迷子の秘密

*視える系の話






次屋先輩が迷子になった。
それはいつものことなので、いつものように捜索しようとしたのだけれど。
いつもと違う先輩方の様子になにか危険なことが起きているのではないかと心配になった。

「この場所は……」
「……そうだな」

滝夜叉丸先輩と七松先輩は真剣な表情で会話しており、少し離れたところにいるぼくは四郎兵衛先輩と待っている。
四郎兵衛先輩は事情を分かっているようでぼくにほわんと微笑んで見えてくれるが、それでも表情は強張っていた。

「金吾!」
「はいっ!?」

突然名前を呼ばれ、思わず裏返った声。
恥ずかしくなって慌てていると、七松先輩はにかりといつもの笑顔を見せてくれた。
そして気にしてないようにがしがしと頭を撫でられる。

「金吾、久々知を呼んできてくれ!」
「へっ? ……五年い組の久々知兵助先輩ですか?」
「そうだ。お前にしか頼めんのだ」

きょとんとしているぼくに対して、七松先輩は真剣にぼくを見返す。
ぼくだけを逃がす為にそう仰られたのかと思ったが、他の先輩方の様子も見るに本当に久々知先輩を呼んできて欲しいようだった。

「分かりました!」

しっかりと頷くと、先輩方はどこかほっとしたように笑う。
七松先輩はもう一度ぼくの頭をがしがしと撫でると、立ち上がって「よし! 三人で固まって三之助を探すぞ!」と元気づけるように指示を飛ばす。その声を背に、学園へ駆け出した。



委員会帰りだったのか、五年長屋へ行くまでに久々知先輩を見つけることができた。
帳簿を片手に背筋を伸ばして歩く姿はいつもながら、とても凛としている。

「久々知先輩!」
「金吾? どうしたんだ?」

声をかけると、久々知先輩はゆったりと微笑んでくれた。
先輩が微笑むと凛とした雰囲気は消え、ふわふわとした穏やかな空気になる。

「あの、次屋先輩が迷子に……」
「……三之助が?」

名前を出した途端、先輩の表情がすっと消えた。まるで敵を見つけた七松先輩のようで、思わずぶわりと鳥肌がたつ。
しかしそれも一瞬のことで、先輩はすぐにふわりと笑って校門の方へ歩き出した。

「分かった。じゃあ、三之助がいなくなった場所まで案内してくれるかな?」
「は、はい!」

校門まで行くと、先輩はふと思い出したように立ち止まった。
先輩? と声をかける間も無く、くるりと振り返ってすぅと息を吸うと。

「集合!!」

と、どこともなく大声を張り上げた。

何のことか分からず目をぱちくりと瞬かせていると、一瞬もせずに青い影が四つ、目の前に現れる。
久々知先輩といつも一緒におられる、他の四人の先輩方だ。

「あれ、金吾? 珍しいねぇ」
「……なぁ勘右衛門よぉ。私は凄く嫌な予感がするぞ」
「えっ? …………あぁー」
「なんだよ? 二人して」

好き勝手に話し出す先輩方を見つめていると、久々知先輩がぽん、とぼくの頭に手を置いてにっこりと完璧な笑顔を浮かべる。
すると四人の先輩方は黙り込む。
笑っているのにどこか恐いのは何故だろう。

「三之助がいなくなったので、俺はこれから金吾と三之助を捜してきます。四人はその間学園の方を頼みます。特に学級二人。余計なことをすれば……うん、そのつもりで。はいじゃあ解散」

あくまでもにこやかに告げる先輩に、先輩方ーー特に学級委員長委員会のお二人はさあっと青ざめていく。不破先輩と竹谷先輩はそんな2人を同情的な視線で眺めつつ、合点がいったように頷いている。
そして解散、の言葉を聞くと四人同時に姿を消した。

「先輩……? 今のはどういう、」
「今日は良くない日だからね、四人には学園の警戒と保護を頼んだのさ」
「???」

良くない日?
次屋先輩が迷子になっただけなのに?
学園の保護をする? どうして。
疑問符を浮かべるぼくに気がついたのか、久々知先輩は怪訝な表情になったあとはっと目を瞠った。

「もしかして、三之助のこと七松先輩から何も聞いてないのかい……?」
「え? 迷子になっただけですよね……?」

訳が分からず困りながらそう答えると、先輩はがっくりと肩を落とした。
髪で顔は見えないが、「七松後でしばく……」とぼそりと聞こえた気がした。きっと気のせいだと思う。

先輩はぱっと顔を上げると、真剣にぼくを見つめた。

「金吾。落ち着いて聞いてほしいんだけど、こういった複雑な山の中は御霊(ミタマ)が多くいるんだ」
「御霊って……お化けですか!?」
「簡単に言うとそうだね。でも、そんな単純なモノじゃない。亡くなってしまった人間や動物の無念や怨念なんかの負の思いが形になったモノも御霊と呼ぶ。たまに自分が死んだことに気づいていない魂なんかもいるけど、基本的に“お化け”と呼ばれるモノは亡くなった人や動物の強い思いが形になったものなんだ。そして、そんな強い思いは時に生者を黄泉へ連れて行こうとする」
「!!」

久々知先輩の話は少し難しく感じたけれど、何を言おうとしているのかなんとなく分かった。

「連れて行かれるのは、基本的にあちらの世界と波長が合う者だ。だから、感受性が豊かな子どもや負の感情に囚われている人はよく黄泉へ連れて行かれる」
「じゃ、じゃあ次屋せん、ぱいは……!」
「まだ連れて行かれてはいない。だけどあの子はあちらとこちらの境がよく分かっていない、危ない子なんだ」
「次屋先輩……!」

途端に怖くなり、久々知先輩の裾を握り込む。
先輩はぼくを落ち着かせるように優しく頭を撫でてくれた。次屋先輩を探さなくちゃ、と思うけど、震えのせいで体が思うように動かない。
ああ、もう、どうして。

「大丈夫だよ。三之助は見つかる。七松先輩も平も四郎兵衛も探してるんだから」

久々知先輩の落ち着いた声が響く。
少しひんやりした掌がぼくの肩をぽんと叩く、と、どういう訳だか震えがぴたりと止まった。
驚いて先輩を見つめると先輩は穏やかに微笑んだまま小首を傾げる。

「さあ、七松先輩達と合流しようか」

のんびりと手を引かれれば、もう何も尋ねることは出来なかった。



七松先輩達と合流してからは、あっという間に時間が過ぎた。
合流すると久々知先輩はすぐにどこかへ行ってしまい、四半刻ほどすると次屋先輩を連れて戻ってきた。

どこへ行っていたのか、そして久々知先輩は何故すぐに次屋先輩の場所が分かったのか。
尋ねたかったけれど、久々知先輩が口元に人差し指を充てて微笑んだので、何も聞かないことにした。


あとで聞いた話によると、久々知先輩はそういったモノがよく集まるお社の出で、次屋先輩が方向音痴というわけではないことを次屋先輩が入学した時すぐに気付いたらしい。
次屋先輩はあちらの世界のモノに好かれる体質のくせに、その自覚が無い。そのせいで何度かあちら側に連れて行かれそうになったらしい。

それから、これだけは久々知先輩から聞いた本当の話。次屋先輩のことを知って恐怖で動けなかった時、先輩は“言霊”を使ったのだそうだ。

『“金吾が安心できますように”ってね、思いを込めて言葉を紡げば相手に伝わるんだよ。そして自分にも返ってくる。喧嘩をした時、相手を傷つけようとして吐いた言葉は自分も傷つくだろう? それはそういうことなのさ』





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