夜。
紅葉屋の店主に連れてこられた場所は、一つの見世物小屋だった。
兵助の推測通りだ、と視線を交わす。
見世物小屋の前に立った男は、ちらりと三人を振り返る。
その眼は、呑みこまれそうなほど昏かった。

「今から見ることは、絶対に他言無用ですよ。もしも誰かに言ったら、命はありません」
「わ……分かりました」
「絶対誰にも言いません」

頷く二人の隣で滝夜叉丸もこくこくと頷いた。
男は一人ずつ顔をじっと見ると、一度頷いて見世物小屋の暖簾を潜った。

「……!」

思ったよりも広い見世物小屋の中は、小さな市のようにいろんな露天商が出ていた。
簪のような飾り物や着物、立ったまま食べられるような甘味や小料理。酒もある。
その中央、昼間は舞や手妻などを披露するのであろう、場所に。

「さあ、この子は五体満足な上に健康だ! 肉体労働にはもってこいだよ!」

男の子が一人、檻に入れられていた。

「――っ!」
「落ち着け」

思わず声を出しそうになった滝夜叉丸の口を小平太が塞ぐ。
それをちらりと見た紅葉屋の店主は、昏い瞳のまま薄く笑った。

「何が可笑しいのです」
「いえ……見たことがないとはよっぽど恵まれた暮らしをしているのだと思いまして」

吐き捨てられるような言葉。
勘右衛門がその真意を問おうとすると、それを遮って店主は露天商の一角を指さした。

「あそこに目的の甘味があります。買ったらさっさとここを出て、帰ってください」

小平太が目を丸くした。

「……てっきり私達も売られてしまうかと思いました」
「……さすがに、しんべヱくんの先輩をそんなことにはできませんよ」

店主は苦笑を滲ませてその場を去った。
滝夜叉丸の腕を掴んだままの小平太と勘右衛門は訝しげに顔を見合わせる。

「なんか裏がありそうだな?」
「ですよねえ……とりあえず、手筈通りに動きましょうか」
「そうだな」
「目立ちますもんね」
「滝夜叉丸、大丈夫か?」
「すみません、落ち着きました」

顔色は悪いものの、先程よりは落ち着いた様子の滝夜叉丸に勘右衛門と小平太はほっと息をつく。
できればこんな現状は見せたくないし見たくないところだが、そうも言っていられない。
ぐるっと様子を見て帰ろう。
そう思った時、客の一人が勘右衛門達に近づいてきた。

「勘右衛門」
「! び、びっくりした、三郎か」
「兵助に報告してくれ」

三郎ではない顔と三郎ではない声色で、三郎らしい男は紙をさりげなく勘右衛門に手渡した。
単にすれ違っただけのように見せかけてするりと離れていく。その行動に不自然なところはどこにもなく。
さすが三郎と内心思いつつ、勘右衛門達も手早く小屋の中の様子を観察して小屋を出た。
中央では、未だに男の子の競りが行われていた。



***



「お疲れ」
「ほんとだよー。おれああいうのが一番辛い」
「滝夜叉丸、大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「四年生は強いなあ。おれらなんてもっとひどかったよな」
「八左ヱ門と雷蔵がな」
「あの時はお世話になりました」

兵助は小屋の近くで身を潜めていた。
そこには夕刻に合流した他の面子もいる。追っていた伊作と留三郎とも合流できた。
目的の場所はみんな同じだったらしい。

三郎から預かった手紙にさっと目を通した兵助は、眉間にぐっと皺を寄せた。

「なるほどね……胸糞悪い」
「へっ……兵助がキレたよ八左ヱ門!」
「やばいぞこれは……この村消滅するかも……」
「えっ、そ、そんなに怖いのですか……?」
「怖いよお。久々知くんならほんとにやりかねない……」
「やらねえよ」

