あなたとわたし
*事後
二年は組に編入してきた羽丹羽石人が、火薬委員会に入ることとなった。
これで火薬委員会に入った編入生は二人目。元々仕事が少ないこともあり、あまり顧問として委員会活動中に煙硝蔵を見に行くことは無い。真面目な子ばかりだし、久々知がいれば問題を起こすことはほぼ無いからだ。
しかしさすがに編入生を二人も抱えているとなると、一番力の入る時期である五年生の久々知には負担をかけすぎているのではないかと。
「いや、そうでもないですよ」
そんな土井の杞憂を、久々知はあっさりと打ち砕いた。
布団に寝そべったまま一糸纏わぬ白い肌を惜しみなく晒して、肩にかかる艶やかな黒髪をぱさりと背中に流す。その骨張った肩甲骨をゆるりと撫でて、土井はそれならいい、と苦笑した。
「委員会のことはほとんどお前に任せてしまっているからなあ」
「その分あなたには重い責任を負ってもらっていますから。羽丹羽も真面目な子だし、負担なんて全然。むしろ石人やタカ丸さんのお陰で、火薬のことも勉強会もぼくらの良い復習になってます」
ほわりと微笑む久々知が愛おしくなって、頭のてっぺんに唇を落とす。くすぐったいのか身を捩りながらクスクスと笑う久々知の、赤みの引かない頬と汗ばむ首筋に張り付く黒髪がアンバランスな色気を醸す。
羽織っただけの寝間着をぱさりと落として、土井は久々知の隣に寝転んで片肘をついた。もう片方の手は涙の残る目尻に触れる。土井のうなじでくくった髪がぱさりと音を立て、久々知がするりと掌に頬を寄せた。
久々知は優秀で、聡い子だ。土井とこういう関係になった後も、学園では一切それを匂わせない。逢瀬は必ず外で、絶対に知り合いには見られないような寂れたところか、逆に人が多くて目につかないような宿で。更には時折女装までする徹底ぶり。
土井と久々知が一緒にいても火薬委員会のことだと思われるだろうと、行き帰りは共にいられることだけは良かったが、それも逢瀬の頻度が高ければ別々に行き来することもある。
それが寂しいと思うことも在る。けれどそれ以上に、そうやって本気で土井のことを案じ、共に未来を生きようとしてくれている、ということが嬉しく、愛おしいのだ。
「お前はすぐに無茶をするからなぁ。辛くなったらちゃんと誰かに頼りなさい」
「……“私に”ではないのですね」
「不満か? そりゃあ、頼って欲しいのは山々だけどな。お前はなかなか私に手間をかけさせてはくれないから」
少し意地悪く言って軽く頬をつまむと、久々知はむむ、と眉間に皺を寄せた。しかしすぐに吹き出すように息を吐いて、困ったような、悪戯っ子のような笑みを浮かべて下から見上げるように土井を見た。
「あなたが一年は組に手を焼いているところを見るのが好きなんですよ」
言って、ふふ、と笑うとじゃれるように土井の胸元に頭を擦り付ける。甘えるような仕草に無意識に頭を撫で、土井は口元をむずむずとさせながらその黒髪に顔を埋めた。
「……私も、お前が尾浜達と悪巧みをしている姿を見るのが好きだよ。六年生に追いかけられたり、一年生に勉強を教えていたり、おばちゃんと真剣に豆腐の話をする、お前の日常を見るのが好きだ」
腕の中の身体がもぞりと動いて、そっと背中に手を回される。その力は徐々に強くなり、ふっと息が漏れる音が聞こえたと同時、土井の胸元が濡れていった。
「…兵助、」
「っ、す、すみません、…う、うれしくて、胸が、い、いっぱいになってっ…」
「あーあー、分かったから泣くな! お前に泣かれると困る……」
心底困ったような顔をして、土井がそっと久々知の目尻を拭う。困っているくせに土井の視線が甘く柔らかくて、久々知は再び長い睫毛を濡らした。べしょべしょと泣きながら、それでも久々知は心底幸せそうに笑う。ぐちゃぐちゃになったその顔に、けれどそれがどうしようもなく愛おしくて、土井はああもう! と笑いながらもう一度腕の中に閉じ込めた。
「お前は逢瀬の時だけ感情表現が豊かになるなあ……」
「ぅう……普段抑えてるから、溢れ出るんですよ……」
「…………」
ぽんぽんと背中を撫でていた手が止まる。
なんという殺し文句だ。十四歳恐ろしい。苦笑しつつ、不思議そうに見上げてくる久々知の額にちゅ、とキスを落とす。
「可愛いからこれからも抑えておいてくれ……お前のこんな姿、誰にも見せたくない……」
