青藍の鬼

*若干の流血、殺し描写あり
*忍務中呼称捏造






――凛
――――凛

その鈴の音を聞くこと勿れ
聞いたら最後、死したも同然
青藍の衣からは逃げられぬ





***

いつもよりも少しだけ静かな学園で、仙蔵は思い出したように呟いた。

「……そういえば、今日は五年は実習でいないんだったか」

呟きを拾った文次郎が帳簿から顔を上げると、仙蔵は庭を見つめていた。
視線を辿ると委員長代理不在の生物委員会が四苦八苦しながら活動している様子が目に入る。成程、それで五年のことを思い出したのか。

「聞け文次郎、実習先はオニテングダケ城らしいぞ」
「……そりゃあまた、あいつらが喜びそうな」

仙蔵がどこでその情報を手に入れたのかは聞かない。どうせ先生方かはたまた彼奴らの部屋だかに話を盗み聞きにいったのだろう。暇なやつだ。
それにしてもオニテングダケとは、なかなか先生方も酷なことをする。
オニテングダケ城はここ最近知名度を上げてきたなかなかに評判の悪い城だ。学園に被害が及ぶ前に潰しておこうという算段なのは目に見えている。

「嬉々として策を練っていたぞ、なかなかえげつないものだった」
「……戦闘狂いばかりだからな、五年は」

文次郎の言葉に仙蔵はケラケラと笑って肯いた。

「全く、五年がマトモなんて、誰が言い出したのだか」

本当は一番危険な集団だと云うのに。



***

城の庭面では、二人の青藍の忍が大勢の忍と兵士に囲まれていた。

「まぁ、正直あんまり気乗りはしないよなァ」
「何だ突然、右の字らしくもない」

唐突に聞こえた勘右衛門の呟きに、八左ヱ門がきょとんと振り向く。
振り向いた直後襲ってきた敵を見るともなく倒した八左ヱ門にやるぅとヤジを飛ばしてから、勘右衛門は苦々しく続けた。

「だって、いつもはおれと左のが兵ちゃんと一緒じゃん。なぁんで今日に限ってあの双子が撹乱なんだよォ」
「……ああ、そっち」

てっきり殺しが嫌なんかと、とは続けなかった。そんなわけねーじゃん! と笑い飛ばされるのが目に見えているからである。
そんな八左ヱ門の微妙な表情に気付いているのかいないのか、勘右衛門は「不満です」という表情のまま矢継ぎ早に言葉を吐く。勿論、敵の忍を倒しながら。

「折角楽しい実習だと思ったのにさァ、兵ちゃんと離れ離れとか! マジであいつ帰ってきたら殴り飛ばす! あっ、言っとくけど左の字が嫌ってわけではねーからな!」

あいつとは、この策を提案した三郎のことだろう。と頭の片隅で思いながら、八左ヱ門はあぁ……と気の無い返事を返すだけに留まった。というか呆れている。

(こいつら、相棒好き過ぎだろ……! いや、俺もみんな大好きだけども!)

と考えていることは口には出さない。

「……ま、ここさっさと片付けたら兵にもすぐ会えんじゃね?」
「! ナイスアイデア左の! よーし、ちゃっちゃとやっつけようぜ!」

俄然やる気を出し始めた勘右衛門に、八左ヱ門は苦笑する。
まぁそれがこいつだよなと半ば諦めムードに入りつつ、指を口に咥えた。
ピィーーと甲高い音が谺する。
途端、空気がざわりと震え出した。
何が起こったか把握できていない敵の者達に、八左ヱ門は無表情に言った。

「――さァ、餌の時間だ」


阿鼻叫喚と化した庭面を見下ろして、勘右衛門はにたりと嗤う。

「だから左の字、だぁいすき」


凛、と鈴の音が聞こえた。



***



城の楼閣では混乱が起きていた。

「ヒィ! おっ、お前何故生きている!?」
「お前がさっきあいつを殺したのだろう!」
「貴様があいつは敵の変装だと言ったからだろうが!」
「そんなことは言っていない! お前こそ変装ではないのか!!」

疑心暗鬼に陥った者は勝手に自滅していく。
混乱を横目に見ながら、三郎は次々と顔を変えて更に混乱に陥れる。

(雷蔵無事かなぁ)

無事であることを分かっていながらそんなことを考えている。随分と余裕があるようだ。

(しっかし、学園長先生も酷なことをなさる。城主が変わったばかりじゃねーか)

