冬といえば



今季最大の寒波が流れ込んでいるこんにち、皆様いかがお過ごしだろうか。
雪が降るのだか降らないのだか微妙な暗雲の下にいて、鍛錬を終えた八左ヱ門は勢いよく友人の部屋の木戸を開けた。

「っ!」
「ちょ、寒いバカ左ヱ門早く閉めろ!」
「冷気が入ってくるるるる」
「おお、お疲れ八左ヱ門」
「……なにしてんの」

四角い机にかぶさる布団、その四方にごろんと寝転がる三郎と勘右衛門。座って勉強をしていたらしい雷蔵と兵助。ご丁寧に、天板の上には籠いっぱいのミカンまで置いてある。
ぱしんと木戸を閉めると、むわりとした熱気が八左ヱ門を迎えた。
見れば部屋の隅には火鉢が二つ。それぞれの部屋のものらしい。

「……お前ら、どんだけ寒いの」
「まだ寒いよ。触ってみろこの手!」
「つめたっ! て、三郎の手じゃんこれ」
「三郎季節に弱いからねえ」
「夏もべちょっとしてるもんな」
「べちょってなんだ……」

兵助の言葉に頭まで被っていた布団から三郎がのそのそと顔を出した。
三郎亀みたいだね、という雷蔵の言葉に勘右衛門が吹き出す。
さすがに運動終わりでこたつに入る気にはならず、八左ヱ門は布団には入らないまま兵助の隣に座った。

「宿題?」
「うん。ろ組も出てたろ、簿記の」
「……やべ、忘れてた」
「取ってきなよ、今なら兵助が教えてくれる」
「おれか。雷蔵じゃなくて」
「取ってくる!」

まあいいけど、という兵助の言葉を背に、座ったばかりの八左ヱ門はすぐに立ち上がって自室へ。
木戸を開けた時にまた勘右衛門が悲鳴を上げたが、気にせずに宿題を取ってきた。夏には洋々と走り回る勘右衛門も、寒いのはあんまり得意ではないらしい。

「あったかいもんが食べたい……兵助ミカン剥いて」
「おれは母親か。てかミカンあったかくないよ」
「あったかいミカンて美味いの?」
「ミカン焼く料理ってなんかなかったっけ」
「焼きミカンな。あれ美味いらしいぞ」
「へええ、三郎よく知ってんね。……へーすけ焼いて?」
「今度豆腐屋巡り付き合ってくれるなら」
「ごめんなさい自分でやります」

火鉢が二つもあるのに布団から出ると寒い寒いと勘右衛門は騒ぎながら、火鉢の上に網を乗せてミカンを五つ。
焦げ目がついたくらいが美味いんだ、と三郎が笑うと、雷蔵と八左ヱ門も美味しそうだと笑った。

「そういやこのミカンどしたの?」
「潮江先輩がくれた」
「え。なんで」
「冬休みにご実家に戻られた時に貰ったらしくて、食べきれないからって」
「へえ。先輩んちって農家なの?」
「さあ?」

聞いてないし、と小首を傾げる兵助に、文次郎が兵助にミカンを渡した理由がなんとなく分かった。自分達ならきっと、実家についてあれこれ詮索していただろうから。
それは情報をもたらす忍者の性分というやつなのだろうけど、やっぱり詮索してほしくないことも、あるわけだから。
そのへん、兵助は察しているのか無意識なのか境界線を引くのがうまい。

「先輩方、今日から実習だって?」
「ああ、そうだよ。一週間くらいだって言ってた」
「大変だなあ。俺らはあんまり関係ないけど」
「でも六年いたらやっぱ楽だよなーいろいろ」
「なー。でも兵助んトコはさ、タカ丸さんいるだろ」
「んー。確かに勉強になることは多いけど」
「あの話術は凄いよなあ。髪のこととか、私も勉強させてもらってる」
「ああ、言ってた言ってた。鉢屋先輩に髪の手入れの仕方聞かれた! って」

きゃっきゃと兵助に報告するタカ丸が浮かんで、勘右衛門は笑い、ろ組は何とも言えない表情。確かに六年生と並べるには、ちょっと頼りないか。
ぱたんと宿題の帳面をたたんで、兵助は八左ヱ門の手元を覗き込む。雷蔵が止まっていた手を動かし始めた。

「八左ヱ門そこ違う」
「ん? あ、ほんとだ。こっちは?」
「それはこの公式」
「あれ、こっちなの? こっちじゃなくて?」
「ああ、こっちでもできるけどこっちのが楽だよ」
「へええ……あ、ほんとだ。さすが」

こっちはそっちはと訊ねる八左ヱ門に、兵助がこれであれでとヒントを返していく。それでもきちんと答えに辿り着いているのだから、伊達に毎期予算案作ってないな、と勘右衛門は委員長代理の苦労を思った。
三人の勉強なんてまるで見えてすらいないように、三郎がのっそりと起き上がって籠の一番上にあったミカンを取る。ぐにぐにと揉んで。

