*ファンタジー風味、兵助が人外




頭脳明晰、機知頓才、文武両道、容顔美麗、沈毅勇武。
どこを取っても完璧なアイツが、時折、何かに引っ張られるようにふらりとどこかへ行ってしまうことがあった。
その度に五年総出で山へ向かうのだが、気付けばいつも学園の前に戻ってきていて。それを何度か繰り返すと、門の前に兵助が戻ってきているのだ。
どんな時期であっても、その黒く艶やかな髪に櫻の花弁をくっつけて。
本人に聞いても「櫻を見ていただけだ」と言う。

いつしか、私達の間では「兵助は櫻のあやかしに取り憑かれてるんじゃないか」という噂が流れるようになっていた。


「三人とも! 兵助がいない!」


涙目の勘右衛門が飛び込んできたのは、屋内を震わす空気すらも痛々しい冬の夜。煌々と照らす満月の光が強すぎて、忍びには忌々しい程明るい夜。
これだけ明るければすぐに見つかるだろう、と、今回は四人だけで探すことにした。


「狼使うか?」
「……いや、どうせ奥へは入れないだろうし」
「そうだね、じゃあ固まって探そうか」
「うん、多分どこ探しても見つからないよ」


もし本当に櫻のあやかしがいるとしたら、”探すこと“が一種の遊びなのだろうと思う。
ならば真剣に付き合うこともない。適当に探しながら、兵助が門の前に還ってくるのを待てばいいだけ。
そう、思っていた。

なんとなく、嫌な予感はしたのだ。
いつもなら二度程学園の前に戻されても良いくらいの時刻になっても、まだ山の奥へ行ける。
何かに導かれているようでどうにも気味が悪い。
これは、四人でいて正解だったかもしれない。


「……俺、たまに思うんだけどさ」


ふと、八左ヱ門が呟いた。


「兵助って、櫻そのものなんじゃねぇかなって思う時がある」
「綺麗で凛としてて、だけどどこか儚いところがあって、不思議と人を惹きつけるっていうか」
「散っているとも悟らせずに気付いた時にはもう兵助はいないんじゃねえかって、たまに怖くなる」


八左ヱ門の言わんとすることは私にも──恐らく雷蔵や勘右衛門にも分かっただろう。
私達もそう思うことがあるから。
勘右衛門が泣きそうにきゅっと眉を寄せる。


「兵助、いなくなんないよね?」


震える声は、私達の心情を表しているようで。


「当たり前だろ……!」


強がりだとしても、そう言わないと本当に兵助がいなくなるような気がした。



奥へ奥へ導かれる、言いようのない恐怖がじわじわと全身を支配し始めた時。
漸く広い場所に出た。
狭く道のない道から一気に全体が見渡せる位置に立ち、どこか安心する。
そんな心理まで読まれていたのだろうか。見られているようで不快感が増す。


「っ……あれ……」


辺りを見渡していると、雷蔵の声が聞こえた。

つられてそちらを見ると──満開の櫻。
月の光に照らされ、輝いているように見える。漆黒の中にぽつんと桃色に光り輝く櫻はとても美しい。

冬なのに何故櫻が咲いているのか、そんな疑問は微塵も浮かばず、引かれるように櫻へ近づいていく。


「っ!」


誰かが息を呑んだ。
櫻の下に人が……兵助が立っていた。

兵助は私達に気付いていないのか、じっと満開の花を見上げたまま動かない。夜着のまま、普段結い上げている髪は下ろしていて隠しきれない色香が漂っている。

月光に照らされた櫻と兵助。射干玉の髪に桃色が舞い、明かりの所為で輪郭がぼやけたように見えるそれは一層儚さを際立てていて。
声を出すことすらしてはいけない気がした。