ばしっと手紙でタカ丸をはたくと、兵助はちらりと見世物小屋を見る。
一つ息をついた。

「これを始めたのは新しい乙名。目的は村の繁栄と自己の安心。現状を知る村の一部の者は反対しているが、どうにもできないまま」
「え……」

兵助は淡々と語った。


元々この村は捨てられた子供や老人、ならず者が集まってできた集落だった。
乙名もそうだ。

だからこそ村人は、自分達の居場所を失うことを恐れた。
村が廃れて暮らしが貧しくなれば、また、同じように誰かが。

『同じように、家族を捨てることになるかもしれない』

そう一瞬でも思ってしまった時、途端に自分が恐ろしくなった。
せっかく平穏を手に入れたのに、地獄を知っている自分達が自分の家族に同じことをするかもしれないと思うと、とてもじゃないが笑えない。
その不安は、どれだけ村を繁栄させても消えてくれなかった。
いくら芸を磨いても。
漁業を学び、発展させても。
だから。

だから――こうはならないようにと、地獄の中にいる人を見続けることにした。

それを見ていれば、自分達は安心していられた。
もうあの地獄の中に自分達はいない。自分達は檻の外にいる。
大丈夫、この人達が売れている限りは、村も廃れることはない。
自分達の居場所がなくなることは、ない。


「「…………」」
「……確かに胸糞悪いな」

ぼそりと留三郎が呟いたが、誰も何も言えなかった。
狂っている、とも言えない自分達が悔しい。
誰かと比べて自己の安心に浸る経験は、誰でもある。
分かるからこそ、それは間違っている、と言えなかった。
先程の紅葉屋の言葉が蘇る。

『恵まれている』

言葉の意味が分かった。
最初に会った時の警戒は被害に遭ったからだと思っていたが、おそらく彼は盗む側だったのだ。だからこそ、三人がどこか怪しいと本能的に分かったのだろう。
けれど、
どうすることもできない。
自分達は情報と仲間の奪還のために来たのだ。
売られていく人達を救うことはできない。
苦しんでいる人が目の前にいても、救うことはできない。してはいけない。
分かっている。忍びは正義の味方ではない。
もやもやとしたものが胸中を渦巻いた。
本当はどうしたいのか、自分が一番分かっているくせに。

「……はあ」

大きく息をついた兵助は、全員の顔を見渡す。
無表情ながらその瞳にはどこか、悪戯めいた色が見えて。
四年生は揃って首を傾げた。

「どうしたいですか?」
「……え?」
「買われていく子供達を救いたいですか」
「兵助?」
「人買いを辞めさせたいですか」
「どうした?」
「乙名……村人を救いたいですか?」

意味が分かったらしい五年生と六年生は、揃って顔を見合わせて苦笑を零した。
戸惑う四年生に、兵助は続ける。

「おれ達はまだ卵だ。プロじゃない」
「えっ……」
「まだ未熟でいいと思うんだ、おれは」
「てことは……」
「たまには感情論で動いても悪くないと思わない?」

四年生の顔色が変わる。

「それって……!」
「やりたいことをやればいいよ」

兵助は軽やかに笑った。

「責任は私が取ります。思う存分やりましょう」
「「応!」」
「「は、はいっ!」」

全員が一斉に見世物小屋へ駆け出した。

「やめろ!」
「買うな! そして売るな!」
「っていうか守一郎返せ!」
「そうだそうだー」
「文次郎もね!」

途端、小屋の中は大騒ぎだ。
露天商をしていた者達や客達は一斉に逃げ出し、人を売っていた者は六年生と五年生が捕まえた。
賊か!? と慌てる者達だったが、それがまだ年若い子供だと知ると怒鳴り散らす。

「離せこのガキ共!」
「商売の邪魔をするな!」
「商売ってんならもっとマトモなもんやりやがれ!」
「女子供拐かしといて何が商売だこの野郎!」
「マトモなもんができねえからこういうことしてんだ! ガキには分からねえだろうがな!」
「分かるかそんなもん! けど、この村はそういうマトモな商売が出来ない者もマトモに商売できるようにする村なんじゃねえのか!」
「はあ!?」

