いつかの夏



ばっしゃーん! と水音ながらとても痛そうな音が聞こえてきて、部屋に戻るのが途端に嫌になる。
これは絶対にあれだ。水遊びをしている。だってはしゃぐ声が二つほど聞こえてくるもの。
一年中全力で遊ぶ髪に特徴のある二人組を思い出して、三郎は相方の如く腕を組んで頭を抱えた。
このまま戻れば確実に巻き込まれる。顔を出した直後に水を浴びせられる。しかし三郎には、これから部屋に戻っておやつを食べるという目的があった。別にいつでも食べられるのだが、彼らのせいで食べないというのも癪である。

「さーぶろ」
「おわっ!?」

悩んでいたせいで背後の気配に気づかなかった。
慌てて後ろを振り返ると、常日頃顔を借りている相方の姿。どうやら委員会の仕事が終わったらしい。
水遊びをしている二人じゃないことにほっと息を吐く。

「何してるのこんなところで」
「いや…ちょっと悩み事」
「ん?」
「どうやってうるさい二人を回避して部屋まで戻ろうかと」
「……無理だろ?」
「やっぱり?」

のほほんと笑う雷蔵に、三郎も困ったように笑って肩を落とした。
屋根裏を辿って行こうが、床下を辿って行こうが、お互いの気配には敏い。そしてあの二人はやたら騒ぐことが好きである。戻る最中に捕まるか、部屋に戻った直後に捕まるだろうことは目に見えている。
仕方ない、巻き込まれるか。
三郎が腹をくくった時、悲鳴が一つ増えた。

「あ、兵助捕まったみたいだね」

おっとりと雷蔵が呟く。
どうやら我らが豆腐小僧も委員会から戻ったらしい。
癖のある黒髪が張り付いているらしく、勘右衛門と八左ヱ門の悲鳴が聞こえる。兵助の怒鳴り声も聞こえてきた。

「あはは、兵助も大変だね」
「だが確かに、水に濡れた兵助は少し怖いな」
「あー……髪洗ってる時とか?」
「湯船に浸かってる時見てみろ、ちょっとびっくりする」
「兵助が?」
「いや、こっちが」

兵助に聞かれたら怒られそうな会話をしながら歩き出す。
水音が再開したので、どうやら怖がられた兵助が逆襲を始めたようだ。兵助の笑い声と勘右衛門と八左ヱ門の悲鳴が聞こえてきた。
いっぱいの青空に、水飛沫が散る。

「あ! 雷蔵三郎!」
「たたた助けて!」
「おお二人とも。どっち混ざる?」
「「兵助一択で」」
「「殺生な!」」

髪を頭上でまとめ上げた兵助が、笑顔で桶いっぱいの水を持っていた。対する勘右衛門と八左ヱ門は丸腰だ。
雷蔵と三郎は笑いながら、井戸の近くに落ちている桶を手に取る。おそらく勘右衛門と八左ヱ門の物だろう。
今更何をしているのか、とも巻き込むな、とも言うわけがなく。

「顔にはかけるなよ!」
「剥がれそうになったら言えー」
「ぎゃあつめたっ!」
「雷蔵なーいす」
「不意打ちとは卑怯な……っ」
「ふっふっふ、これが忍だ……!」
「とりゃっ!」
「ぎゃああ! 目が! 目があああ!」
「あっごっめーん、目に入っちゃった?」
「おのれ勘右衛門……!」

五年長屋には暫く、涼しげな水音と楽し気な悲鳴が響いていた。





「あーびっしょびしょ」
「誰のせいだ誰の」
「へーす」
「バカと馬鹿のせいだろ」
「どっちも馬鹿じゃんそれ」
「いや、カタカナと漢字の違い」
「分かるか」
「今の時期はすぐ乾くからいいねー」
「ほんとほんと」

褌までびしょびしょになり、五人揃って縁側に座る。
冷たい身体に涼しい風が心地好い。勘右衛門がんー、と伸びをして、真っ青な空を仰いだ。
雷蔵がつられたように空を見て、思い出したように三郎を見る。

「そういえば、水まんじゅうあったよね」
「げ」
「何その声」
「さては独り占めしようとしてたな」
「三郎が独り占めするわけないだろ。雷蔵と二人で食べようと思ってたんだよ」
「「ああー。」」
「なんだその生ぬるい目は」
「否定はしないわけね」
「合ってるしな」
「おれらへの愛がないわー」
「あるわけないだろ」

放っておくといつまでも続きそうな勘右衛門と三郎の舌戦に、雷蔵がゆるりと笑う。

「じゃあほら、みんなで食べようよ、水まんじゅう」
「いいね、冷たいお茶貰ってくるよ」
「おれも手伝う」
「勘右衛門と三郎はおれらの上着干しとけ」
「「ええ!」」
「顔干しといてもいいけど?」
「あ。はーい」
「みっずまーんじゅっ、みっずまーんじゅっ」
「歌はいいけどちゃんと干せよ」
「分かってるって〜」

爽やかな風が吹く夏空に、あちこちで聞こえる生き物の息吹。
草の匂いをいっぱいに感じて、ギラギラの太陽に仮面を翳した。

一人で食べる水まんじゅうも、雷蔵と食べる水まんじゅうも美味しいけれど。
結局みんなで食べる方が、何倍も楽しいのだ。







――
夏ももう終わりですね。
ってことで、全力で夏を楽しむ五年が書きたくなった。
さすがにスイカを部屋には隠しとけないよなーっていう、妙なところでリアルを求める悪い癖が出て水まんじゅうです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。





修正 2017.09.05

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