梅雨の一週間

*一週間千文字チャレンジ



1、梅雨の合間に(994)

「勘右衛門寝るな!」
「いや無理だよ寝ちゃうよ、こんなに良い天気だもの」
毎日のように雨、雨、雨。そんなにこの世には水が合ったのかというくらい、どしゃ降りの日々の中。
久々に見た青空と太陽に、兵助は伊助に感化されたらしい。朝一番におれを叩き起こして「洗濯日和ですよ!」と言い放った。確かに連日の雨で洗濯物は溜まりに溜まっているし、そろそろ替えも無い。隣のろ組や六年生達も同じ考えなのか、「ついでに布団も干すぞー」だの「伊作お前は触るな!!」だの「小平太破れるだろーが!!」だの聞こえてくる。六年生はいつも騒がしいですね。
洗濯した方が良い、というか、今日を逃せば雨の日に部屋干ししなければならなくなる。なかなか乾かないし臭いし最悪なのだ。
それはわかっている。
が。
この久しぶりの太陽の温かい光には抗えない。要するにおれはまだ寝たい。若干湿った布団でも良い。今おれは眠いのだ。
「勘右衛門!」
「あとちょっと……ちょっとだけ……」
「いやだからちょっとも何も早くしないと乾かないだろうが!」
「うおぁっ!?」
どっせい!という掛け声で布団ごとひっくり返された。ひどいや兵助。
目を擦りながら起き上がると、兵助は呆れた視線をちらと向けただけで、布団を持って部屋を出て行ってしまった。あんなに溜まっていた洗濯物の山も無くなっている。
どうやら兵助が全部持っていってくれたらしい。ありがとう兵助。ひどいとか言ってごめん。
さすがに兵助に全部任せるわけにはいかない。半分眠ったままでも、なんとか着替えて髪を適当にまとめておれも部屋を出る。
井戸には兵助とろ組もいた。
「勘右衛門おはよー。眠そうだね」
「うん、すっげー眠い。今日休みだから昨日夜更かししちゃってさー」
「こんなに晴れるとは思わんかったもんな」
「しかし今日を逃すと洗濯も出来ないだろうからなあ」
「まあなあ……」
ふわあと大あくびをしつつ、兵助の隣に座って洗濯物を掴むと、兵助が苦笑した。
「別に寝てても良かったのに」
「さすがにこの量全部やってもらうのはなあ。てか床板で寝ると痛いし」
「それは確かに」
じゃぶじゃぶ洗っていると、いつの間にか眠気もなくなっていく。洗って干して、綺麗になっていく洗濯物を見ていると、なんだか気持ちも晴れ晴れとしてくる。
「はぁ〜、洗濯日和だね!」
よく言うよ、と兵助が隣でからりと笑った。



2、裏山の休憩所(999)

裏山に紫陽花が咲いている。
変装するから観察力に長けている三郎が、嬉しそうにそう言った。裏山には昨日鍛練で出向いたが全然気が付かなかった。
「ああ、あそこだろ? 地蔵の近くの」
「ああ、めちゃめちゃ綺麗だったよなあ」
「君達も見たのか」
隣で予算案に唸っていた兵助と八左ヱ門が話に入ってくる。兵助は自分の世界を持っているように見えてきちんと周りを見ているし、八左ヱ門は委員会の時に見つけたらしい。三人であれは綺麗だったと話しているのが羨ましくなる。
ちらりと見れば、兵助の隣に座る勘右衛門も拗ねたような表情をしていて。
「枯れないうちに見に行きたいね」
くすくす笑って言えば、勘右衛門も、三郎達もこっちを向いて、パッと笑顔になった。
「じゃあすぐ行こう! 今行こう!」
「いや、今は無理だよ。予算案終わってないし」
「それに雨も降っているしな」
「雨はいいじゃん、濡れてる方が綺麗じゃん!」
「……それは、まあ、確かに?」
予算案の話で座り直したもののはしゃぐ勢いは止まらない勘右衛門に、三郎は少しだけ困った顔をしたがすぐに苦笑に変えた。大方、雨の日は顔が取れやすいとでも思っているのだろう。でも残念だったね三郎、ここにお前の本当の顔を気にする奴なんていないのだ。
「お弁当持って行きたいね」
「いいなソレ! あ、でも雨の日に弁当は食いにくいか」
「忍者食じゃあ味気ないしなあ」
「濡れた米でもいいじゃーん!」
「「いやそれはさすがに」」
真顔で返されて勘右衛門はむくれる。傘の下で食べるお弁当、結構楽しそうだけどね。そう言うとすぐにでしょ!? と機嫌を持ち直した。腹に入れば皆同じ、というのはちょっと違うけど、実際僕はあんまり気にならない。
「……あ、じゃあ用具委員会に四阿作って貰おうよ」
ぽつんと落とされた言葉に、さすがに三郎と八左ヱ門が噎せた。
「お前は本当に爆弾を落とすな……」
「さすがにそれは無理じゃないか……」
兵助の爆弾発言はいつものこととはいえ、先輩を使おうという魂胆は恐れ入る。三郎と八左ヱ門は呆れ、僕と勘右衛門は戦慄した。
一方、兵助は首を傾げていた。僕はこの友人のことが時々よく分からなくなる。
「でも後輩達とか旅の人とかが足を止めて紫陽花見られるようになれば良いと思わない? 食満先輩そういうの好きだし」
…………。
すみません、食満先輩。お願いすることになりそうです。