揉める男達の近くで、一緒になって主犯格を羽交い絞めしている勘右衛門と八左ヱ門に二つの影が近づいた。
言わずもがな、三郎と雷蔵だ。

「ちょっと、どういうことなのこれ」
「あはは、作戦変更」
「なんて?」
「思う存分やれってさ」

にかりと笑った二人に、三郎と雷蔵は顔を見合わせて――仕方ない、というようにふと笑みを漏らした。

「あーあ、木下先生の拳骨痛いんだよな」
「拳骨だけで済めばいいけどなあ」
「まあね。生物小屋の掃除は嫌だなー」
「でも……ほんと、兵助には適わないね」
「「違いない」」

長次も他の六年生と合流する。

「おお、長次!」
「……久々知か」

自分達の行動だけでぴたりと答えを当てる長次に小平太は笑った。

「ああ! 責任は取るから存分にやれだと!」
「全く、先輩相手に堂々と言ってくれる」
「先輩の面目丸潰れだよなー!」
「まあ、罰受ける時はみんな道連れだ」
「……後輩だけに良い顔はさせられないな」
「「当然だ」」

その隣では、伊作が捕まえられた女子供を檻から出していた。
商人達が何か言っているが気にしない。

「怖かったね、もう大丈夫だよ」

比較的綺麗な着物を身に着けている者達は、檻から出された途端必死に自分の家の方向へ走り出していった。
きちんと家に帰ることはできるだろう。どうやるかは知らないが、責任を取ると言ったからには最後まできちんとするのが兵助だ。
残ったのは、帰る場所がない者達。
そんな者達には誰もが安心するという、保健委員長の笑みを浮かべる。

「きっと君達の居場所も見つけてあげるから、ちょっと待っててね」

伊作の言葉に、残った者達は泣き出した。
そして。

「潮江先輩! 守一郎!」
「おーおー、捕まった割に元気そうじゃねえか」
「元気なわけあるか! 危うく拷問直前だったわボケ!」

捕らえられていた文次郎と守一郎も無事に発見。
思っていたよりも怪我はなく、三木ヱ門は息を吐き、留三郎は軽く笑った。

「守一郎は?」
「大丈夫です。潮江先輩がいろいろ庇ってくれて……」
「あったりまえだ、後輩守らん先輩がどこにいる」
「そりゃそうだ、守一郎が気に病む必要はないからな」
「三木ヱ門もな」
「「……はい」」

同輩はもちろんだが、先輩に庇われることも悔しい。
揃ってぽんと頭を撫でられた二人は、ぐっと奥歯を噛み締めた。
いつかきっと、その背を預けて貰う。
悔しさを原動力に変えて。

「で、なんだこの現状は」
「見て分かんだろ」
「……久々知先輩ですか?」
「お、さすが最初に火薬と行動してただけのことはあるな」
「あいつは全く……忍びになる気があるのか」
「あるだろ? だからここにいねえんだよ」
「えっ、あれ……本当だ」
「というか、滝夜叉丸と喜八郎……タカ丸さんもいない?」

四年生二人の言葉に、何か思い当たったような顔をした文次郎は物凄く嫌そうに顔を歪めた。

「……だから久々知は嫌なんだ」
「ははっ! 目的のためなら何でも使うのが忍びだろ」



その時。悲しみの色を含んだ大声が小屋全体に響き渡った。


「――止めてください!!」


ぴたり。
時が止まったように静まり返る小屋。

大声を出したのは、この空間を作り上げた張本人……乙名だった。

「……乙名」
「……すまなかった」
「乙名!?」

ずるずると崩れ落ちるように土下座をした乙名の傍に立つのは、滝夜叉丸。
ぜえはあと肩で息をしている姿を見るとどれだけ凄い説得をしたのかと思うが、それよりも、後輩が乙名を説得できたことが嬉しいと先輩達は思う。