と、兵助がゆったりとした動作で櫻の木の幹に手をあてる。


「――!」


そして──目を閉じて、一筋涙を流した。

幻想的なんてものではなくて、寧ろどこか神々しい儀式のような。
その姿に、私達は悟ってしまった。

兵助は──人間ではないのだと。



そのままどれだけの時間が経っただろう。
実際にはそんなに経っていないのだろうが、私には何刻もそこに佇んでいたように思えた。

一瞬、強い風が吹き、視界が奪われる。
兵助へと伸ばした手は、誰にも届くことはなかった。


「っ──兵助!」


風が止んだ時、勘右衛門が一気に兵助の元へ向かう。
勘右衛門の声に兵助はゆっくりとこちらを向いて驚いたように目を見開く。
気付いた。私達は顔を見合わせると、勘に続いて走り出す。

あれほど満開だった櫻は、蕾一つつけていなかった。


「兵助っ!」
「ちょ、落ち着け……っていうか痛い」
「良かったぁぁ! 兵助が消えちゃうかと思ったよおお!」
「……はぁ?」


抱きついて大号泣する勘右衛門に、困ったように私達を見やる兵助。
そこに先ほどまでの儚さは無い。


「兵助は、櫻の精だったのか」


ぽつりと呟いたのは八左ヱ門で、木を触りながらこちらを見ようともしない。
一瞬だけ開いた間に、答えたのは兵助だった。


「そんな綺麗なものでは無いけれど。……この櫻は私だよ、八左ヱ門」
「うん。……兵助だ」


木に額をあてて、八左ヱ門は泣いた。怒っているような悲しんでいるような、そんな表情でぼろぼろと泣いた。
私達がその理由を尋ねる前に、兵助がそんな八左ヱ門に困ったように笑いかける。


「泣くなよ、私は――俺は、生きてるんだから」
「でも、櫻に戻れやしないんだろう。この櫻から、もう生気が感じられない。っ馬鹿やろ、櫻としてならもっと長く生きれたろうに、人になったって、俺達とずっと一緒にいられる訳じゃないって、分かってるくせに」
「うん、それでも……それでもね、お前達と生きていたかったんだ」


兵助の言葉に八左ヱ門は泣き崩れた。
──ああ、そうか。漸く理解した。
兵助は櫻ではなく、人として生きる道を選んだのか。
私達と一緒にいたいから。
だから櫻から生気を全て吸い取って、もう櫻には戻れなくなってしまったのか。
突拍子もないことをしでかすのは変わらないな、兵助。


「そんなら……卒業しても、皆で一緒に住めばいいじゃん!」


勘右衛門が叫ぶ。
ああ、全く。私の台詞を取らないでくれよ。
目を丸くさせる八左ヱ門と兵助に雷蔵も涙ぐみながら微笑んだ。


「僕らならきっとうまくやれるよ。お豆腐屋さんしながらフリーの忍者したりしてさ、ね?」
「ああ、だから──離ればなれになんてさせないさ」


濡れる兵助の瞳を見ながらそう言い切れば、兵助は大きな目を見開いて、──そして、綺麗に微笑んだ。


「ありがとう」


精だろうがあやかしだろうが、兵助であることには変わりない。

お前の身を案じて泣いた八左ヱ門も、お前に抱きついたままの勘右衛門も、お前の無事に微笑んだ雷蔵も、当然私だって。
お前が大切だということを、忘れるなよ兵助。

涙ぐんだままの兵助の髪には、飾りのように櫻の花弁がくっついていた。













――
初の試み、人外!……なんだけど…あれ、これ人外?普通に人じゃね?てかファンタジー要素なくね?
っていう結果に……なり……すみませんでした。
夜桜と月と兵助が書きたい!八左に「兵助って櫻の精だったんだな」と言わせたい!となってがーっとなった結果がこれだよ!
八左は妖精とか見えそうな感じ。兵助とか三郎、勘ちゃんはどちらかというと霊的な。雷蔵は見えなさそう。
うぅ、すみません。

ここまで読んでいただき、ありがとうごさいました。




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