ほわほわと

*ほのめかす程度に殺人描写



たった三日間というのに、過酷な忍務だった。
五年と六年の選抜チームで行われた特別忍務。
内容自体は簡単なものだったけれど、如何せん人数が多すぎてたくさんの人を葬った。
少し気を抜けば、あの感触を簡単に思い出せるくらいだ。

そんなだったから、忍務が終わったあとも刺々しい雰囲気で、皆妙に殺気立っていた。

帰ってきたのは夜中のこと。
疲れたなんて愚痴を零すこともなく、ただ淡々と報告を済まし、黙々と風呂に入った。
風呂に入ると少しだけ気が抜けて、漸く愚痴の一つくらいは零せるような、いつも通りの喧噪とした雰囲気にゆるゆると戻りつつある。

さて、あとは寝るだけ。と皆が長屋へ戻って行く途中のことだ。


「あ、いた!」
「せんぱーい!」
「お疲れさまです!」


こんな時間に聞こえる筈の無い声に、きょとりと目を丸くさせる面々。
その瞳に映るのはそれぞれの委員会の後輩、トラブルメイカーと揶揄されている一年は組の子らだった。


「お前達、まだ寝ていなかったのか?」


仙蔵が目を丸くさせたまま尋ねると、兵太夫はこくんと頷いて花が咲いたような笑顔を見せた。


「今から食堂にいらしてください!」
「久々知先輩が甘酒を温めてくれたんです!」
「ぼくらも少しだけお手伝いして――」
「先輩にも飲んでほしくって!」


兵太夫に続き、次々と誇らしげな表情の子供達が自慢話をするように話し出す。
子供達の言葉に五年生は更に目をまん丸くさせ、六年生は苦笑のような、眉を曇らせるような、何とも微妙な表情を滲ませた。


「何をやっとるんだ、あいつは」
「兵助の考えることは私らでも分かりません」


苦々しげな文次郎の問いに三郎はひょいと肩を竦める。

兵助も選抜チームの一人ではあったが、今回は他の十名とは違う動きだった。
即ち、情報操作と隠蔽工作。
元々火薬委員会で事ある事に焔硝蔵のカモフラージュをしている上、五年生は全員隠すことが上手い。
何でもそつなくこなす兵助だが、情報操作と隠蔽工作はその中でも特に得意なことなのだ。
だから今回は本陣ではなく裏方として動いていた。

結果として兵助のお陰で忍務はマシになったといえる。忍び込んだ城の城主は、まんまと兵助の嘘の情報に踊らされていた。
その部分においては六年生も感謝と感嘆を述べざるをえない。

とはいえ。
こんな夜中まで一年生を起こして、甘酒を作っていたとは一体どういう了見だ。
そもそも忍務終わりなのは分かっているだろうに、何故一年生を寄越した。
忍務が終わった後殺伐とした雰囲気になるのが分かっていないわけじゃないだろうに。


「……考えても仕方ない」
「そうだな! 金吾、久々知は食堂にいるのか?」
「あ、はい!」


長次の言葉に頷いて確認を取った小平太に金吾は緊張した面もちで頷いた。
雰囲気で分かったのか、兵助が怒られるのではという不安が見え隠れしている。
そんな瞳に気付かない振りをして、仙蔵はこっそりと溜息を吐く。


「では、甘酒を頂きに行こうか」
「「――はい!」」


途端に笑顔になった子供達に微笑みを返して、一同は食堂に歩き出した。


「久々知先輩!」
「おー、みんな連れてきたかー?」


何とも緊張感の無い兵助の声に子供達は揃ってはい! と頷く。
その小さな腕に引かれている十人の姿を確認して、兵助は小さく苦笑を漏らした。


「あは、……すみません、怒らないで下さい怖いんで」


諦めたような顔つきの四人とどこか剣呑な雰囲気を醸し出す六人に、兵助は誤魔化し笑いをやめて微笑を浮かべる。
穏やかなその表情に真っ先に絆されたのはやはりというか、八左ヱ門だった。


「兵助、良い匂いだなあ」
「ああ、一はの子に手伝って貰って作ったんだ。八左ヱ門、虎若と三治郎には糀を解すのを手伝って貰ったんだけど、二人ともとても丁寧にしてくれたんだよ」
「おほー、そうか! 二人とも偉いなあ!」


兵助と八左ヱ門の賞賛に、褒められた二人は破顔する。


「先輩のためにぼくら頑張ったんです!」
「先輩、飲んでみて下さい!」

小さな手から湯飲みを受け取り、八左ヱ門は一口こくりと甘酒を飲み込む。
瞬間、体からじんわりと温もる心地よさに、思わず目を細めた。


「……美味い。お前達が丁寧に作ってくれたから、本当に美味いよ」
「やったぁ!」
「頑張った甲斐があったね!」


漸く見れた八左ヱ門の笑顔に、虎若と三治郎は手を叩き合って喜ぶ。
そんな可愛らしい姿に微笑みながら、兵助は未だに入り口で突っ立っている上級生をそわそわした表情で見ている子供達に声をかけた。