「私は……」

地面に手をつく乙名の言葉は続かない。
ただ、すすり泣く音だけが聞こえていた。

「……乙名」

羽交い絞めにされていた商人達から力が抜ける。
もう大丈夫だろう、と仙蔵達も手を離した。

「乙名!」
「商人さん!」
「!」

乙名の声と同じくらいの悲しみを含んだ声に、乙名と商人達はハッと顔を上げる。
そこにいたのは、ずっと見て見ぬ振りをしていた村人たち。紅葉屋も、小屋の中で露天商をしていた者達もいる。

皆が泣いていた。
後悔も自己嫌悪もなにもかもないまぜにして、ただ泣いていた。

乙名は気付く。
村人の、自分の居場所を守るためにしていたことが、いつからか目的になって。
そして、死んでも守りたかったものが、いつからか霞んでしまっていた。
家族同然だと思っていた村人達に、こんな顔をさせていた。
自分の目的はなんだっただろう。
乙名になった時に決めた思いは。


乙名達の後ろでは、滝夜叉丸と同じくらい肩で息をしながらも滝夜叉丸と拳を合わせる喜八郎とタカ丸がいた。



***



「なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「いえ、私達が勝手にやったことですから」

ぺこぺこと頭を下げる乙名と数人の村人たちの前で、兵助はとても困っていた。
先程からずっとこの調子だ。
そして仲間達は全くもって助けてくれる気配がないどころか、ニヤニヤと笑っている者までいる。

一晩で収束した人買いの一件は、乙名と村人との話し合いで無事に収束した。
見て見ぬ振りをしていた者は一部どころかほとんどの村人がそうだったようで、しかし自分達も乙名の気持ちが分かるため反対と言い出せなかったらしい。
紅葉屋の店主もその一人だ。ただ紅葉屋は団子屋の店主と友人だったらしく、乙名の命令だからと苦しそうにしながらも人買いの隣で団子を売っていた彼を放っておけず、度々団子を買いに行っていたのだとか。
それを土産にするなとも思うが、まあ団子に罪はない。

売ってしまった女子供はもうどうにもならないけれど、これからは絶対に人買いをしないと村人とも約束した。
これからは元々盛んだった見世物や曲芸と漁業でうまくやっていくだろう。元々そういう才能はあるのだ。
そして、帰る場所の無い者達だが――

「まさかあの子達の引き取り手まで見つけてくださるなんて……! なにとぞ、なにとぞお礼をさせてください!」
「このまま帰すだなんて、そんな罰当たりなことはできません!」

あの晩、あの場所にいなかった兵助はいろんな伝手を辿り、全員の引き取り先を見つけた。
といってもほとんどが孤児寺だが、たった一人で生きていくよりは良いだろう。
この村で引き取ることも考えたが、一度は売ろうとしていた相手だ。そう簡単に頷いてはくれないだろうということは乙名が一番よく分かっていた。
そのため全員の引き取り手が見つかったと聞いた時は、兵助に土下座までしたのだ。
それからずっとこの調子で、兵助はほとほと困っている。

「……あー……」
「「なんでも仰ってください!」」

ちらりと後ろを振り返るも、同輩の清々しい笑みと先輩の腹立たしいニヤニヤ笑い、後輩の困ったような苦笑が見えるだけだ。
今ほど後輩に抱き付きたいと思ったことは無い。
本当にお礼を貰うほどのことはしていないと兵助は心底思っているので、このままでは堂々巡りだ。
どうしようかと考えた兵助の脳内に、ふと一つの単語が思い浮かんだ。

「……豆腐……」
「えっ?」
「あ、そうだ。小屋の中で売っていた団子が食べたいです。しんべヱ達の分まで」

途端に、村人たちはぱああっと顔面を輝かせた。

「「もちろんです!」」



***


たんまりと団子を貰った一行はのんびりと帰路につく。
多くの会話はなかったが、どこか満ち足りたような空気がそこにあった。

「そうだ、四年生は久々知のリーダーの素質が分かったか?」

そんな中で口火を切ったのは小平太だ。
つられるように他の者達も口を開く。
逆に顔を青くしたのは四年生だ。

「あ、そうだ。元々はそれが目的だったんじゃん」
「ちょ、あの、先輩方」
「すっかり忘れてたね」
「というか、あの……!」
「それどころじゃなかったしなあ」
「折角学園長先生唆したのにね」
「あの人も悪乗りして本気の用事押し付けてきたけどな」
「ちょ、ちょっと……」

