忍事


二年生の授業で寸鉄を習った。
急所を突かれたら怖い武器だと思ったけど、どうやって敵に近付くのだろうとふと考える。毎回女装や変装して近づけるわけもないし、相手が寸鉄を警戒していたり、リーチが長い武器を持っていたら不利じゃないかと。
隠し持つにはいい武器だけど、これを自分の武器にするには難しそうだなあと左近が考えていてると。

「久々知先輩の武器ですよね?」
「そうそう。たまに他の委員会と合同稽古するんだけど、その時他の先輩と戦う時があってさ。すっごくかっこいいんだ」
「へえ〜! 私も見てみたいです!」
「石人が勉強や委員会に慣れてきたら見られると思うよ!」

編入生の石人と三郎次のほのぼのとした会話に、他の二年生は思わず食いついた。

「「ぼくも見たい!!」」

「「……え?」」


午前中の授業が終わって生徒で賑わっている食堂で、他の五年生と昼食を摂っていた久々知は二年生に囲まれていた。
珍しい光景に注目を浴びていることに気づいているのかいないのか、久々知にも二年生にも気にした様子はない。

「寸鉄の実演?」
「はい、今日二年生の授業で寸鉄を習いまして……」
「三郎次が、委員会同士の合同訓練で久々知先輩が戦っているところを見たことがあるって言ってて」
「長物を持っている敵が相手だったらどうやって戦うのか気になって……」
「久々知先輩が寸鉄を使って戦うところが見たいね、という話になりまして……」
「お願いします!」
「「お願いします!」」

五人揃って頭を下げられ、久々知は大きな目をパチパチと瞬かせる。
そしてすぐに苦笑しつつ、三郎次の頭を撫でた。

「そういうことならもちろんいいよ」
「本当ですか!」
「後輩の教育も先輩の務めってね。ただ、今日は午後から実習で帰りが何時になるか分からないから……次の休みの午後からでどう?」
ぱああっと顔を輝かせる二年生が視線を交わす。
「「是非お願いします!!」」
誰も用事はなく、果たして久々知と二年生の寸鉄演習の予定が組まれた。




「……あの……二年生五人だけだったはずですよね……?」

休みの日の午後。約束の日。
校庭の一角にやってきた久々知は、そこにいた人達を見た瞬間げんなりとした声を出した。

「ぼくたちも久々知先輩が寸鉄で戦うところ見たいです!」

一年生は良い。きらきらした目でこちらを見てくる伊助はかわいい。

「寸鉄の使い方を学びたいと思いまして……」

三年生も良い。学ぼうとする意欲は大事だ。

「久々知先輩の身体の使い方は勉強になるので!」

四年生も許そう。自信家達があれでいて知識に貪欲なことは知っている。編入生も二人いるし。

問題は。

「久々知くんの寸鉄捌きが見られると聞いて!」
「久々知が寸鉄の使い方を教えてくれると聞いてな」
「五年生以上は帰ってください!!」

とても良い笑顔でニヤニヤしている五年生と六年生だ。しかも他の学年と違って六年生は六人全員いるし、五年生も友人四人が揃い踏み。久々知が怒鳴るのも無理はなかった。
二年生が彼らを止められる訳もなく苦笑いだ。

「いいじゃーん、兵助が手の内晒すのなんて珍しいんだしさ!」
「それが本音だろお前! ていうか先輩方も!」
「いいじゃねーか。というか、こうなることはお前も大体分かってただろ」
「ぐぬぅ……」
食堂で騒いだ時点で学園中に知れ渡るのは必至。久々知自身、ある程度他の子達も来るだろうと思っていたのだ。
が、分かっていても嫌なものは嫌なので。

「じゃあ潮江先輩か中在家先輩か食満先輩、相手役やってください」

やられっぱなしは性に合わない。むすっとした表情を隠さず言えば、名指しされた三人は苦笑した。

「兵助、おれらじゃなくていいのか?」
「長物相手にどうするかって話だから。お前ら長物いないだろ」
「おい、俺と長次はともかく留三郎は長物じゃないだろ」
「まあ、手から離れない中距離武器ってことで」
「ああ……」
「じゃあ、文次郎がいいだろ。一番分かりやすい」
「お願いしまーす」
「俺かよ。仕方ねえな」

やれやれと笑う潮江に久々知はニッと笑って、おろおろしている下級生達の方へ目をやった。

「待たせて悪かったね。というわけで、潮江先輩が手伝ってくださるから」
「「はーい!」」
「あの、久々知先輩……」
「うん?」

少しだけ困ったような顔をする三郎次に、久々知は首を傾げる。上級生の乱入以外に何か困ったことがあっただろうか。

「手の内を晒すって、大丈夫なんですか?」
「ああ。アレは勘右衛門の軽口だから気にしなくていいよ。さすがに全部見せるわけじゃないから」
「そうですか……」
「三郎次は優しいな。ありがとう」
「いえっ! そんなことは……!」
小声で話していたが、突然大きな声を出す三郎次に特に一年生から怪訝な視線が飛ぶ。ぽんぽんと三郎次の頭を叩いて、久々知は晴れやかに笑った。おれの後輩は本当に良い子だ。