「――ほら、お前達、先輩に甘酒持って行け! 火傷と、零さないように気を付けてな」


はーいっ! と元気よく答え、子供達は我先にと湯飲みを持って鍋へ向かう。
それを横目で見ながら、ぽかんとしている上級生にくすりと笑った。


「……本当は、私一人で作って労おうと思ってたんですけど、見つかっちゃいまして」
「……お前は、一年生を今の俺達と遭わせて大丈夫だと思ったのか?」


暢気に笑う兵助に、文次郎が咎めるような口調で尋ねる。ような、というより実際咎めている。
もしも子供達が駆けてくるのが、風呂に入るより前だったら。ささくれ立った心では、無用意にあの子達を傷つけていたかもしれない。
お前がそれを分からない筈が無いだろうに。


「大丈夫です」


しかし、そんな咎める視線を意にも介さず兵助は言い切った。
子供達を見守っていた優しい視線とは打って変わり、いつもの凛とした強い視線で文次郎を射抜く。


「な、にを根拠に……」
「潮江先輩!」
「……先輩、団蔵は糀ともち米を混ぜる仕事をしてくれました。この量なのでなかなか力がいるのですが、団蔵は体力がありますね。あっという間に終わってしまいましたよ」


少しだけたじろいだ文次郎の言葉を遮ったのは団蔵で、兵助はさらりと団蔵の仕事っぷりを話す。
誇らしげな団蔵の表情を見れば、――もう、褒めるしか無いじゃないか。


「……よくやったな」
「えへへ!」
「立花先輩!」
「「食満せんぱーい!」」
「立花先輩、兵太夫も糀を解す作業をしてくれました。兵太夫は器用ですね、全部ムラなく解せてましたよ。食満先輩、しんべヱと喜三太は糀ともち米を混ぜたものを糖化するまで時々かき混ぜながら見張る、というとても気が入る作業をしてくれたんですよ。四刻くらいかかるんですけど、おやつもなるべく我慢したしな」


次々とやってくる可愛い後輩達に、兵助はそれぞれの頑張りどころを嬉しそうに話す。
兵助の言葉に期待の籠もった目で見つめられれば、もう兵助を責めることなんて後回しにする他無い。


「そうか、流石作法委員だな」
「四刻も!? 二人ともすげえな……! 俺にはできねえよ」
「中在家先輩! 不破先輩!」
「伊作先輩っ」
「七松先輩!」
「……きり丸と乱太郎には、もち米を炊いて貰いました。少し柔らかめにするんですけど、流石ですね、丁度好い具合に仕上げてくれましたよ。七松先輩、金吾は団蔵と一緒に糀ともち米を混ぜて貰いました。慎重に零さないように、ゆっくりやってくれたので沢山作ることが出来ました」


兵助の洞察力にも恐れ入る。
全員に指示を出し、全員が怪我をしないように見守るだけでなく、ちゃんと褒めるべきところまで分かっているなんて。
流石土井先生の一番弟子、と言ったところか。


「……美味い」
「ほんと、美味しいよきり丸! ありがとう!」
「重要な役割だったんだね、凄いなあ」
「流石私の後輩だな!」


褒められて喜ぶその嬉々とした表情のなんと可愛らしいことか。
つられて笑顔になっていく同輩や先輩達を見て、兵助もほっとしたように微笑んだ。


「鉢屋先輩、尾浜先輩」
「久々知先輩も一緒に飲みましょう!」
「ああ。……三郎、勘右衛門。庄左ヱ門は伊助と一緒に甘酒を作る作業をしてくれたよ。糖化したものを湯で薄めるんだけど、一番味の品格が問われる作業だ。
――お陰で、とても美味しくできた」


緩められた視線に、三郎と勘右衛門の空気も緩む。
漸くみんな肩の力が抜けた――流石、一年は組。
兵助は心の中で呟きながら、ひっそりと皆が怪我もせず全員無事に帰ってきたことに安堵した。

朗らかな表情のまま、伊助の隣に座ってぱんぱん! と二回手を鳴らす。
何事かと兵助を見る上級生とは裏腹に、一年は組の面々はうきうきそわそわと兵助の言葉を待っているようだった。


「よし、皆に行き渡りましたね。
……立花先輩、潮江先輩、中在家先輩、七松先輩、食満先輩、善法寺先輩、勘右衛門、三郎、雷蔵、八左ヱ門」


律儀に全員の名前を呼んでその顔をしっかり見つめて。
一つ息を吐いて、兵助はにっこりと微笑んだ。


「おかえりなさい」
「「おかえりなさーいっ!!」」


次いで抱きつくというオプション付きで笑顔を咲かせた子供達をしっかり抱き抱えながら、それぞれがそれぞれ、


(ああ、適わないな)


と舌を巻いたのだった。



ほわほわと



いつの間にやら、刺々していた気持ちはすっかりと消えて。
頑張って起きていた一年生が眠りについても、もう誰も兵助を問いただそうとはしなかった。












――
やまなしおちなしいみなし!
…いや、実はもう少し心情の葛藤について掘り下げたかったんですけど、文字数の都合でカット……。
ちゃんと書きたかった兵助も書けなかったので、今度は人数少な目で頑張ります。
最初はもうちょっとシリアスな予定でした…。因みに、甘酒の作り方はさらっと調べただけなので兵助の言ってることは鵜呑みにしないでくださいね!

では、少し不完全燃焼ですが、ここまで読んでいただきありがとうございました!


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