3、傘(994)

くのいち達が可愛い傘を買ったのだときゃいきゃいしていた。普段は恐ろしい彼女達も、ああいう風にしていると可愛い女の子に見える。
本人達に聞かれたら冗談抜きで殺されそうなことを考えつつ、今日は何をスケッチしようかなと校内をうろついていた。
雨の日にはあまり外に出たくないが、雨だからこそ見られるものもある。それは記録に残さないともったいないだろう。……それに、スケッチしたものを雷蔵達に見てもらうのは、結構楽しい。
「あ、さぶろー!」
なんて小っ恥ずかしいことを考えながらうろうろしていると声をかけられた。呼ばれた先には私以外の四人。私服に傘を持って、どうやら出掛けるらしい。……アレ、私は?
「出掛けるのか?」
「うん、暇だから町に出てぶらぶらしようかって」
「そうか」
「三郎も行くだろ?」
「え?」
雷蔵に聞かれてそちらを見れば、その手には傘が二本。え?
「え? やだワ奥さん、三郎さんったらアタシ達と出掛けたくないらしいわよ」
「ひどいわねェー、折角傘まで持ってきてあげたのにねェー」
「下手くそか」
そもそも行かないなんて言ってないし。傘持ってこられてびっくりしただけだし。君達の中で当然のように私がいることが嬉しいとか思ってないし。というか、何も言ってないのに分かってますみたいな顔で笑うな雷蔵と兵助! 勘右衛門と八左ヱ門もニヤニヤするな!
「ああもう、さっさと行くぞ!」
外に出ることも考えていたので私は元々私服だ。雷蔵の手から自分の傘を取って歩き出せば、後ろで勘右衛門と八左ヱ門の笑い声が弾けた。
「うるさいぞ君達!」
「ごめんって! だって三郎分かりやすいんだもーん!」
「三郎はおれらのこと大好きだもんなー!」
「君達な!」
「まあまあ。おれもみんなのこと大好きだよ」
「僕も大好きだよ!」
「雷蔵、君まで悪ノリしないでくれよ! 兵助は……うん、そのままの君でいてくれ」
「なんだそれ」
兵助のは本心だな、悪ノリでもなんでもなく。いつまでも素直なままの君でいてくれ。肩に手を置くと怪訝な顔をされた。また勘右衛門が爆笑している。もう無視だ。
「三郎、何か見たいものある?」
兵助がひょこりと顔を覗き込んできた。
不意にくのいち達の光景を思い出す。今の自分達も、周りには年相応の普通の少年達に見られているのだろうか。
「三郎?」
「いや、……そうだな。傘でも見てみようかな」



4、蛙と豆腐(1000)

授業も委員会も終わって、鍛練するほどでもないけど夕飯には少し早いかなという時間。いつものようになんとなくみんなで集まって八左ヱ門の部屋でだらだらしていると、急に八左ヱ門が顔を上げた。
「お、雨降ってきたな」
「え?」
耳をすませてみたが雨の音は聞こえない。気になったのか、三郎が立ち上がって木戸を開けた。
……確かに雨が降っている。音がしない程度の、よく見ると分かる程度の小雨だけど。
「ほんとに雨降ってる!」
「え、なんで分かったの?」
「音しなかったよな?」
「匂いとか?」
すげー!
興奮して立て続けに聞くと、八左ヱ門は目をぱちくりさせたあと、慌てて違う違うと手と首を振った。
「蛙だよ蛙! 蛙の鳴き声!」
蛙の鳴き声?
四人で顔を見合わせて、もう一度黙り込む。しんとなった部屋の中、遠くの方で蛙の鳴き声が聞こえてきた。
「ほんとだ!」
そういうことか。
水辺を好む蛙は、雨が降ると水に喜んで鳴く。雨が降る前、湿気が多くなってきて鳴くこともある。だから水辺の無い草原で鳴き出した蛙がいたら、雨の合図なのだ。
昔、家の者に聞いたことを思い出した。みんなも聞いたことがあるのか、少しだけ懐かしむような表情をしながら納得している。
「なんだ、八左ヱ門が野生児発揮したわけじゃないのか」
「おい野生児発揮ってなんだよ」
「時々虫食うから」
「サバイバルん時だけだわ!」
「サバイバルでもおれは食わんが」
「そりゃお前らは忍者食常に携帯してるしさ」
「いや忍者食は携帯しとけ」
「おれも携帯してないよ」
ニヤッと笑って、勘右衛門が肩を組んできた。
「なぜなら豆腐があるからね!」
「そういう時ばっか重宝するよな」
即座に八左ヱ門につっこまれ、むくれる勘右衛門に苦笑する。
「でも今凍み豆腐もいろいろ改良してるんだ」
「そうそう、こないだのは口の中渇かなかった!」
呆れた表情をしていた三郎が興味をそそられたような顔になった。
「それだと食べやすそうだな」
「うん。お菓子感覚でパクパクいける。味をつけられたらもっといいねって今火薬委員会で会議してるんだ」
…………。
ん? なんか今時間止まった?
「まあ、後輩達がいいなら良いのか……」
「他の委員会に口出しするもんでもないし……」
「雨で火薬委員会暇だろうしね……」
「湿気させないように避難させたら仕事ないもんな……」
どうした? お前ら顔ヘンだぞ?



