料理初め
一月一日。
冬休みだからほとんどの生徒や先生達は実家に帰っていて、大晦日と元日の二日だけ食堂のおばちゃんと小松田さんもいない。
自炊自体は慣れているけど、今日の料理はどうしようかとみんなで話していた。
「勘右衛門野菜は?」
「え、待って待ってちょっと!」
「まだかよ! 肉の下処理終わったぞ!」
「三郎卵焼きは?」
「あとは焼くだけ」
どうせなら正月らしいもの作ろーぜ! という勘右衛門の一言で、絶賛みんなで料理中だ。
「ほい、梅とわかめもオッケー。あとはご飯炊けるの待ち」
「うしっ、野菜の下茹で完成! 餅は!?」
「これから焼くよー」
「何人分だっけ」
「俺らとー、先輩方とー、学園長先生とヘムヘムとー、宿直の先生!」
「さっきヘムヘムに聞いたけど、今日の宿直木下先生だって」
「おお! 俄然やる気わいてきたー!」
最初はお節作ろうお節! と騒いでいたのだけど、明日おばちゃんが作ってきてくれるそうで却下になった。
軽めかつ正月っぽいもの、ということでレシピはおすまし仕立ての雑煮、桜エビとネギ入りの卵焼き、梅とわかめの混ぜ込みおにぎりだ。
ちなみに兵助考案だ。最近の豆腐料理といい、あいつはどこへ向かってゆくのだろう。
「出汁取れたよ。次なんだっけ?」
「肉は? 八左ヱ門肉!」
「お、はいはいっと! こん中入れちゃっていいの?」
「いいよ。で、適当に味付けした後で野菜ね」
「先に味付けか。了解」
「じゃあもう卵焼き焼くぞー」
「おー!」
楽しげに拳を突き上げる勘右衛門に笑って、三郎は油を敷いたフライパンに溶いた卵を入れて、軽く手首を返した。
桜エビとネギの入った卵焼きがくるりと巻かれる。
「うっわ、三郎キレーに巻くなあ」
「ほんとだ、うまいなお前」
「このくらい誰でもできるだろ……」
「とか言いつつ嬉しそうだな」
「やだー三郎ちゃんってば照れちゃってぇ!」
「三郎ちゃんってば照れ屋なんだからぁ!」
「どういうキャラだ君達! なんだ三郎ちゃんって!」
照れる三郎を茶化す勘右衛門と八左ヱ門に笑っていると、米が炊けた。
兵助がそれに気づいてお椀に米をよそって、梅とわかめを混ぜる。ちょうどお雑煮も出来たのか、良い香りが漂い始めた。
お腹からきゅう、と音がした。
「雷蔵お腹鳴った」
「うん、良い匂いするからお腹減っちゃった」
「あはは、もうすぐ出来るよ」
「それにしても兵助、よく思いつくよねこんな料理」
「まあ……おばちゃんの手伝いしてたら自然と?」
「もう忍よりも料理人とかの方が向いてるんじゃない?」
「もしくは豆腐屋!」
「八左ヱ門! 飯抜きにするぞ!」
「ぎゃ! ごめんなさい!」
笑いながら八左ヱ門が謝る。けどおにぎりを握る兵助の手つきは物凄く慣れていて、本当に料理人という道も有りな気がしてくる。
八左ヱ門もそう思ったのか、僕と目が合うと何とも言えない不思議な笑顔になった。気持ちは分からなくもない。
「餅焼けたよー!」
「よしゃー!」
「お雑煮も出来たね」
「卵焼きも完璧だ」
「ん、おにぎりもできた」
鶏肉に大根、ニンジン、ごぼう、それからぷくりと膨れた餅。おわんに盛って三つ葉を乗せれば完成。
優しい風味のお雑煮に、桜エビが香る卵焼きと、梅の食感が適度に残るおにぎり。品数こそ少ないけれど、具沢山で春らしい彩りの豪華な三品だ。
「んー、美味しそう!」
「いいねえ、正月って感じで!」
「これは楽しみだなあ」
「それじゃ、早速みんな呼んでこようか」
「うん。喜んでくれるといいな」
みんなで笑いながら食堂を出る。
美味しい料理に舌鼓を打った後は、きっといつものように先輩達が羽子板やらカルタやらで勝負を初めるんだろう。
僕達もいつものようにそれに巻き込まれて、先生達が笑って見てるんだ。
数刻後の未来を裏付けるように、僕達の頭上には抜けるような青空が広がっていた。