「雷蔵ミカン剥いてー」
「え。なんだよ、お前も子供か」
「三郎はいつも子供だけどねえ」
「勘右衛門……!」
「うっわ足掴むのやめて! 手冷たいから!」

ていうかいつまで手冷たいの! わあわあと騒ぐと、三郎はますます調子に乗ってべたべたと勘右衛門に触れる。じゃれている学級コンビに勉強中の三人は見向きもしない。
逃げるように火鉢の方へ寄っていくと、三郎は布団からは出たくないようで大人しく布団に戻った。
ふう、と一仕事終えた勘右衛門はミカンの様子を見る。

「ミカンできたよー。あっついこれ!」
「そりゃそうだろ」

どうやって掴むか考えながら振り向くと、兵助がすっと立ち上がった。
何かあったかと懐をまさぐる。

「箸は?」
「ない!」
「おま……どうすんの。軍手?」
「手拭い! ……ああっつい!」
「無茶しやがって……」

すぐに手を引っ込める勘右衛門に苦笑して、兵助が手拭いでミカンを包んでころんころんと天板の上に置いた。
いそいそと布団に入る勘右衛門になにいまの、コント? と三郎が笑う。掌の厚い雷蔵と八左ヱ門は、熱いミカンを冷ますようにぽんぽんと掌の上で弄ぶ。
兵助はもう一つの火鉢の上にかけてあった土瓶を取って五人分のお茶を煎れて、それぞれの前に湯呑みを置いてから元の場所に戻った。
お茶を飲んで一息。

「湯豆腐食べたいなあ」
「お前はいつも豆腐だろ」
「でも今日は湯豆腐もいいなあ」
「おれは鍋がいいー」
「水炊き?」
「味噌!」
「あーいいな。美味いよな」
「いいねえ。あったまるし」
「じゃあ今日は味噌鍋にしよう」
「「さんせー」」

下級生の頃はクラス内だけで持ち回っていた夕飯当番も、学年が上がるにつれて学年でくくるようになる。それは組の垣根を越えて仲良くなるからでもあり、いろんな理由で仲間が減っていくからでもあり。
今日の当番は兵助と八左ヱ門と雷蔵だ。

「うわっ、ぐにぐにする」
「皮すっげ柔らかくなってんな」

弄んでいたミカンに爪を立てて、雷蔵と八左ヱ門は顔を見合わせる。
普通のミカンよりも剥きやすいけれど、なんだかミカンじゃないみたいだ。

「皮ごと食べるのがいいらしいよ」
「え、これ?」
「そう」
「まあ、ミカンの皮の漢方もあるしな」
「え、でもアレって干してからだろ」
「けど美味しいよ皮ごと」
「「早!」」

むぐむぐと口いっぱいに皮ごとのミカンを頬張る勘右衛門。躊躇するろ組に対して、兵助もぱくりと皮ごと一口で。
甘いな、ね! と二人のやり取りを見て、雷蔵と八左ヱ門もミカンにかぶりついた。

「ん、確かに甘いな」
「あったかくておいしー!」
「ね! もっと焼こう」
「晩飯食えなくなるぞ」
「……一つだけにしとく」

勘右衛門がいそいそとミカンを一つだけ火鉢の上の網にのっける。それを見届けてから、四人は未だに躊躇している三郎に視線を向けた。
自分から言い出すくせに、大抵いつも三郎は二の足を踏む。慎重なんだよとは雷蔵の弁。
四人の視線を受けて、三郎は恐る恐るミカンを皮ごとかじった。

「……あま、い?」
「だっしょー!」
「意外と美味いよな、皮ごと」
「皮が柔らかいからえぐみもあんまり無いしな」
「教えてくれてありがとう、三郎」

ふわりと笑う雷蔵に続いて、兵助と八左ヱ門と勘右衛門も声をそろえてありがとー! と笑う。
三郎はふん、と鼻を鳴らして、けれど照れくさそうにそっぽを向く。素直じゃないなーと勘右衛門が笑って、八左ヱ門が豪快に声を上げた。
雷蔵と兵助も顔を見合わせて、くすくすと肩を揺らす。
笑うな! と怒る三郎も、なんだかおかしくなってきて。

夕飯の準備までの数刻。
五年長屋は今日も賑やかだ。








――
なぜか学級コンビは寒さに弱そうなイメージが。三郎は夏の暑さにも梅雨の湿気にも春の花粉にも秋の変わりやすい空気にも弱そうなイメージが。なんでだろう。笑
焼きみかん、皮ごと食べる場合は無農薬のものにしてくださいね。今時はどんな薬がかかってるか分かりませんから。でも皮ごと食べる方が栄養たっぷりでいいらしいです。
宿題内容については、なんか忍者って満遍なく知識詰め込みそうだなと思って。簿記一級くらいになると会計委員レベルかもしれないけど、三級レベルくらいまでは授業でやるんじゃないかなーと。たぶんまだ簿記って言葉は無かったと思うけど、あの、適当な言葉が見つからなくて……!
あと夕飯当番制度は原作から妄想。人数減っていくなら、一緒に作った方が効率よくね?ってなりそう。風呂は見た感じ組ごとみたいですが。
あ、でもアニメでは自由っぽかったか……まあそのへんは臨機応変に、ね。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。




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