十年

*年齢操作
*死を仄めかす表現あり






ひらひら、ひらひら。
桜が舞う。



楽しかった学園の生活はもう遠い昔。
あの場所を卒業して十年が経った。
みんなはどうしているだろう。
八左ヱ門はのんびりと山路を歩きながら考える。
心なしか浮き足立っているのは仕方が無い。
なんせ、十年振りに仲間達に会えるのだから。

『十年経って生きていたら、この場所で再会しよう』

言い出したのは誰だったか。
それでも、誰も反対しなかったことは覚えている。
あの言葉は、未来も希望もないこの世界の中で、何度も生きる糧になった。

「団子でも買って行こうか。きっと喜ぶ」

道中に団子屋を見つけ、八左ヱ門は隣を歩く狼に声をかけた。
返事をするかのようにぱさりと尻尾を一度だけ振る狼は、あの頃から八左ヱ門の一番の相棒だ。
団子屋の高座に座ると、中から艶やかな黒髪を結った綺麗な娘が出てきた。

「ようおこしやす、なんにしまひょ?」

柔らかい言葉に目を瞬かせる。
この辺では珍しい山城弁だ。
八左ヱ門のような反応に慣れているのか、娘はくすくすとおしとやかに笑う。

「あっ、だ、団子五本、包んでくれ」
「へぇ。今ならさくらもちもお勧めどすよ。いかがどす?」
「あ、じゃあそれも!」

恥ずかしくなった八左ヱ門は顔を真っ赤にして一気に注文する。
娘は最後までくすくす笑いながら、店の中へ入って行った。

「お待ちどうさん。……お水しかないんやけど、かんにんなぁ」
「あ、すんません」

娘はわざわざ狼の為に水を持ってきてくれた。山犬とでも思っているのかもしれない。
八左ヱ門は出来た娘さんだなぁ、とのんきに思いながらさくらもちにかぶりつく。
お勧めというだけあって、さくらもちは確かに美味しかった。
甘いこしあんを包む餅は適度にもちもちと歯応えがあり、餅を包む葉の塩っけがまた絶妙に合う。
思わず一気に食べてしまうほどだ。

「美味かったよ。ご馳走さん」
「おおきに。またおこしやす」

にこにこと穏やかに微笑む娘に、狼も嬉しそうに尻尾を振った。
そういやぁ珍しく懐いてたな、と娘に撫でられわしゃわしゃになった首元を見る。
あの娘、もしかして――と振り返った八左ヱ門の視界に、茶屋は無くなっていた。

「八左ヱ門! 遅いよー!」
「おお! 勘右衛門! ひっさしぶりだなぁ!」
「わー! すみれだぁ! 久しぶり!」

返事と共に見せた土産は、あっという間に勘右衛門にもぎ取られて行く。狼の名前も覚えてくれていたようで、その毛並みはますますぼさぼさになる。
約束の場所にはもう既に三人も揃っていて、変わっていない仲間達に自然と顔が綻ぶ。

「あとは兵助だけだな」
「もう、すぐ来るさ」

三郎も相変わらず雷蔵の顔をしているらしい。
勘右衛門も三郎も雷蔵も、多少大人びたり傷が増えたりはしているが、何も変わっていない。

「へーすけのやつ、忘れてんじゃねぇだろうな?」
「まさかー! 言い出しっぺが来ないとかないだろ!」

そうか、集まることを言い出したのは兵助だったか。

「忘れるわけあらしまへん。あてかて、楽しみやってんから」

聞き覚えのある透明な声に振り向くと、ついさっき団子屋で出会った娘が立っていた。
え、と驚く八左ヱ門と打って変わり、他の三人は驚きも混じりつつ笑い出す。

「すっげえ! 女装うまくなったなぁ!」
「声も、大分高い声が出るようになったじゃないか!」
「それに山城弁も上手だ!」
「あははっ、おおきに!」

娘は笑いながら声を変えてゆく。
その声は。

「へ、兵助!?」
「あっははは! 八左ヱ門、さっきぶり!」

笑いすぎて目に涙を溜めている兵助だった。

「な、なん、なんでおま……っ!」
「落ち着け落ち着け、はぁー、久々にこんな笑ったー」
「なんだか面白そうなことがあったみたいだな?」
「そうなんだよ、聞いてくれよ八左ヱ門のやつがさぁ」
「へぇすけさぁぁん!!」

五人揃って、十年前に戻ったみたいだ。
笑い声が響く、桜の下。


ひらひら、ひらひら。桜が舞う。



八左ヱ門が団子、勘右衛門が煎餅、三郎が玉露で雷蔵が金平糖。そして兵助がさくらもちを持ってきていて、桜の下でみんなで食べる。
かぶらなくって良かったね、誰もかぶらなかったなんて凄いな、そんなことを言い合いながら。

勘右衛門が髪をばっさり切っていることにも、三郎が時折鋭い視線を遠くへ向けるのも、兵助が女装を解かないのも、誰もなにも聞かない。
兵助は化粧すら落とさなかった。

「お前らが変わってなくて良かったよ」
「ああ、おれも。なんか安心した!」
「そうだな」
「そうだね」

「……お前達と、友になれて良かったよ」

五人で輪になって寝そべっていると、ふと兵助が笑う。
変わらない、ひっそり息をするような笑い方。
なんだよ、と茶化すことはできなかった。

「いつまでも大好きだ」



卒業してすぐだったらしい。
火事になった屋敷から部下を逃がして、そのまま。
知ったのはたった三年前のことで、報せに来てくれた雷蔵と、「冷静沈着なお前らしくないじゃないか」なんて文句を言いながら酒を飲んだ。
雷蔵に教えてくれたのは立花先輩らしく、彼は、部下から聞いたらしい。
『今でも悔しいと言っていたよ。あいつは相変わらず後輩に慕われるやつだな』
なんて、立花先輩は目を真っ赤にして笑っていたそうだ。

「らしくねぇことすんなばーか!」
「、早えんだよばーか!」
「……私達がどんだけ泣いたと思ってんだばーか!」
「ふふ、……僕達だって大好きだよ、ばーか」

一つ、気配が消えた。
俺達は何も言わず、ただ、滲む視界の中で舞う桜を見ていた。



ひらひら、ひらひら。
桜が舞う。









――
山城弁=京都弁。
今ではお年寄りの方しか使わない言葉でも、昔なら普通に使ってたのかなぁ、と思ってこてこての京都弁にしてます。
とか言いつつ間違ってたらごめんなさい。
兵助が女装してたのは、成長していない体型や火傷痕を隠すためです。
分かりにくくてごめんなさい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。

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