5、じめじめ(999)

雨の日は結構好きだ。蛙やらカタツムリやら、普段大人しい奴らが活発になる。なかなか太陽が見られなくてじめっとした気持ちになるのも分かるけど、雨は雨で新しい発見があって面白いと思う。
ただ。
「あっちぃ〜!」
蒸れて暑くなるのだけは、なんとかしてほしい。
「髪あげたら?」
「そしたら頭の中が余計暑くなるんだよ……」
「分かる……頭から熱発してるよね……」
「それな……」
特に髪の毛の多い兵助と雷蔵は、髪を解いてべちゃっと床に張り付いている。毎度のことなので勘右衛門と三郎も苦笑いだ。二人はそこまで熱もこもらないらしい。羨ましい。
おれも兵助達ほどじゃないけど、結構こもる方。ただでさえ傷んでチクチクするのに、蒸れると暑いわ痒いわでだいぶしんどい。というわけでおれも今は髪を下ろしている。
「タカ丸さんに髪すいてもらえば?」
「あ〜……毎月やってもらってる……」
若干呆れ混じりの勘右衛門に、兵助は床に突っ伏したままだるそうに返す。
というかこいつ、そんなに定期的に整えてもらってんのか。こちとら髪は千切れるか切られるか刈られるかしか無いのに……。
「あ、八左ヱ門、またそのうちトリートメントしに行くって言ってた」
「やめて!!」
「サラスト八左ヱ門、まだ諦めてなかったのか……」
「もういいよあれは……!」
サラストはともかく、いろいろ油とか付けられるせいで虫や動物達が寄ってこなくなったのだ。なんだこいつ的な目で見られてちょっと泣きそうだったんだからな!
「おれも見たかったな〜サラスト八左ヱ門」
「おれも〜」
「いいよ見なくて!」
というか兵助はいじるならせめて顔あげろよ! 暑いのは分かるけどどんだけだらだらしたいんだ!
「暑さを逃がす髪型とか無いのかな〜?」
「今度タカ丸さんにやってもらう?」
「やめとけやめとけ、ヘンな髪型にされるのがオチだ」
「おれされたことないよ〜」
「それはあれだ、兵助怒ったら怖いもん」
ああー、と納得の空気が漂う。たぶん後輩か誰かの髪をやって、凄い目で見られたんだと思う。
目力強いからじっと見られるだけで怖いんだよな。本気で激怒すると、昔兵助の豆腐ダメにした時に勘右衛門と三郎と雷蔵が飛んできてくれたくらいには怖い。
「そうかなあ?」
怒ったらなんとなく木下先生に似てるよ、と言ったら怒られそうなのでやめておく。おれもちゃんと怒らせないように学んでいるのだ。



6、雨降り(998)

