狂的欠陥恋愛

*DV五年



ひゅっと息を飲む音と同時に、障子の向こうから静かな声が聞こえてきた。控えめな、しかし強く救済を求める声音にああまたか、と文次郎と顔を見合わせて声の主を招き入れた。

「……すみません」

久々知の様子が――否、五年生の様子がおかしくなったのは久々知が夏休みの宿題で生死をさまよってからだと思う。
久々知の体には痣が増え、時折手首に縛られたような痕があることもあった。
憔悴していた久々知を見かねて伊作がほぼ無理矢理理由を聞き出したところ、他の五年にやられたという。
この年にもなって下手すれば死に至るかもしれない虐めか、と留三郎が憤慨したが、虐めではなく愛故なのだと言っていた久々知が一番困惑していた。

仲の良い五人が五人で交際しているという奇妙な関係であることは知っていた。
五人と言うか、四人と久々知と言った方が正しいのかもしれないが。
ともかく、四人は久々知を寵愛していたし久々知も四人を愛していた。そこに偽りはないと私にも分かる。

愛してやまない久々知が生死の境をさまよった。ひたすら手を握って声をかけるしかできなかった彼らの気持ちは想像に難くない。
怪我をすれば、久々知は危険な実習や任務に出られない。現に今、暗殺や潜入の任務は格段に減ったし実技もたまに休んでいるらしかった。
それが彼らの望みならば、と彼らの暴力を受け入れる一方で、久々知は暴力に耐える為にひたすら体力をつける努力をしていた。
久々知はどこまでも彼らを愛していた。

久々知が六年に助けを求めるようになったのはいつ頃だったろうか。
初めは確か丁度六人で集まっていた時だった。
足音を消していたのは流石だが、顔が酷く青ざめていた。どうしたのか、と文次郎が訊けば、久々知は狼狽えた様子で「ころされる」と呟いて倒れた。
その時初めて久々知の体を見た。
白い肌に青や赤の痣が服のぎりぎりまで散らばっていて、うっすら血が滲んでいるものもあった。直る前につけられた箇所は赤黒く変色していて、とても見れたものじゃなかった。

その後、私達は久々知を迎えにきた五年生に憤った。
このままでは久々知は死んでしまう、もうその暴力をやめろ、と。
しかし五年生は青ざめた久々知を心配するでもなく、ただ痣だらけの久々知に恍惚の表情を浮かべた。

「綺麗でしょう?」
「まあ、兵助はどんな姿でも綺麗ですけど」
「でも、自分達の手で愛しい者を殺せるなんて」
「とっても幸せなことだと思いませんか」

こいつらは、久々知を殺す気なのだ。
あの時の久々知の絶望に染まった顔は、今でも覚えている。

それ以来私達は久々知を頻繁に構うようになり久々知も私達に助けを乞うようになった。
久々知は日に日に憔悴していくように見えたが、それでも学園を辞めるともあいつらから逃げるとも言わなかった。
痣だらけの体でも、光を失わない久々知は綺麗だ。

「またやられたのか」
「……ええ、そろそろ食事に毒が入りそうで怖いです」
「私達と食べるか?」
「いえ……流石にそこまでは」

久々知は苦笑を浮かべて曖昧に微笑んだ。

「話し相手になってくれるだけで有り難いです。委員会の後輩や土井先生すら触ることができませんから」

それでも受け入れるこいつはどれだけ彼らを愛しているのか。
怖いのに、殺されるかもしれないのに、傍にいると決めたこいつの心情は私達には分からない。
もしかしたらこいつも歪んでしまっているのかもしれない。

「兵助!」
「……ああ、勘右衛門」

勢いよく開いた障子から覗いたのは勘右衛門で、にこりと笑った久々知を見るなり泣きそうに顔を歪ませた。

「もおお、突然どこ行ったのかと思ったよ! どこか行く時はおれらに言ってって言ったじゃん!」
「ごめん、でも俺ちゃんと勘右衛門に言ったよ?」
「嘘!」
「ほんと。まあ良いけど……帰ろうか」

この光景だけ見れば五年生は仲良いな、で済むのだが片や痣だらけで片やその痣を作った張本人だ。
微妙に半泣き状態の勘右衛門の手を握った久々知はまた曖昧な笑みを浮かべて此方を振り返った。

「私も大概狂ってますよ。こいつらに殺されるなら本望なんて思ってしまうくらいですから」

その背後で勘右衛門が顔を歪めて笑ったのが見えた。

ああ、狂っている。











――
卒業後一発目がこれってどうなんだ。なんでこんな暗いの?
ていうか文次郎が空気過ぎて泣いた。

突然盲目的にお互いを愛する五年を書きたくなります。まあ盲目的というか、今回はただのDVですけど。
でも実は兵助も狂ってましたというオチ。
まあ暴力を愛と思ってる時点でもう歪んでますよね。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました!



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -