韜光、青藍

*若干血の描写






落ち着いた学年と言われているが、私達からしてみれば、地味で実力もよく分からない学年だった。
自分達の所属する委員会に一つ上の学年がいなかったこともあるのだろうが、そもそも一年生の時に一つ上の学年に可愛がられた記憶も、ちょっかいを出された記憶も無いのだ。
二年に進級すると、初めて後輩が出来たことに優越感を得る。先輩面をしたくなるもので、何かと自分達の頃と比べてはちょっかいを出すものだろう。私達もそうだった。しかし一つ上の先輩には、そんなことをされた覚えがない。
寧ろ二つ上の先輩と関わることの方が格段に多く、彼らの実力を見ることの方が多かった。
対して一つ上の先輩方の実力を見る機会は滅多になく、あの有名な五人の先輩は、鍛錬をしている姿すら見かけたことが無かった。

今ならタカ丸さんに窘められただろう、あの人は先輩方の実力をよく分かっている。
しかしまだ彼がいなかった、四年生に進級してすぐの頃まで。
確かに私達は、五年生というものを侮っていた。











私達が四年生に進級してまだ二月も経たない頃、四・五・六年合同の選抜チームで行われた任務があった。
ある城の密書を奪うだけという、難易度はそこまで難しくないものだ。
立花先輩、潮江先輩を中心に策を練り、四年生は六年生の補佐としてそれぞれの委員会の先輩につくことになり、五年生は別行動を取ることになった。
この時の私達は六年生の補佐を出来るのは我々しかいないのだと、愚かな勘違いをしていた。それが思い上がりだと気付くまで、そう時間はかからない。

五年生が先陣・攪乱の為に先に城に潜入して、本当に間もない――一分と経たない――時、隣に立って潜入の機会を伺っていた七松先輩が、近くに潜んでいる他の先輩に矢羽音をとばした。
それは私達にも聞こえるもので、その内容は少なくとも私達四年生には動揺をもたらすものだった。


『敵に気付かれていたみたいだ、八左ヱ門の犬笛が聞こえた』


私達が息を呑む中、聞こえない笛の音を拾える七松先輩の聴覚は城の中の音も少しなら聞き取れるらしく、先輩の言葉は続く。


『五年生が引きつけている人数が予定より多いな』

『な、ならば早く助けに、』

『その必要はない』


焦る三木ヱ門を遮ったのは立花先輩だった。
どこか冷たい空気を纏ったその音に反論する余地はなく、三木ヱ門は押し黙る。
五年生を見捨てる判断をした六年生の雰囲気は今まで見たこともなく、どこか畏怖のようなものを感じた。


『任務は続行する』

『五年生を見捨てるんですかぁ?』


尚も冷たい空気を放つ立花先輩に、間延びした声音で返したのは喜八郎。その言葉内には非難めいたものがあり、六年生の判断に納得がいってない様子がありありと感じられる。或いは、先輩がそんな非道な選択をしたことに対する幻滅、だったのかもしれないが。

喜八郎の言葉に、食満先輩がふっと空気を震わせた。
どうやら笑っているらしい。


『違う違う、あいつらを見捨てるなんてしねえよ』

『あの子達なら大丈夫、これくらいのことで死ぬようなら選抜されてないから』


伊作先輩が穏やかに食満先輩の補足をするように紡ぐ。
確かに先輩の言う通りなのだが、私達はやはり落ち着かない。侮っているとはいえ、先輩方が心配で仕方がなかった。

そんな不安を吹き飛ばすように、城内で大きな爆発音がする。
久々知先輩が火薬庫を吹き飛ばしたのだ。
そしてこれが、我々が潜入しても大丈夫だという合図だった。


『よし、行くぞ』


潮江先輩の声に、それぞれ決められていた振り分け通りに散った。

二手に分かれて潜入することを提案したのは、確か鉢屋先輩だったと思う。
六年生六人に四年生三人、総勢九人が同じ場所から潜入するのは流石に拙い、と。
六年生は少し考えたようだったが、久々知先輩が鉢屋先輩の案に賛同すると頷いた。


”お前が言うならそれが最善なのだろう“


立花先輩は、あの時確かにそう言った。


『無事に侵入出来たようですね』

『久々知か。今どういう状況だ』


誰に見つかることもなく無事に城内に潜入すると、音もなく久々知先輩が現れた。ところどころ返り血がついているが、怪我をした様子はない。
私と三木ヱ門はその姿に安堵したのだが、六年生の先輩方は何も変わらない。
ああ、信頼されているのだな、とふと思った。


『どうもこうも、いつもの如くですよ。勘右衛門と八左ヱ門と雷蔵には外を任せてますし、三郎と私は城内攪乱中です。火薬庫と武器庫は爆破しましたし、城の構造と兵力は先程三郎と確認し、完全に把握済みです』


……これが、五年生の力なのか、と愕然とした。
まだ半刻も経っていないのにこの城の構造を全て知り尽くし、尚且つ別行動の先輩との情報交換まですましているなんて。


『そうか、じゃあ誘導を任せる』

『承知してます』


冷静に言葉を返す潮江先輩に軽く頷いた久々知先輩はいつも通りの無表情で、そのまま目線だけで私と三木ヱ門を見た。
全てを見透かすようなその大きな漆黒の目に射抜かれるのが怖くて思わず目を逸らす。
失礼だと思ったが、先輩は気にしたようすもなく冷静に踵を返した。

堂々と廊下を歩くわけにはいかないので天井裏や隠し通路を通りながら、ひたすら無言で先輩方について行く。
そんな重苦しい空気を打ち破るように、突然久々知先輩が矢羽音を飛ばし始めた。


『てかそうだ、聞いてくださいよ先輩方! 私ほんっとあいつらと組むの嫌なんですけど!』

『またあいつら何かやらかしたのか?』

『久々知ぃ、私侵入する時にちょっと聞こえたぞ! あいつら兵士散らしながら自分の後輩が一番だーって喧嘩してた!』

『……あいつらァ……!』

『相変わらずだな、お前等』

『潮江先輩からもなんとか言ってやってくださいよ! 三郎は三郎でふざけるし、あーほんともう腹立つ!』


矢羽音とはいえ、久々知先輩が怒鳴るところを初めてみた。普段は無表情で何を考えているか分からないけれど穏やかで優しい先輩という印象が強いからだ。
こんな緊迫した状況で、しかも先輩に対して愚痴を零すような人だとは思わなかった。
会話の内容にも驚いた。予想外のことが起きた筈だったのだ、人数が思ったより多かったと七松先輩が仰っていたし。
それだけ余裕があるということか、五年生は。

初めて五年生との壁を思い知った気がした。


『しかしお前もよくやるよ、毎回毎回怒鳴って』

『怒鳴らないと真面目にやりませんもんあいつら!』

『血管切れるぞ?』

『帰ってから後輩達に癒されるのでご心配なく!』

『そういえば久々知、また痩せただろー』

『おっ……つぅ……』

『お前また飯!』

『食べてます食べてます! や、最近なんか味付け濃かったじゃないですか』

『お前昔から濃い味付けのもん食えねえよな』

『胃もたれするんですよう』


先輩方は慣れているのか、まるで今、学園にいるような感覚で話を続けている。
緊張感の無い会話に、後にいる三木ヱ門が苦笑したのが空気で分かった。


『あ』

『ん?』

『あー……すみません。言い忘れてました』


急に言い辛そうに言葉を濁す久々知先輩。
純粋に疑問を持った私と三木ヱ門とは裏腹に、六年生三人は胡乱気な目を久々知先輩に向ける。


『……城主の首、とっちゃいました』

『『『っはあぁぁぁ!!??』』』


無表情な先輩にしては珍しくてへっと可愛く小首を傾げて言った台詞に、三人は目をこれでもかというくらい見開く。七松先輩まで珍しい、なんて頭の隅で思いながら、私と、多分三木ヱ門は、思考が追いついていなかった。

城主の首を取った……って、目的は密書の奪取じゃあ……ってそんなことではない。
城主の首を取ったってことは即ち城を落としたってことで、つまりこの城は落ちたということで、……。