「さて。一年生と編入生もいることだし、おさらいついでに軽く説明しようか」

下級生達の前に立つ久々知は、くるりと掌を返していくつかの寸鉄を手に持った。見えない技におお、と声が上がる。

「まずこれが寸鉄。見ての通り小さくて軽く、持ち歩くのに便利だ。潜入する時なんかに持って行くといいね。で、ここを見たら分かると思うんだけど」
久々知は寸鉄の両端を見せる。
「尖っているものと、平らになっているものがあるのが分かると思う。どうして二種類あるか、三郎次分かるか?」
「あ、はい。平らな方が打撃用で、尖っている方が刺殺用です」
「正解」
おお、と一年生から拍手が上がり、三郎次がむっとした。ただの照れ隠しだと分かっているので久々知は気にせず説明を続ける。
「おれは普段この打撃用と刺殺用の両方が使えるものを使ってるけど、今回は危ないので打撃用のものを使います」
片方が尖り、片方が平らになっている寸鉄をさらりと説明して、打撃用の寸鉄を二つ手に取った。
「棒手裏剣みたいに打つという使い方もあるけど、今回は一番よく使うやり方でやるね」
言って、寸鉄の真ん中についている輪の部分を指さす。
「ここに中指を入れて握りこむ。基本は横だけど、縦にすれば掌で隠せる。この輪のところで回せるわけだ」
くるくる回すと、かっこいい!と一年生から声が上がる。真面目に聞いている他の学年も見渡して、久々知は薄く笑った。
「使い方は、まあ見たら分かると思うけどこの先で急所を突いたり、相手の武器を止めてみたり。いろんなことができるよ。じゃあこれから実演するね」

途端、キラキラ輝く下級生に苦笑しつつ、潮江を呼ぶ。説明している最中に武器を持ってきたらしく、潮江は長い槍を持っていた。
「で、どうするんだ?」
「じゃ、軽く一戦しますか」
「さっきまでの丁寧さはどうした」
「いや、実演ってことはいちいち動きを説明するより実際に戦ってるところを見たいのかなーと思って」
「……まあいいけどよ。じゃあまあ、普通に戦えばいいんだな?」
「五年生になったばかりの人間相手にしてると思ってやってください」
「またややこしい注文を……」

文句を言いつつ了承してくれたことは空気で分かる。
適度に距離を取って、双方礼。
そして。

ヒュンッ

始まる、と思う間もなく潮江が一気に距離を詰め、槍を突く。久々知は難なく躱してかがみ込む。
読んでいたのか、潮江は槍をしならせて久々知に槍を振り下ろした。

ガンッ

が、振り下ろした槍は片手で縦に握る寸鉄で受け止められる。そして久々知はくるりともう片方の掌で寸鉄を回した。
すぐさまするりと受け止めていた寸鉄を引き、潮江がバランスを崩す。その隙を狙い、足払い。が、潮江も読んでいたのか槍を手放し飛びすさる。その上、足で槍を蹴り上げて着地と同時に槍は掌に収まった。
しかし久々知はその一瞬の時さえも味方につける。
潮江が構える間に懐に飛び込み、潮江の腹に一突きを入れた。

「ッ」

突かれた潮江は一瞬顔を歪めるが、すぐに手に持つ槍で久々知を横へとなぎ払う。腕で庇ってはいるがもの凄い音がして、久々知も一瞬眉間に皺を寄せた。
そんな久々知の隙を潮江は見逃さず、ぐるんと槍を回してもう一度振り下ろす。今度はしゃがみこまずに横へ逸れ、潮江の方へ飛ぶ。そして寸鉄を潮江の腕に振り下ろした。
カランと落ちる槍には目もくれず、久々知は潮江の胸ぐらを掴む。もう一度くるりと握り直した寸鉄を、潮江の首元に勢いよく――

「こんな感じ」

ふわりと、漂っていた緊張感が霧散した。

「ありがとうございました」
「おう」

落とした槍を拾って、笑顔で潮江に手渡す。潮江も穏やかに受け取る。そこに先程までの緊迫した空気は無い。
四年生と三年生ははああと詰めていた息を吐き出し、二年生と一年生からはわあっ!と歓声が上がった。五年生と六年生はいつの間にか、今の二人の動きの検証に入っている。あいつら実は暇なだけだろ。

