良夜の兎




秋休みに入り、下級生の多くが家の手伝いのために実家に戻っている中。
八左ヱ門がススキを持って帰ってきた。
委員会の最中に見つけたらしく、月見しようぜ! ととても良い笑顔で言ってのけたのだ。当然、おれ達が反対するはずもなく。
おれと兵助が豆腐で団子を作って、三郎と雷蔵がどこから持ってきたのか酒を用意して。
いざ、お月見開始だ。

「お! 晴れたね!」
「そう言っただろ?」
「八左ヱ門は天気読むのうまいもんなー」
「動物みたいだよね」
「普段からそういうところあるよな」
「お前ら褒めてんの? 貶してんの?」

供え物は中庭に置いて、縁側に揃って座る。
真っ暗な空に、まん丸い満月。煌々と輝くそれは、いつもよりも明るく見える気がする。
普段なら月は忍者の大敵だけど、今日ばかりは一時休戦だ。

「月ってさ、兎が住んでるんだろ?」
「そういう昔話はあったよな」
「ああ、月のあの模様が餅をついてる兎に見えるとか」

兵助印の豆腐団子をつまみつつ、酒を飲みつつそんな他愛もない話をする。
現実味の無い話だけど確かにそういう話は聞いたことがある。だけど、毎回聞く度に首を傾げるのだ。

「……見えなくない?」

どこがどう兎で、餅で、臼と杵なのか。
月の模様を睨むように見ながら言えば、八左ヱ門と兵助が笑った。

「だよなあ」
「おれもそれ思ってた」
「やっぱりそうだよな!? 良かった、おれだけかと思ってた」
「満月見る度考えるけど、やっぱどこがそう見えるのか分かんねえよなー」
「想像力の問題なのかなあ。三郎と雷蔵は?」

杯を煽って、兵助が隣の二人を見やる。
すると三郎は得意げな顔をして、雷蔵はふわりと微笑した。どうやら何か逸話を知っているらしい。

「そもそも、どうして兎なんだと思う?」

質問を質問で返されて、思わず三人で顔を見合わせた。

「……最初にそう見えた人が広めたんじゃないのか?」
「もしくは兎に思い入れのある偉い人が広めたとか?」
「じゃあ、兎が食べたい人が適当に言ったことが広まったに一票」
「考える気ないだろ勘右衛門」
「いやいや、しんべヱみたいな人がいたかもしれないじゃん!」
「なるほど、その可能性も無くはないな」
「無いだろ、どう考えても無いだろ。そんな偶然でここまで広まるか」
「相変わらず五いは天然というか……」

呆れる八左ヱ門と三郎に、兵助と顔を見合わせてむくれる。
そりゃ可能性は低いけど、可能性自体が皆無ってわけじゃないだろ。忍者の世界はまさかの世界だって食満先輩もよく言ってるだろ。
……あ、兎の話忍者と関係ないか。

「で、どうなの? 雷蔵」

兵助がのんびりと酒を注ぐ。相変わらずこいつはマイペースだ。おれも人のことは言えないけど、やっぱりこいつが一番自分の世界を持ってると思う。
そんなマイペース豆腐小僧に苦笑しつつ、雷蔵がふっと微笑む。

「元々は神話が由来なんだってさ」

兎と狐と猿が、三匹で暮らしていた。
だが三匹とも、自分達が獣の姿であることに疑問を持ち、人になりたいので人の役に立つことをしようと話し合っていた。
その話を聞いた神様が、何かいいことをさせてあげようと老人になって三匹の前に現れる。
何も知らない三匹は、疲れ果てた老人の「食べ物を恵んでほしい」という言葉に歓喜し、それぞれ食べ物を集めに行く。
そして猿は木の身や果物、狐は魚を採ってくることに成功。
だが兎は何も持って帰らずに戻ってきた。
猿と狐に責められる兎。
すると兎は、「食べ物を採る力がありません。どうぞ私を食べて下さい」と言って火に飛び込んだのだった。
それを見た老人が神の姿に戻り、三匹が生まれ変わったら人間になることを約束する。そして自分の身を捧げた兎のことを忘れないように、月に兎の姿を残すことにしたのだった。