口を止めさせようと慌てる四年生を訝しげに見て、五年生と六年生はようやく思い出した。

そういえば兵助は知らなかったんだ。

「へー、そういう目的だったんだー。なんか面白がってんなーと思ってたらそういうことかー」

気付いた時にはもう遅い。
棒読みで淡々とした声が静かに隣を通り抜けた。

「四年、さっさと帰るぞ。後輩達に団子食わせてやらないとな」

四年生だけに柔らかい笑みを向け、兵助はしれっと前を向いてすたすたと歩きだす。
五年生と六年生の動きが止まった。
やばい、怒ってる。物凄く怒ってる。

「へ、兵助え! ごめんほんとごめん! おれはずっと面白がってたわけじゃないんだよ!」

途端、勘右衛門が慌てて弁明を始めた。
滅多に怒らない兵助が怒る時は、本気で謝らないといろいろと不味いことは経験上よく分かっている。
それこそ本気で潰しにかかってくる。何をってそりゃあ、存在を。
分かっているからこそ、他の面々も慌てて謝り始める。

「ずるいぞ勘右衛門! 私だって別に面白がってたわけじゃないぞ! そもそも先輩方が!」
「お前え! なんでもおれらのせいにするんじゃねえ! そもそもおれはこういうことは反対だって」
「自分だけ逃げてんじゃねえええ! おれだってこんな試すみてえなこと反対だったっつーの!」
「嘘をつけお前一番楽しそうだったではないか」
「「一番楽しそうだったのは文句なしにお前だよ!!」」
「へ、兵助ごめんねほんとごめんね! こんなこと面白がられてるみたいで嫌だよねほんとごめん!」
「で、でも言い訳になるけど、実習はみんな本気だったからな!? そこは勘違いしないでくれよ!」
「そうそう! それにほらアレだよ、久々知のリーダーの素質を四年生にもちゃんと伝えたかったからこそこの実習を組んでもらったというか!」
「……久々知にはきちんとリーダーとしての素質がある、と四年生に伝えたかったから……この実習に反対はしなかった」
「そんなに怒るなよ久々知! とはいえ面白がった私も悪かったな! すまん!」

小平太が謝ったことで四年生は確信した。
兵助が怒ることは長次がキレた時と同じくらい恐ろしいことだと。

「…………ふ、」
「え……? 兵助?」

しかし、怒っていると思われた兵助から聞こえたのは怒鳴り声ではなく、我慢しているような声音だった。
それどころか、若干震えている。
え、まさか泣いてる?
五年生と六年生はさああっと青ざめた。
怒らない以上に泣かない兵助を泣かせてしまったとなれば、罪悪感が凄まじい。怒らせてしまったどころの比ではない。

「……久々知くん?」

気づいたのはタカ丸だった。
四年生も気づく。
ああ、なんだ。怒っているわけでも、泣いているわけでもない。

「久々知くん、声出しなよ……」
「文句も言われないと思いますよ、今なら……」
「……ふっ、く……ははっ!」
「「!?」」
「もうだめ……っ! ぷ、あはははっ!」

物凄く爆笑していた。
珍しく声を上げて、いっそ目に涙まで浮かべて。
おろおろとしていた五年生と六年生は唖然。

「ああもう……ああ、良かったぁ……」
「なにが?」
「いや、おれ以外のみんなが何か企んでたことは分かってたからさあ……。すっごい考えてたんだ、邪魔しないようにしないと、って」
「そんな、指揮なのにそんなこと」
「そうなんだけど、おれに言えないってことはもう一つ別に課題とか貰ってんのかなあとか、おれを騙す課題じゃなけりゃいいな、とか思っててさあ」
「久々知先輩……」

