空蝉鳴け泣け宵の口





夏だな。
ああ夏だ。
聞いたか八左ヱ門、先輩方は座学を抜け出して海へ遊びに行ったらしいぞ。
先輩方って……い組の二人もか?
当然。これは我々も行かんという訳にはいかないだろう?
……兵助が行くかねえ。

――……というわけで。








空蝉鳴け泣け宵の口








「行かん」
「だよなあ……」



清々しい程すっぱりと言い切った兵助に、三郎と八左ヱ門は苦笑する。
昼間素晴らしい名案だとばかりに思い付いた内容は、他二人からも微妙な反応をされた。



「んー……先輩方は今年が最後の夏だからねえ……」
「先生もちょっと甘く見ちゃうよねー」
「それ以前に級長や委員長代理が授業を抜け出すこと自体どうなんだ」
「級長は先生方からの信頼落とすし、委員長代理は潮江先輩に何か言われそうだよね」
「……予算会議がとてつもなく不利になるじゃないか」
「……あ、確かに」
「ってお前が納得してどーするっ!」



兵助が溜息混じりに言った言葉に深く肯く八左ヱ門。予算会議の苦しさは委員長代理の二人が一番よく分かっている。
説得すべき対象が四人になり、三郎はがっくりと肩を落とした。



「お前達には夢が無いのか……」
「お菓子食べ放題」
「豆腐食べ放題」
「黙れ偏食コンビ」
「まあまあ……」



夢という言葉にすぐさま反応したい組につっこむ三郎と宥める雷蔵。
そんな二人を見ながら、勘右衛門が閃いた。



「あ、じゃあさ、夕餉の後は?」
「日が暮れてるよ」
「良いじゃん、夜の海ってのも風情があって」
「そうか、夕餉の後なら委員会も終わってるしな」
「成程。あとは風呂入って寝るだけだもんな」
「八左ヱ門、予習は?」
「委員会の仕事もどうせ残るしなあ……」



勘右衛門の提案にパッと表情を明るくさせる三郎と八左ヱ門に対し、雷蔵と兵助は未だに渋る。



「休日はダメなのか?」
「休日だと普通に休みを満喫するだけじゃないか!」
「良いじゃないか」
「何を言う!」



眉を潜める二人に三郎は熱弁する。



「あのな! 休日に野郎5人で海へ遊びに行って何が楽しかろうか! 平日に誰にも言わず海へ行くというスリルは学生時代の今しか味わえない出来事なのだぞ! 此を味わわずして何を楽しめるというのだ!」
「三郎よく言った!」



馬鹿かこいつら。
雷蔵と兵助と勘右衛門の心が重なった。
どうやら三郎と八左ヱ門は、「海に行く」では無く「リスクを冒して」海に行くことが目的らしい。

呆れる雷蔵と兵助を横目に、最初に折れたのは勘右衛門だった。



「はあ、もう仕方ないなあ」
「勘右衛門」



三郎と八左ヱ門の肩に手を置いた勘右衛門に視線が集まる。やれやれといった表情をしつつ、勘右衛門は屈託無く笑った。



「二人は五年での思い出を作りたいんだよ。学園抜け出すとか海行くとか、そんな馬鹿なこと来年は出来るか分かんないからさ」



六年生になると、実習の割合が今までよりも大幅に増える。どこかの組が座学になっても、他の組が実習なんてよくある話なわけで。
六年生が今回三組とも座学になったのはもう奇跡に近い確率なのである。

かといって、来年もそんな奇跡が起きるとは限らない。自分達が集まれるのは、もしかしたら今年で最後かもしれないのである。



「あー……」
「成程ね……」



勘右衛門の言葉に納得したように顔を見合わせる雷蔵と兵助。
三郎と八左ヱ門を見てふ、と笑った。



「……そりゃあ、仕方ないね」
「……まあ、流石に授業は抜けられないけどな」



ふわりと微笑む二人に、三郎と八左ヱ門は顔を輝かせた。
そんな四人を見て勘右衛門も笑う。


そんなわけで、五年生夏の思い出作りの為に五人は「学園を抜け出して海へ行こう作戦」を翌日の放課後決行することにしたのである。



部屋の前で木下がやれやれと苦笑を零していたことは、誰も知らない。











空蝉鳴け泣け宵の口
(今だけはこの馬鹿騒ぎを許して)












――
わいわいしてる五年を書きたくてこうなった。
ほんとは海行くまで書きたかったけど、まとまりそうになかったので断念。

ちょっと調子戻ってきたかなあ…。

読んでいただきありがとうございました!



修正 14.12.06




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