「……あなたにしか見せませんよ……」
「うん……」
散々好きだのなんだの言っておきながら、急に二人して恥ずかしくなってくる。互いに真っ赤な頬のまま、顔を見合わせて吹き出した。
逢瀬の頻度はそう高くない。は組の良い子達はたくさん問題を持ち込んでくるし、五年生という立場はとても忙しいから。
それでも学園で顔を見る度に好きが募って、逢う度にそれを確認する。愛おしさが溢れていく。
そうやって二人で気持ちを確認していくのは、とても幸せなことだ。
「帰ったら久しぶりに火薬委員会で集まろうか」
「そうですね。この間石人に豆腐クッキーを振る舞ったら喜んでくれたので、最近は豆腐を使ったお菓子を研究しているんです」
「そういえば乱太郎達も美味しかったと言ってたな。……どれだけ作ったんだ?」
「乱太郎達は練習に付き合ってもらっただけですよ。しんべヱがいるから、豆腐たくさん作っても食べてくれるし」
「豆腐は食堂にも提供しているんだろう? ……なあ、本当に大丈夫か? 無理してないか?」
抱きしめたまま、じっと視線を合わせる。
勉強に委員会に豆腐。全てにおいて久々知は全力だ。だから成績優秀な火薬委員会の委員長代理で、手作り豆腐は食堂のおばちゃんにもその味を認められている。顧問として、恋人として、それはとても誇らしいことなのだけれど、心配になってしまうのは仕方が無い。だから出来れば彼の息抜きの場が、自分であればいいと思うのだ。
「好きなことをしているだけですから、全然平気ですよ?」
見つめてくる視線に嘘は無い。実際、勉強も委員会の仕事も、もちろん豆腐作りも、久々知にとっては好きなことなのだろう。傍から見れば並々ならぬ努力だが、本人からしてみれば好きなものを突き詰めているだけ。好きだから、もっと知りたいと思っているだけ。
分かっているだけに歯痒い。どうしたらこの気持ちを伝えられるだろうか。
土井が言葉を選んでいると、するりと首筋から耳元に久々知の腕が伸びた。
「無茶はこれからもきっとします。そうしなければいけないと思うから。あなたに心配もたくさんかけると思います。……でも、あなたを傷つけることはしません。絶対に」
土井を見上げるその視線はどこまでも真っ直ぐで、力強い。久々知は一度決めるとどこまでも強く、周りを引っ張っていく力がある。その言葉を信じられるだけの光がある。
本当に聡くて、強い子だ。
堪らなくなって、衝動的に唇を塞いだ。久々知は驚いたように目を瞠ってから、けれどすぐに目を閉じて応えてくれる。
好きだ。好きだ。愛している。――何度言えば、何度言っても、この気持ちは尽きない。
永遠など信じていない。もしかしたらいつかは、互いへの気持ちがなくなることもあるのかもしれない。
けれど今は。
ただ一人だけを見つめていたい。
荒い息づかいと布の擦れる音が、ゆるやかに二人を現実から引き離していった。
――
完全に今日の忍たま(まーぼーどーふてーしょくのだん)の影響ですね。
まっさかあんな仲良しな二人見せつけられるとは思わなかった……びっくりした 学園長があんな存在感のあるモブだったのも珍しい気がする びっくりした
ハニワくんを登場させたかったんですが、すぐに二人の世界作り上げるよね……過去の火薬回も大体そうだったもの 今回もそうだったもの……冒頭と中盤あたりに奮闘した影が見えますね 無理でした
あと読み返したら土井先生がめちゃめちゃ「お前は〜」って言ってて笑った 独占欲っていうか久々知のこと知ってますアピールっていうか
他の二次創作作家さんの影響も多大にあると思うんですが、土井くくは久々知受けの中でも稀に見るバカップルだと思ってます なんでだろ、よく二人の秘密作ってるからかな
お互い大好きも大事なことも隠さないし(恋仲であることは隠すけど)、二人とも穏やかで相手のことを思いやれる人なのでそれはもう大事に大事にします というイメージ
あと久々知が終始「先生」じゃなくて「あなた」なのは、恋人というものは対等なものだからです。
ではでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!
20.04.29 修正 ハニワくんの名前おもくそ間違えてましたすみません