夜食どんぶり







例によっていろんな不運が重なり、今日も今日とて徹夜で医務室の掃除だ。
風で薬草が飛ばされるのは仕方ないとしても、どうしてそこにタイミングよく体育委員会がやってくるのか、どうして脱走した毒虫が部屋に入ってくるのか、どうして床を踏み抜くのか。
なんだか不運と一言で言うだけではやり切れない何かがある。ちょっと本気でお祓いとか行ってみようかな。
そんなことを考えながら、左近は誰もいない夜の食堂で夜食を作る。
そりゃあ我らが不運大魔王よりはマシかもしれないが、それにしたってこんなことが日常茶飯事では本気でやってられない。
来年こそは保健以外に入ってやる。去年の今頃も同じことを考えていたような気がするが気にしない。

「さてと」

腕まくりをした左近は貯蔵庫を見る。
米は炊けばあるし、卵も野菜も肉もある。材料を見れば大体のものは作れそうだが、さて何を作ろうか。
と考えて、医務室の惨状を思い出す。

(この間夜食にうどんを作った時、なんやかんやあってうどんぶちまけたんだよな)

今の医務室はその時と同じような事態に陥っている。
同じようにうどんを作れば、同じように酷い有様になるはずだ。むしろそうならなければおかしい。
よし、丼ものを作ろう。
左近の決断は某迷子並みに早かった。

だが。

とりあえず米を炊こうと米櫃を開く左近の耳に、不穏な音が聞こえてきた。

「……?」

ずるずると何かを引きずるような音が廊下に響く。
ずるずる、ずるずると……そう、なんだか、人を引きずっているような。

ぞくりと左近の背中が粟立つ。
幽霊なんて信じない、とは思うがまだ11歳。
突然の伝子さんにも慄く年齢だ。
血天井も怖い年齢なのだ。

「こ、怖くないし! つうかそんなのいる筈ないし!」

米を研ぎながら声を張り上げるが、引きずる音は消えない。
それどころか近づいてきているような気がする。
ど、どうしよう。幽霊って手裏剣で消える? いやでも死んでるから無理だよな!? 憑りつかれる!? マジでお祓い行かないといけない感じ!? さっきお祓い行った方がいいとか言ったからかな!?
ショート寸前になっている左近。

「ハッ! お祓いなら塩で消えるかも!」
「お祓い?」
「塩には清めの効果があるっていうし」
「食塩じゃあ清められないと思うよ」
「そうな……ぎゃあああああっ!!??」
「ええええっ!?」

誰かと会話した! 誰かと会話した!!
パニックになりかけている左近だったが、相手の驚いた声がして慌てて振り返る。
そこに立っていたのは。

「くっ、久々知先輩!?」
「びっくりしたあ」

おっとりと笑う兵助だった。
しかもその両脇に伊助と三郎次を抱え、肩に両腕を乗せたタカ丸は引きずられている。
何かを引きずる音はこれが原因だったようだ。

「何かあったのか?」
「い、いえ……」

まさか、「あなた達を幽霊と勘違いしてました」とは言える筈もなく。
左近はぐったりしている三人の火薬委員に視線を移した。
兵助が後輩を大事にしていることは知っているので、食堂にいるということは怪我や病気ではないはずだが。

「三郎次達はどうしたんですか?」
「ちょっと委員会の仕事でね」
「……大丈夫なんですか?」
「疲れてるだけだから。ほらお前達、座って待ってろ」
「「はあぁい……」」

苦笑した兵助が二人を下ろす。伊助と三郎次はだらだらと席に座るが、その声には覇気が無い。タカ丸に至っては無言で席に突っ伏した。
伊助とタカ丸はともかく、強がって極限まで頑張るタイプの三郎次がこうなるなんて珍しい。
これは相当疲れているようだ。

「でも、火薬委員会ってそんなに疲れる仕事あるんですか?」
「今日は特に忙しくてね。通常の在庫確認に硝石の買い出しと焙烙火矢の作り足しと石火矢の点検と、六年生と先生達の実習の用意が一緒になっちゃって。ようやくさっき終わったばっかりなんだ」
「うわあ……お疲れ様です」
「あはは、おれは慣れてるからいいんだけどね。あ、米炊くの? おれらの分もついでに頼んでいいかな?」
「ああ、大丈夫ですよ」

暇だとかなにしてるかわからんとか言われている委員会だけど、大変なんだなあ。
四人分の米をつぎ足しながら左近は苦笑を零した。

「左近も委員会?」
「え? ああ、はい。医務室が酷いことになってまして……」
「……ああー……お疲れ様」
「……ありがとうございます」

皆まで言わなくとも理解したらしく、兵助も苦笑する。
その察しの良さに感嘆すべきか、それだけで理解される自分達の不運を嘆くべきか。
悩みながら釜に火を入れる。

「何作るの?」
「丼ものを作ろうと思ってるんですけど、まだ決めてないんですよね」
「そうなんだ? じゃあ一緒に作る?」
「先輩は何を作るんですか?」
「んー……豆腐丼?」

さすが、ぶれない先輩だ。
そう思ったのが顔に出ていたのか、兵助が「簡単だし美味いんだよ」と苦笑する。
三郎次が時々貰ってくるのでたまにご相伴に与るが、確かに兵助の豆腐は美味しい。五年生は豆腐地獄がどうとか言っていたが、そんなに大量の豆腐は無い。
それなら断る理由もないだろう。

