とある二人の将来設計




不安というと、少し違う気がする。
あの人が自分のことを大切に想ってくれていることは十二分に承知しているし、自分があの人のことをどれだけ想っているのかなんて、それこそ空は青い海は広いレベルであの人は理解している。
だけど。
同じ男、しかも年下に体を拓くことがどれだけの勇気と覚悟を伴っているのかなんて聞くまでもない。
任務や実習ではない、痛いくらいの想いを抱えてあの人を抱くことが許されたのは己だけだという自負もある。
だけど。



「潮江先輩。エリンギ城からスカウトされたらしいぞ」
聞き覚えのある名前を耳が拾った。同級生の噂話だ。
小声で話しているがここは壁に耳あり障子に目ありが鉄則の学園、声の大きさに意味はない。
「ああ、食満先輩もエノキダケ城からスカウトされたらしいな」
「受けんのかなあ。どっちも評判いいし」
「福利厚生もしっかりしてるしなー。そういや五年の先輩もスカウトされたらしいけど」
ふと思い出した、というように呟かれた言葉に胸がざわめく。
「ああ、鉢屋先輩だろ。でもあの人不破先輩と一緒じゃないとって断ったらしい」

「どんだけ不破先輩好きなんだよ」

同級生の呆れるような苦笑混じりの声を背に教室を出た。
痛みは無い。ただ、黒いもやの中にいるような息詰まりを覚えた。
久々知先輩の、自分に対する想いを疑ったことはない。
けれど、時々、思うのだ。

『自分と一緒になって先輩は幸せになれるのか。』

自分の想いに応えてくれた先輩に対する、酷い冒涜だと思った。
常にそう思っているわけではなくて、先輩と一生添い遂げる覚悟はしているつもりだ。
確認したことはないから、先輩がどう思っているのかは知らないけども、少なくとも自分は。
だけど先程のように、学園を卒業してからのことを考えると、途端にその覚悟が揺れる。

久々知先輩は優秀な人だ。
それに伴う信頼も持っているし、培っていくだけの努力も惜しまない。
彼を欲しがる城は多いだろう。その中には遺憾なく才能を発揮できる城も、新しい才能を伸ばせる城もある筈だ。

先輩の枷にはなりたくない。

そのためには、いつでも先輩が自分の手を切れるようにしておかなければいけないと思った。
自分から先輩に別れを告げることができない、臆病で愚かな決意。
『バカだな』って笑って抱きしめてほしいなんて、勝手なことを考えながら。



久々知先輩は優秀な人だ。
僕の気持ちにあっさりと気付いたようだった。
行為の最中はそんなことないのに、終わった後で訝し気にこちらを伺うことが多くなった。
まるで僕の一挙一動を見逃すまい、としているように。

「三木ヱ門。お前、俺に飽きたのか」

何度目かの夜、意を決したように先輩が視線を合わせてきた。
突然の言葉に慌てて先輩の手を握る。

「はぁ!? んなわけないでしょ何言ってんです!」
「だよな」
「だよな、って」
あっさりした返事に脱力すると、鋭い視線が真っ直ぐ僕を貫いた。
「じゃあ、何企んでる?」

「な、っに、も考えてませんよ。なんですかいきなり」
「最近、なんか上の空なんだよお前。呼んでも返事しないし」
「え。呼びましたか。いつ」
先輩が少し視線を俯ける。
「先輩?」
「……最中。いつもなら、名前呼んだら手ぇ握ってくれるのにそれが無いから」
「っ……え、」
少し拗ねたような先輩の表情にくらくらする。可愛い、と平静の先輩には思わない言葉が頭の中を占めた。
おそらく、今の自分の表情は同級生に見せられないことになっている。
折角決意したことがあっさり溶けそうになって、慌てて表情を取り繕う。
それを見た先輩が、思いっきり顔をしかめて僕の頬をつねってきた。

「ちょ、いっ! いひゃいんですけど……!」
「い、た、く、し、て、ん、だ、よ! この野郎、いっちょ前にセンパイに隠し事か」
ぱっ、と手を離される。
「あっ、そういう時だけ上下関係強調するのズルいです!」
「ワザとだ」

そう言って先輩は不敵に笑った。
これが実習の最中ならば底知れない恐ろしさがあるのだが、ここが布団の上であることと先輩の恰好が寝衣で髪を下しているせいかそこはかとない色気が漂う。
行為の最中を思い出してもう一度押し倒してしまいそうになった。危ない。

「……で? なに悩んでるんだよ」

なけなしの理性を総動員してなんとか押しとどまった僕をつまらなそうに見やって(酷い)、今度は優しい声音で尋ねてきた。
何が何でも僕の挙動不審の理由を暴くつもりらしい。
これはまずい。先輩に口で勝てる自信は正直無い。あらゆる意味で先輩は僕よりも上手だ。