『隠し通路とか探してたらたまたま城主の部屋まで行っちゃいまして。そこそこ武術の心得があったのでやむを得ず、ですが』

『……お前等、ほんと自由だな』

『正当防衛です!』

『……まあ、あー……なんだ、あわよくば城を落とせとも言われてたし、首を取ったのは良い。寧ろよくやったな、久々知。だが……報告が遅い!』

『あははっ、すみません! 忘れてました!』


あわよくば、なんて私達は聞いていない。
五・六年生だけが聞かされていたらしい。…それにしても、その報告を忘れるとは久々知先輩……。


『……自由というか、流石天然というか……』

『私もそう思う……』

『待てそこ四年二人、俺は天然じゃないぞ?』

『『天然です!』』

『えー……』

『そうだぞ二人とも! 久々知はなあ、五年をまとめるリーダーでみんなの愚痴を言いまくるけど、実は一番自由人なんだ!』

『それ、威張れることじゃないからな小平太』


今日は久々知先輩の意外な面をたくさん知る日だな、なんて呑気に思う。
そんなことを考えて、いつの間にか緊張が解れていたことに気付いた。


『あー、ここが密書の部屋ですよ』

『誰かいるか?』

『いえ、もう城内には誰もいないと思いま……あ、三郎がいました』

『じゃあとっとと密書取って帰るぞ』

『はい。……三郎、すまない遅くなった』

『兵助……! 何かあったのかと思ったぞ!』

『悪い。そちらの様子は?』

『もう私以外は城を出たよ。こっちは陽動が目的だったからな。ついでに雷蔵達の回収も頼んでおいた』

『助かる。じゃあ後は任せるぞ』

『分かっている』


久々知先輩と、本当に誰もいないことを念入りに確認した潮江先輩に続いて部屋へ入る。
先輩方が密書を懐に入れている間に、久々知先輩と鉢屋先輩の間で簡潔に情報交換が行われた。
本当に先輩方には驚かされてばかりだ。
立花先輩達が陽動だったことも、私達は聞かされていなかった。


『じゃあ先輩方、城の後始末は私が』

『よし、任せたぞ久々知』

『はい。すぐ戻ります』


真剣に頷いた久々知先輩は、ゆっくりと私達を見て微笑んだ。





あの実習のあと、七松先輩から、策は全部五年生が考えていたのだと聞いた。私達には六年生が考えたことにしてほしい、と五年生に頼まれていたのだと。

つまり、私達が彼らを侮っていたことに気付かれていたのだ。

それだけでなく、久々知先輩はやはり私達の緊張を解く為にあんな話をし出したのだと言うことや、竹谷先輩達が予定より多くの敵を相手にしていたのは実は態とで、私達が出来るだけ城内で敵と鉢合わないようにしてれていたのだと。


「あいつらはお前達に甘いからな!」

知らなかった。
なんだか七松先輩の言葉がくすぐったくて、思わず俯いてしまう。頬が熱くなるのを感じながら、私は気付いてしまった。
私達は、可愛がって貰えない、相手にして貰えないと勝手に拗ねて、見下すような態度を取っていたのだ。
気付くと余計に恥ずかしい。

七松先輩はいつものように笑い、私の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。


「あいつらが私達の後輩で良かったといつも思う。あいつら程、お前達を任せるのに信頼できる奴らはいないからな!」


私達も、あの人達に来年そういって貰えるだろうか。
いや、そう言って貰うのだ。
だから今の内にもっとあの人達を知らなければ。
今度会ったら話しかけてみよう。久々知先輩は豆腐がお好きらしいから差し上げてみるのも良いかも知れない。

知ろうともしなかった先輩方のことを、今はとても知りたくなった。
喜八郎や三木ヱ門にも話してみよう。喜八郎はとっくに知っていたと言われるかもしれないけど。


落ち着いた学年と言われている五年生は、実は隠すのが上手くて分かりにくいだけ。
本当は六年生と同じように、私達と同じように、後輩を可愛いと思っている。


タカ丸に自分達のことのように五年生を語る四年生が目撃されるようになるまで、あと少し。











――
韜光(とうこう)は光(才能)を隠すって意味です!五年はそんなイメージ。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。


修正 14.12.06

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