「じゃあ、お願いします」
「うん。まあでも本当に簡単だからね」

言いながら兵助は鍋に水を入れて火にくべる。
沸騰させるらしく、そのまま放置して貯蔵庫から沢庵とネギと豆腐を持ってきた。

「ネギを刻んでおいてくれる?」
「あ、はい」

ネギを小口切りに刻む左近の隣で、兵助は豆腐を水切りしてから沢庵をみじん切りにする。
使う材料はこれだけのようだ。
確かに簡単そうだ。

「ゆで卵でも作るんですか?」
「いや、温泉卵」
「へえ! 温泉卵って作れるんですか!」
「うん、簡単な作り方、おばちゃんに教えてもらったんだ」

さすが、おばちゃんと懇意にしているだけのことはある。
晩ご飯は自炊なので左近達も料理が全く出来ないことはないが、実習がある日なんかは卵かけご飯のような簡単なものしか作れない。
兵助は美味しいものを簡単に作れそうだ。そう考えると五年生が羨ましい気がしてくる。たまの豆腐地獄くらいいいじゃないか。

「あ、先輩お湯沸騰してますよ」
「ありがとう。っと」

沸騰したお湯を別の器に移し、人数分の卵を用意する。
六十数えてからお湯の中に卵を投入。

「あとは七分から十分くらい待つだけ」
「本当に簡単ですね」
「だろう?」

兵助は得意げに笑いながら、刻み終えた沢庵と水を切り終えた豆腐、それからゴマを混ぜ、醤油を一回しする。
沢庵と豆腐なんて合うのかと思うが、意外と美味しそうだと思う。

「ご飯炊けたみたいだし、卵待ってる間に盛り付けちゃおうか」
「あ、丼持ってきますね」
「ありがとう」

手際よく人数分の丼を持ってきて米をよそう左近に、兵助がさっき混ぜた豆腐と沢庵を盛り付け、ネギをぱらりとかける。
途中で左近が丼を落としそうになったが、ぎりぎり兵助が受け止めるというハプニングが起きたものの、なんとか無事に仕事を終えることができた。
あとは温泉卵を入れるだけ。

「よーし、温泉卵入れるよ」
「はいっ!」

ほかほかのご飯の上に豆腐と、しゃきしゃきした沢庵。その上にネギと、とろとろの温泉卵。
見た目からもう食欲をそそる丼飯に、左近はうきうきと箸を用意する。
そしてやっぱり少しだけ五年生が羨ましくなる。

「いい匂い……」
「おお、伊助」
「あれ、左近、いたのか」
「最初からいたよ馬鹿野郎……!」

調理場から漂う匂いに、伊助と三郎次がむくりと起き上がった。
タカ丸はまだ突っ伏しているが、兵助が丼を机の上に置いた途端起き上がる。

「うあああ美味しそう!」
「すみません久々知先輩、ここまで……」
「いいよ、簡単な料理だし、今日は頑張ってくれたから」
「先輩……!」
「ほら、早く食べて風呂入って寝るぞ」
「「はーい!」」

美味しそうなご飯を前にすっかり元気なった火薬委員に笑って、左近も人数分の豆腐丼を盆に乗せる。

「じゃあ、ぼくはこれで。久々知先輩、ありがとうございました」
「こちらこそ。気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」

転ぶ様子がありありと浮かんだのか苦笑する兵助に同じように苦笑を返して、左近は食堂を出た。
料理に使った鍋と器は、左近が口を挟む間もなく兵助がさっさと洗ってしまっていた。
三郎次からは天然だとよく聞くけど、普通に良い先輩だったなあ。

食堂から聞こえる「美味しーい!」という声を背に、左近は医務室へ慎重に急いだ。
美味しそうな匂いも相まって俄然期待値が上がるが、自分は不運だと言い聞かせて左近は物凄く慎重に盆を運ぶ。
何かあって丼をばらまいてしまったら、今回ばかりは不運だと笑い飛ばせない気がした。
食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

「……よし、夜食持ってきました!」
「ああ、ありがとう左近。……あれ、豆腐?」
「はい、久々知先輩が作ってくださって」

これ以上ないほど慎重に運び、なんとか不運で丼がひっくり返ることは回避できた。
そして、期待して期待してようやく食べた豆腐丼の味は……

後に保健委員会が、徹夜になると何かと兵助に声をかけている様子を見れば、一目瞭然だろう。








――
飯テロを起こしたかったんだ。でも食べる前に終わっちゃったんだ。
いや、これ以上書くと収集つかなくなりそうだったので……。

豆腐丼はタ○リさんが考案したものです。一時期ちょっと有名になったと思うんだけど、分かるかな。
ほんとは沢庵じゃなくていぶりがっこ?っていう秋田かどこかの漬物だったと思うんですが、調べたところには沢庵でもいいって書いてあったので沢庵にしました。
というか、あれだけ美味しい美味しいって書いてますが実は食べたことないですごめんなさい(だから食べる前に終わったのもある)。
でも作り方分かったし今度作ってみよう。ほんとにおいしそうだった。

なんちゅう雑談。笑
すみません、ここまで読んでいただきありがとうございました。





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