好きになって良かった

*ホワイトデー
*「好きですなんて言えません」その後。たぶん読まなくても大丈夫です







『お返しするなら一ヶ月後、お前なら粋な返しもできるだろ?』

三郎にニヤリと笑ってそんなことを言われた一ヶ月前。
兵助は剣術の稽古の為に木刀と手拭い、それから赤紫色の花を丁寧に抱えて道場に向かっていた。

金吾に筏葛を渡されて一ヶ月、あの子に貰った花は、押し花にされていつも兵助の懐の中に入っている。
近しい後輩の同級生としか思っていなかった彼からの突然の告白に、兵助はとても戸惑った。けれど「憧れと混同している」とは思わなかった。
真髄に、真正面から小さな恋と向き合ったのだ。

「兵助、顔が堅いよ。仇にでも会いに行くかのような顔してる」
「むぇっ」

道場に行く途中、勘右衛門に頬を引っ張られる。
珍しく緊張しているらしい。

「お前より金吾の方が緊張してんだから、お前が緊張してどうすんだ」

離された手は、そのまま頭の上に。
ぽんぽんと撫でられたことに、悔しいけれど少しだけ落ち着いた。
そうだよな、と心の中で呟く。
俺よりも金吾の方が、辛かったに決まってる。

「行ってくるよ。ありがとう」
「どういたしまして」

幾分か柔らかくなった表情を見て、勘右衛門は笑って兵助の背中を軽く叩いた。
兵助がどんな決断をしたのか知らないけれど、きちんと考えていたことは知っている。ならば友の答えに間違いはない。
それが結果、金吾を傷つけるものであったとしてもだ。

『明日の放課後剣術の稽古をするんだけど、金吾も一緒にどうだい?』

一人で歩いているところを狙ったのは、は組の子に聞かれない為。
兵助の言う意味を金吾は正しく悟ったらしく、強張った顔は隠し切れていなかった。
少し申し訳なかったが、答えを出さないのもなんとなくはぐらかしている気がして嫌だったので仕方ない。
しかし金吾はすぐに笑顔で『はい!』と頷いたのだった。



道場に入ると、既に金吾は待っていた。
しっかりと稽古の準備もしている。
金吾は兵助を見留めると、すぐに木刀を持って立ち上がった。

「久々知先輩、手合わせ願います」
「……ああ」

カッ、カッと木刀の合わさる音だけが響く道場。
二人は無言のまま真剣に手合わせをしている。まさかこの二人が想っている側と想われている側だと、誰が思うだろう。
その空気はただ強くなりたい後輩と、指南する先輩のそれだった。

「っ!」
「脇が甘い」

不意を突かれて金吾が止まる。
兵助の木刀は目の真横で寸止めされていた。

勝負有り。

「、久々知せん……」
「……金吾」

眉を寄せて名を呼ぼうとする金吾の言葉を遮り、兵助は自分の荷物から優しい手つきで赤紫色の花を取り出した。
菖蒲の花。きょとんとする金吾に、兵助は穏やかな笑みを見せる。

「五年後、だよ。金吾」
「へ……?」

わけがわからないといった風な金吾にもう一度深い笑みを見せると、兵助はすぐに道場を出て行った。



暫く呆然としていた金吾は、すぐに思い立つと急いで図書室へ向かう。
その腕に、大切そうに菖蒲を抱えて。

「金吾?」

図書館へ向かう途中、金吾に声を掛けたのは八左ヱ門。兵助の同級生だ。
八左ヱ門は金吾が抱えている花を見て、訳知り顏な表情を浮かべる。

「菖蒲か」
「はい。あの、竹谷先輩」

そんな表情に気付くこともなく、金吾は植物に詳しいこの先輩に花の意味を聞くことにした。
早く答えが知りたい。

「この花には、どういう意味があるのでしょうか」
「え、そうだなぁ、確か……」

八左ヱ門は少しだけ考えるような表情をして腕を組んだ。
考えていたのは花の意味ではなく、兵助の想いを自分から伝えて良いのかという逡巡だけれど。
しかし金吾の縋るような目に、仕方ない、と微笑んだ。
言葉で伝えないあいつが悪い。

「“信じる者の幸福”と“良い便り”だな」
「……………?」

やっぱり一年生には難しいよなぁ。
八左ヱ門は苦笑し、少しだけヒントを与えることにした。

「へ、……金吾にその花をくれた人は、何か言っていたか?」
「……五年後、としか」

そりゃあまた、難解な。
心の中で溜息をつく。

「……良い便りってのは、金吾が喜ぶ答えってことだと思うよ」
「……!」
「……で、五年後だが……金吾は五年後、どうなってる?」

ぼんっ! と真っ赤になる金吾に苦笑しつつ、次のヒントを与える。
考えながら答える金吾に、少しだけ心苦しくなってしまう。

「五年後……六年生になってると、思います」
「うん。……卒業する年だな」
「……もしかして、」
「……金吾の考えてる通りだと思うぞ」

全く、苦い笑みしか出てこない。
けれど本当に真剣に考えていたことを知っているから、下町の団子で許してやろう。


卒業するその時にまだ俺を想ってくれているのなら、俺はお前に是と返そう。
お前は実家が武家だから、きっと思い悩む時が来る。その時俺がお前の重荷になってはいけないだろう?
だからまだ、はっきりと答えは言わないよ。思い出に昇華してくれても構わないから。

一目惚れの淡い恋への答えは、深い深い愛だった。


八左ヱ門の前では表情を変えなかったが、分かれた途端金吾は大きな瞳からはらはらと涙が零れる。
「好き」という気持ちだけでは駄目なんだと、思い知らされた。
それだけ兵助が自分を想ってくれたことも。

「……久々知先輩」

この先自分がどんな選択をするのか検討もつかないけれど、きっとこの想いだけは変わらない。
何があっても、ずっと。




好きになって良かった










――
ホワイトデーなので。
しかしまたしても遅刻…!面目ない。
バレンタインデーに書いた「好きですなんて言えません」と対になってます、一応…。
好きになって良かった、と思える人に出会えることって、凄く幸せだと思います。
恋人しかり、友人しかり。
そこまで思える人ってなかなかいないですよね。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。

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