「……俺には言えないこと、か?」

不安そうな、衣擦れ一つで消えてしまいそうな声に思わず顔を上げる。
こちらを見る先輩の大きな瞳はさっきと同じ鋭さで、だけどその奥が微かに揺れたのが見えた。
僕が久々知先輩を想うのと同じ必死さで、先輩も僕を想っている。
さっきまでの言動や行動が必死さ故のことなのだと唐突に理解した。

そんな今更なことがすとんと胸に落ちてきて、同時に心の中で白旗を上げた。
だめだ、先輩だけど可愛すぎるこの人。

「……あなたには、一生適わない気がします」

不思議そうに首を傾げる先輩を、今度こそ押し倒した。



胸の底に燻っていた思いを全部吐き出してしまうと、先輩ははあぁ、と物凄く大きなため息を吐いて僕の額を小突いた。

「いたっ」
「バカ」
「ちょ、酷いですよ、いろいろ悩んで考えたのに」
もう一度先輩が僕の額を小突く。
さっきよりも痛かった。
「だから。そんなの今更だろうが」
「へ。今更? 今更って」

額を片手で抑えて涙目で先輩を見ると、先輩は呆れたように僕を見る。
そして髪を掻き上げてその勢いのまま、

「自分の将来とお前と一緒に歩む未来なら、未来を取るって俺はもう決めてんだよ!」

そう言って、ぼふんと布団に突っ伏した。

「……」
「……」

……あれ、なんだろう。
今ものすっごい爆弾が投下された気がする。
あれ。ちょっと待って。
それって。それって。

「せっ、せせせ先輩!? 先輩! 顔上げてください!」
「いやだ」
「いいから!」
無理やり先輩の顔を上げさせる。
「ちょっ、やめろ!」
分かっていたけど、耳どころか首まで真っ赤になっていた。
だけど僕はそれどころじゃなくて。
細い、けれどきちんと筋肉のついた男の身体を、力の限り抱きしめた。

「僕も! あなたと一生添い遂げるつもりですから!」

同じくらい真っ赤になっているのであろう自分の顔が熱くて。
どうして一度でも、こんな愛おしい存在を手放そうと考えたのか。
少し前までの自分の思考が分からないくらい、先輩に浮かされている。

「……つもりじゃ困る」
「あ、はい。一生大事にします」
「ん。俺も、お前のこと一生大事にするから」
「あなたは僕が守ります」
「俺にも守らせろっての」

傍から聞けばなんてバカップルだろう。
だけどお互いに本気だってことは、互いの温度から伝わった。

このご時世、夢や理想だけで生きていけないことは充分に承知している。
だから、夢や理想にしないために、僕たちはこれから沢山の努力をしなければいけない。
男色が高尚な趣味であることはそうだが、それを本気にして生きていくことはきっととても難しいから。

「とりあえず、事実婚から目指しましょうか」
「それなら三郎と雷蔵見習うか」
「え。やっぱりあのお二方って……」
「嘘だよ。あの二人は親友として、一緒に生きていくことを決めたらしい。
二人一緒に雇ってくれる城がなかったら、フリーとして生きていくんだと」
嬉しそうに笑った先輩に、思わず感嘆した。
「ああ」
そうやって、二人で生きていく道をずっと探していたのか、この人は。

「久々知先輩。僕、やっぱりあなた無しじゃ生きられそうにないです」

思わず呟いた言葉に、久々知先輩は微笑む。

――ああ、俺もだよ。

今まで見てきた中で、一番綺麗な笑顔だった。









――
(恋愛恋愛恋愛恋愛……)と思いながら書きました。
うちにしてはだいぶ恋愛色強くないですか!(ボールを取ってきた犬の心境)
いや、ほんとはもうちょっとすれ違いというか、もだもださせたかったんだけど……兵助さんがご存じの通りああいう性格じゃないですか。無理でした。
あとだいぶ書き方自由にしてしまいました。読みにくかったらすみません。
もうちょっと恋愛の心の変化とか頑張りたい。

こういう不安持ちそうなのって考えてみたら四年以下かなあと思って。五年六年は付き合う以前に考えそう。そして付き合うなら腹くくるか、学園にいる間だけ、って決めて付き合いそう。
四年生以下はまだ先が長い分、そういう不安持つのもちょっと時間たってからかな、と。で、そん中でも一番ぐるぐる悩みそうなのが三木ヱ門かなーと思って。ただ一度腹くくると一番行動力速そう。
兵助は付き合う前にいろいろ考えて、付き合うことを了承した時点で相応の覚悟はしてそうです。ただ自分から告白はしなさそう。こっちも一度腹くくると強いと思うので、数年後はマジで事実婚状態になってるでしょうね。

では、ここまで読んでいただきありがとうございました。




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