「せんせー、こっちも傷んでますよー」
「八左ヱ門、桶! ここ落ちてくる!」
「え、待って待って、板は!?」
「雷蔵、そこそこ! 濡れてるだろ!」
「え、あ、あった!」
「……何枚か板を取ってくる」
やれやれと溜め息を吐きながら板を取りに行く。我が教え子達ながら騒々しいことこの上ない。静かになったらなったで何か企んでいるので、どちらが良いとも言えないが。
それに今回は、自分の用事に付き合わせているから怒るに怒れない。
昨日。
部屋で仕事をしていると隅の方でぽたぽたと音がした。古い学園だ、何か得体の知れないものが紛れ込んだのかと思った。珍しいことではない。在学中も卒業後も危うい道だ。時折そうして、挨拶して逝く者もいる。
今回もそうかと思った。
だがなんのことはない、ただ単に雨漏りしていただけだった。
さすがに夜では直せず、授業が終わってから用具委員会に修繕道具を借りた。用具委員会に頼っても良かったのだが、なんとなく体を動かしたい気分だったので自分一人で行うつもりだった。
そこを勘右衛門達に見つかったのだ。
いつものように五人でつるみ、何をしていたのか把握すればおれもやります! やりたい! と大騒ぎ。時々あいつらが下級生のように見えるのは、恐らく自分だけではない。
「せんせー! ついでに補強しときます!?」
「ああ、頼む」
「先生、床板に絵を描いてもいいですか?」
「……ほどほどにな」
補強用の板を数枚持って帰ってくれば、相変わらずうるさい。補強している勘右衛門と八左ヱ門と雷蔵はともかく、床板に絵を描きだす兵助と三郎はなんなのか。何故絵を描く。
別に他に誰が使うわけでもないし、いつかその絵を見て笑うことがあるかもしれないから、構わないのだが。
それを思えば、何をしても仕方がないと笑ってしまうのは教師故か。
「終わり〜ってええ!?」
「うっわ、すげーなお前ら」
「わー、いいねえ」
すとんと天井裏から下りてくる三人が声をあげる。
兵助と三郎が描いたものは、木目に見せかけたここにいる六人の姿だった。木目になぞらえているのに、うまくそれぞれの特徴を捉えている。
「ぼくらが卒業したあとも、これで忘れないでしょ?」
兵助のしてやったりという表情に苦笑する。
……今から泣かせおって、どうしろというのだ。
そんなことしなくても、こんな騒がしい教え子をそうそう忘れられるわけがないのに。



7、雨上がり(1000)

草を掻き分ける音に、咄嗟に手裏剣を打つ。うわっと声が上がり、その声が味方だったので兵助は一端攻撃を止めた。
「へいすけ〜」
「花」
「作造。煙」
「おれ」
同時に息を吐く。変装ではなかったようだ。
「なんかあった?」
「A班が捕まった。この雨だろ、近くにいたのに気付けなかったみたいで」
「そうか……、おれたちも失念してたな」
「うん。でもな、C班が一班捕まえた」
「じゃ、A班奪還はB班に任せるか?」
「ああ……と、言いたいところなんだけど」
突然飛んできたクナイに、反射的に体が動く。
「やっぱ急襲でも無理かあ」
「そりゃそうだよな」
「ま、本拠地が知れただけでも良しだな」
「げ……」
勘右衛門の後ろから現れたのは雷蔵、八左ヱ門、三郎。まさかの敵の主力三人である。
認識した瞬間、兵助は勘右衛門を睨み付けた。
「かんえもーん?」
「ごめんなさい! 油断しました! だって三人が固まって動いてるなんて思わないじゃん……」
項垂れる勘右衛門を放って兵助は即座に逃げの姿勢を取る。
「あ、ちょっ、待って兵助さん! 見捨てないで!」
「見捨てるわ! おれ捕まったら実習終わるし!」
「だからって腹心置いていく!?」
「誰が腹心だ!」
口を挟む隙の無い言い合いに雷蔵と八左ヱ門は狼狽え、三郎は呆れている。
その隙に。
「勘右衛門!」
い組の一班が到着し、勘右衛門にクナイを投げた。無事にそれを掴み取りニヤリと笑う。
「形勢逆転!」
「本当にそうか?」
「三郎!」
三郎の笑みと共にろ組の一班も到着。気付けば他の班も集合し、い組の本拠地に五年生が全員集合してしまっていた。
「あはは! すごいね!」
「これで負け無しだろ!」
「そういうこと!」
「その言葉そっくりそのまま返すよ!」
「簡単に負けたくないしね!」
そうして全員が武器を構え、動ーーけなかった。
「お前達! 終了の狼煙を上げただろうが!」
突如落ちた雷に全員がびくりと肩を揺らす。木下が青筋を立てて仁王立ちしていた。
「全く、誰一人気付かないとは……」
「す、すみません……」
しゅんと肩を落とす五年生に、木下が溜め息を吐く。
「実習は引き分けで終了。マラソンで帰るぞ!」
「「はぁ〜い……」」
覇気の無い五年生と、溌剌とした木下の声。いつの間にか雨はやみ、全力で走る彼らの頭上には綺麗な虹がかかっている。
それに彼らが気付くまで、あと少し。






――
別ジャンルの方で、文字書きさんがお題を募って一ヶ月間、千文字以内の短編を書くというチャレンジをされていたのでやってみました
()内が文字数です。
千文字って結構難しかった……最後の話なんて分かりやすく詰め込みすぎてて笑う
でもまあ良いリハビリになりました。また気が向いたらやりたい。だが次からは千文字前後にします!笑

ここまで読んでいただきありがとうございました。



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