「潮江先輩が加減してくれたお陰でいろんな使い方が見られただろ?」
「えっ、潮江先輩手加減してたんですか!?」
「今回はね。本当なら一撃なんて入れさせてくれないし、おれももっとボロボロになってるよ」
「潮江先輩すごーい!」
「やっぱり六年生も五年生もかっこいいなあ!」
「そうだね!」
「でも久々知先輩の寸鉄、すごくかっこよかったです!」
「いろんな使い方があるんだって分かりました!」
「ありがとう。まあ相性もあるからおすすめはしないけど、ある程度使えたらいろいろ便利じゃないかなあと思うよ」
「はい!」
「ありがとうございました!」

じゃあこれで実演は終わりーありがとうございました! という授業でのやり取りを律儀にやってから、下級生達は解散していく。帰りながらかっこよかった!すごかった!という声が聞こえてきて、久々知と残った五年六年はふと笑いながら踵を返す。

「やっぱり兵助、先生向いてると思うな〜。教えるのうまいよね」
「そうか?」
「僕もそう思うな。一年生もちゃんと説明聞いてたもんね。あの子達、一度分からなかったらすぐ意識がどっかいっちゃうし」
「確かに分かりやすかったよな。大事なことだけちゃんと伝えてて」
「ありがとうございます?」
「なんで疑問形だ」

そう言いながら、潮江が槍の先だけを取って仕舞う。そして残った棒の方は、無造作に学園の外に見える木に投げた。
呻き声と落ちていく音。

「けど、刺殺と打撃とって言い出した時は驚いたな。下級生の前で刺殺とか言うんだと思って」
「それは私も思ったな。まああの子らも忍たまなんだし、隠す必要もないとは思うが」
「あの子達も分かってるでしょう。だからあえて言わせたんですが」
「甘いんだかスパルタなんだか」
「えースパルタかなあ? 潮江先輩殺そうとしないだけよくない?」
「そこまでやってたら反撃してたからどっちにしろダメだろ」
「大惨事じゃないそれ。どっちも手加減してて良かったよ全く」

善法寺の心からの言葉に笑いながら、立花が焙烙火矢を懐から取り出して火をつけ、学園の外へ投げた。響く爆発音と、微かに聞こえる悲鳴。
ついでとばかりに竹谷が懐から取り出した壺を投げ捨てた。言わずもがな、毒虫の入った壺である。

「しかし、お前一人でやろうとしたの、まだちょっと怒ってるからね」
「ええ? いいじゃない、みんな来てくれたし、無事に終わったんだし」
「まだ終わってないだろうが」
「それはそうですけど。でもなんとかなりそうじゃないですか」
「兵助の緻密さと雑さのギャップがひどすぎて風邪引きそう」
「ほんとだよ。自分のことになるとすぐこれだ」
「え〜。みんなが来てくれると思ったからこそなのに……」
「「そういうとこやぞ」」

二年生に寸鉄の実演を頼まれた日の実習は、各城への情報操作だった。情報の内容はそれぞれで構わない。それぞれ決められた区域の中で、何か一つ班で決めた情報を流す。

久々知達の班が流した情報が、「某日、忍術学園の火薬委員会が実演するらしい」というものだ。

何を実演するのかは言っていない。が、火薬委員会と言うだけで火薬に関するものだと思うだろう。それを狙ってのことだった。
嘘もついていなければ、本当のことも言っていない。
大丈夫かと心配した忍術隊の者達は、寸鉄の説明が始まった頃に嘘だったかと帰っている。何か言いたい者達がいれば、それなりの合図を出していただろう。他の残った者達は、学園を狙う者達ということだ。隙を狙い、寸鉄の後に火薬のことを何か言うのでは無いかと、待っていた者達。

久々知はそれを狙い、情報を流した。
結果的には大成功。これで学園を狙う者達への牽制になったことだろう。

まさしく、優等生を豆腐小僧の名で隠すが如し。
底知れぬ豆腐小僧めと、それぞれが腹の中で呟いた。






――
裏設定ってほどでもないんですけど、最初に三郎次と羽丹羽くんが話している内容、本当は合同稽古で武器使うことはほとんどなくて、三郎次が見たことあるのは火薬を狙う曲者を撃退するところです。でも言えないので合同稽古にして、それを汲んだ久々知が食堂で三郎次の頭撫でました。
合同稽古とかは……生物とかとよく……してたらいいなと……思って……妄想だし捏造です。

ちょっと寸鉄を書きたくなって。あと久々に殺陣!を!
槍って、戦国時代あたりは棒の方が竹で出来ててしなるので、突くよりも叩く使い方のが主流だったようです。五枚くらいの板たたき割ってました。袋槍は竹以外でも使うと思うので主な使い方は分かりませんが…

ではでは。ここまで読んでいただきありがとうございました。


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