まあ、そんなことはどうでも良いのだけれど。
ぺろりと唇を舐めた時、見知った気配が背後に現れた。
即座に振り返った三郎は、その相手に満面の笑みを浮かべる。

「さん〜! 無事だったか!」
「少しだけ手間取ったけど、大方の兵力と構造は把握できたよ。雷こそ、無事だったかい?」

抱きついて来た三郎に微笑みながら、雷蔵は穏やかに微笑む。
既に三郎の顔はいつもの雷蔵に戻っていて、その早業に流石だなぁと呑気に思う。

「さあ、雷、早く行こう。そろそろ兵も終わる頃だよ」
「……あの化け猫なら一人でも大丈夫だって。それよりも私は三といたい」
「馬鹿言ってないで、ほら行くよ」

ちぇ、と不貞腐れながら、三郎は雷蔵と共に楼閣へ戻る。
凛、と鳴る音に振り返れば、同じ顔の青年が二人。
訳が分からず叫ぶ間も無く、他の同僚が気づいた時にはもう事切れていた。

「ばっ、化け物……!!」

二人を見てそう叫んだ兵士に、二人は揃って同じ笑みを浮かべた。


「「褒め言葉だ」」



***



城主の部屋では、城内の混乱に慌てる城主と側近がいた。唯一冷静なのは忍組の組頭くらいのものだろうか。

「おい! 一体どうなっている!」
「……恐らく、どこかの忍が殿を殺しに来たようですね」
「な……なにぃ!? くそ! お前達! 私を守れよ!!」

全くこの城主は、自分の保身しか考えていないらしい。
やれやれと呆れるように組頭は頭を振った。

――りん

「な、なんだ!?」

突如聞こえてきた鈴の音に、城主は更に混乱する。

――りん

どこからともなく聞こえてくるその音に、組頭も刀を構える。
腐っても城主だ。彼は守らなければ。

――りん

鈴の音は聞こえ続ける。
音だけ聞こえてくるのは何とも気味が悪い。
混乱と恐怖で、城主は発狂しそうだ。

「おーにさんこちら、手のなる方へ」
「っひぃ……!!」

子供の声が聞こえてくる。だが、またしても声だけ。
迫り来る恐怖に、城主の顔色は正に顔面蒼白。

「だ、誰だ! どこにいる!?」

堪らず声を張り上げれば、クスクスと子供の笑い声が辺りに響く。


「 」


声にならぬ声が聞こえて振り向けば、自分の側近が頸から血を流しながら倒れてゆく姿。

「うわあぁぁぁ!!!!」
「っ!」
「化け猫、参上。なぁんてね」

ひたり。冷たい手の感触に悲鳴をあげる。
聞こえてきた少し低い声は先程の子供の声とはまた違う。
そこにいるのは闇のような黒髪の青年だった。

「……何奴」
「おや、意外だ。叫ぶと思っていたんだが」

随分舐めた態度を取る子供だ。
組頭は思わず刀を子供に向けた。

「おやおや、俺を殺していいのかィ? アンタの殿も道ずれだよう」

そう、子供は今城主を盾にしたまま、城主の後ろにぴったりくっついている。城主の頸には刀を添えて。少しでも動けば即城主はお陀仏だろう。

「っま、待て! お前が望むものはなんだ!? 金か!? 地位か!? 名誉か!? なんでもくれてやる!!」

殺されるかもしれない、と漸く頭が追い付いた城主は後ろの子供に喚き始める。
子供がにやぁと嗤ったのは、組頭だけが見ていた。

「そうだなぁ、俺が欲しいのは……アンタの命」
「っ!?」

子供の言葉と共に、腹に走った衝撃に目を見開く。
ゆっくりと腹に目を向ければ深々と突き刺さった刀。

その先には、組頭が微笑んでいた。


「おーにさんこちら、手のなる方へ」


城主の腹から刀を抜いた組頭は、そのままゆっくりと自分の頸に刀をむけた。



***



「兵ちゃん!」

集合場所の森へ行けば、真っ先に勘右衛門が飛びついてきた。
その後ろにはろ組の三人も揃っている。

「兵、お疲れ様」
「ああ、雷、三、竹もお疲れ」
「また幻術を使ったのか? 化け猫」
「ふん、悪いか、化け狐」
「兵〜、右の字のやつ勘弁してくれよ。ずっと兵ちゃん兵ちゃんっつってよお」
「あはは、俺も早く勘ちゃんに会いたかったのだ」
「兵ちゃん! 好き!!」
「はいはいさっさと帰るよ〜」

それぞれ言葉を交わしながら、先程までの喧騒など無かったかのように穏やかな空気が流れる。



それぞれの髪紐についた鈴は、普段学園にいる時に鳴ることはない。
その音を聞いたら最期、生きて帰った者はいないのだとか。
いやはや、全く恐ろしい学年だ。










――
実習や忍務中は呼び方が違うとかいいですよね。
分かりにくいかもしれませんが、雷蔵と三郎はお互いに自分の呼び名で呼び合っています。
兵助と三郎は幻術が使えると妄想。
では、ここまで読んでいただきありがとうございました!


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