郎次先輩には笑われたけどタカ丸さんには「そうだねえ」と同意してくれたし、久々知先輩も「伊助は詩人だなぁ」と頭を撫でてくれた。
そんな桜の下で食べるお弁当は、料理上手な久々知先輩が指導してくれたお弁当。もちろん美味しいに決まっていて、先生に「伊助は花より団子だな」と笑われるほど夢中で食べてしまった。

「先輩っ、すっごく美味しいですこのお弁当!」
「そうか、良かったなぁ。みんなが頑張って作ったからだよ」
「兵助の腕も良いから余計美味いな」
「ほんとそうですよねぇ。ぼくらはへーすけくんに言われたままやっただけだもんね!」
「ま、まあまあですよ!」
「ふふ、不味くなくて良かったよ」

くつくつと笑う久々知先輩に、みんなも笑う。
ああ楽しいな。嬉しいな。
桜もそう言ってくれているようで、さわさわと風に揺れていた。
それが歌っているように聞こえて、なんだか寝てしまいそうだ。





「ん……?」
「起きたかい? 伊助」
「えっ!?」

気が付くと、辺りはすっかり橙色になっていて。
前から聞こえた声に慌てて見回すと、どうやらぼくは眠りこけて久々知先輩に背負われているらしかった。
今は帰る途中のようだ。
久々知先輩の前には土井先生とタカ丸さんがゆっくり並んで歩いていて、久々知先輩の隣には三郎次先輩が歩いていた。ここからじゃ顔が見えないけれど、久々知先輩の裾を持って歩いているということは、何かあったんだろう。
悲しいことや辛いことがあった時、三郎次先輩は久々知先輩にひっつく癖がある。久々知先輩も分かっているから何も言わないんだろう。

「久々知先輩、すみません! 下りますよ!」
「良いよ良いよ、俺がこうしたいだけだからさ。素直に背負われなさい」
「……はぁい」

穏やかな声でそう言われると、ついつい甘えるように先輩の背中にひっついてしまう。
先輩はそのまま、優しく言葉を紡いだ。

「伊助、今日は楽しかったかい?」
「はい! すぐ寝ちゃいましたけど……お弁当は美味しかったし、桜は凄かったし!」
「そう、良かった。桜も喜んでいたよ」
「やっぱりそうなんですか? ぼくも桜が歌っているように聞こえたんです」

そう言うと、久々知先輩は少しだけ黙り込んで、それはそれは優しい声で「良かったなぁ」と呟かれた。
それはぼくに言ったんじゃない、というのはすぐにわかった。
三郎次先輩の腕に力がこもったことも。

「実はね、伊助。あの桜はみんな病気に罹ってしまっていて、全て散ってしまえば切られてしまうんだ」
「……え?」

ああ、それで三郎次先輩が。
まず思ったのはそのことで、それからどうして、治せないんですか、と言う言葉が口をついた。
けれど久々知先輩はゆったりと首を振って、「もう、治らないんだ。」とぽつりと仰った。

「でも、」
「だけどね。今日、みんながお花見して、笑って、騒いで、桜も喜んでいたよ。だから今日はあんなに花をつけてくれた」
「……」
「伊助が一年は組の子たちに今日のことを自慢してくれたから、他の委員会も近いうちにあの場所へ花見に行くらしい。何もしてやれなかったから、せめて最期くらいは喜ばせてやれて、良かった」

先輩の落ち着いた声は心にじんわりと沁み渡り、ぼくは気づかれないように少しだけ泣いた。


それから久々知先輩が仰っていた通り、は組のみんなもお花見へ行って来たらしい。
三治郎と虎若が「また生まれ変わってどこかで咲くから大丈夫だよ」と言っていたので、ぼくはそれを信じようと思う。

あんなに立派に花をつけていた桜は、その花が全て散り終えるとすぐに全部切り倒されてしまった。
寂しくなった光景にまた涙が出そうになったけど、今度は耐えた。
きっとまた、どこかで満開になってくれるだろうから。
そうしたら今度は、みんなでお花見をしようってぼくから言うんだ。











――
梅の花が病気に罹って切り倒されるというニュースを見たので、思わず。
兵助の育ての親は山守みたいなこともやってて、兵助も木々のことがよく分かっていたら良いなぁと。
久々能智の神様も木の神様ですし、なんらかでちょっと絡ませたい。笑

あの梅の花がまたどこかで咲き誇れますよう。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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