「……で、月には兎の姿があるってわけ」

簡単に説明された雷蔵の逸話に、なんとも微妙な空気が残る。
それが分かっていたらしく、雷蔵は困ったように苦笑した。

「まあ、神話だから本当のことは分からないよ。他にも説はあるしね」
「けど…兎も神様もなんつーか、勝手だな、その話」

八左ヱ門が苦い顔をする。

「猿も狐も食べ物採ってきて既にあるのに、自分の身を捧げるとかさあ。食べ物採れなかったんなら、寝床作るとか水取ってくるとか、他のことすればいいのに。神様も神様で、それが正しいみたいな感じだしさ」
「そうだな。それに猿や狐が兎を責めるのも納得いかない。三匹で協力して食べ物採ってくれば良かったのに」
「伝え話にぐちぐち言うな。ま、言い分は分からなくも無いが」

眉を寄せる八左ヱ門と兵助に、三郎が呆れたような苦笑を浮かべた。その隣で雷蔵が穏やかに笑っているのを見ると、たぶん三郎も似たような反応をしたんだろう。
同じように不満げな顔をしている三郎が思い浮かんで、笑いをかみ殺す。

「なに笑ってるんだ、勘右衛門」

やべ、バレた。

「いや? 所詮は人の作り話だなーって思ってさ」
「あはは、そりゃそうだけどね」
「あ、ごめん。馬鹿にしてるわけじゃなくてね。獣が人になりたいとか、人間が一番みたいな考え方が、人間らしいなって話だよ」
「人間らしいって、勘右衛門が人間じゃないみたいだね」
「勘右衛門も動物だったの?」
「なんだよ、勘右衛門だっておれのこと動物とか言えないじゃん」
「え、おれ動物? やだなあ、八左ヱ門には負けるよ!」
「そりゃあうちの八左ヱ門はベスト・オブ・動物だからな」
「意味が分からん弄り方するな三郎!」

兵助と雷蔵がさらっと話を逸らしてくれたお陰で誤魔化せた。
八左ヱ門を良い笑顔で弄る三郎に笑いながら豆腐団子をつまむ。うん、やっぱり兵助の料理はうまい。

「そうそう、あの月の兎って、元々は餅じゃなくて不老不死の薬をついてるらしいんだけど」

唐突に戻った話に、視線が雷蔵に集まる。
てか不老不死の薬って。神話って結構なんでもありなんだな。
おれ達の視線に、雷蔵がにっこりと笑った。

「不老不死の薬なんていらないよね」

雷蔵の隣に座る三郎と兵助が勢いよく雷蔵に抱き着いて、笑う。

「当たり前だろー!」
「そーそ、そんなものいらない!」
「だよね!」

やだ、楽しそう……!
というわけで、おれと八左ヱ門も顔を見合わせて三人に飛びついた。

「「のわっ!」」
「おれもいらなーい!」
「おれも!」

ぎゃあぎゃあと笑い声が響く。
下級生がいないせいでいつもよりも響くけど、下級生がいないから怒られることもない。

不老不死だなんて必要ない。
だって、おれ達は今を生きている。
今を楽しく生きているから。



団子になって騒いでいるおれ達はまだ知らない。
数刻後、恐怖の最上級生乱入イベントが起こることに。







――
神話は中国に伝わるものらしく、日本に渡ってから、望月→もちづき→もちをつく、になったそうで。
本当は月見泥棒(愛知とか三重あたりで有名らしい日本版ハロウィンイベント)とかお月見イベントを取り入れたかったのですが、収拾付かなくなりそうなので断念。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。


修正 18.05.06

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