苦笑しつつ頬をかく兵助に、今度は四年生にまで罪悪感がふつふつと沸き上がった。
自分以外の全員が自分に対して秘密を持っている中での行動だったなら、やりづらいことこの上なかっただろう。
それどころか全ての現状まで疑って、それでも全ての責任を背負ってあんな決断を下した。
どこにリーダーとしての素質が無いなんて言えるだろうか。

「久々知先輩が、五年生のリーダーになることが多いわけが分かりました」
「え?」
「私も」
「私もー」
「あ、おれも!」
「ぼくは元から分かってたけどねー」
「?」

きょとんと首を傾げる兵助に、四年生は顔を見合わせて笑う。

確かに兵助は前に立って引っ張っていくタイプではないけれど。
後ろから見守って、不安な時はその背を押してくれる。
自分はここにいつでもいる、と優しい笑みで言ってくれる。
責任はおれが取るから好きなようにやってみろ。
その言葉のなんと安心することか。
全てを信頼し、大丈夫だと笑ってくれる。
だからこそ彼を支えたいと思うし、互いへの意識が高まるのだろう。
だからこそ彼の後輩はしっかりしているし、五年生の団結力は随一なのだろう。

しかもそれを、意識せずにやってのけるのだから。

「久々知先輩って凄いですね」
「んん? そう?」
「はい」
「そーだよ、兵助は凄いんだよー!」
「わ! 勘右衛門」

ショック状態から復活した勘右衛門が兵助に飛びつく。
慌てて団子を抱えなおす兵助に、他の五年生もわらわらと集まりだした。
六年生はさすがにそこまでしないが、それでも五年生を見る瞳は暖かく。

こんなに良い先輩がたくさんいるのだ。
これからもっと学ばなければ。
その手から、瞳から、背中から。
学ぶことはたくさんある。

尊敬する二学年を見て、四年生はこっそりと掌を打ち合った。

頑張ろう。
いつか、あんな背中になるために。





「そういえばさあ、助け出した人達ってどうやって見送ったの?」
「人手足りなかったよね?」
「ああ、実習の監督だった先生方に頼んだ」
「え」
「いや、忍務じゃなくて実習だから先生方いるだろ? でもどこにいるか分からなかったからその場で土下座したら出てきてくださって」
「お前ほんと……すげえな……」
「その代わり実習は失敗なんで補習ですけどね」
「「分かってるよ馬鹿」」
「え?」
「お前にだけ受けさせるわけないだろ」
「総指揮に意見しなかったおれらも同罪ってな」
「というか、後輩にだけ良い顔させられるかバカタレ」
「勿論私達も同罪だ」
「あ、ずるいですよ先輩方」
「私達も補習受けますからー」
「帰ったらみんなで補習受けるぞー!」
「「おー!」」



「全く……! 開き直りおってあいつらは……!」
「はは、まあまあ、いつも完遂してくれるからこそこんな結果になって私は嬉しいですよ」
「そうですねえ。たまには良いじゃありませんか」
「先生方は甘すぎるのです!」
「木下先生、顔、緩んでますよ」
「…………帰ったらみっちり指導します!」

「本当に、良い子達ばかりですねえ」







――
まさかこんなに長くなるとは……。
というか、この結末は私自身も予想してなかったです。びっくり。
最初は六年に語ってもらうだけの予定だったのですが、がっつり忍務してました。
しかも失敗。でもまあ、たまにはみんなが幸せになる結末も有りかと思います。
生徒はみんな「忍者失格の良い子達」ってことでね。ご都合主義とかこんな展開有り得ない、とかは今は言いっこなしでお願いします。

久々知についてはいつも疑問に思ってたんですよね。級長にはならなかったのになんで五年の中ではリーダーなのかな?と。
級長二人をさしおいてリーダーってとこがまた萌えポイントではあるのですが。
で、原作を読み返してたら後輩が率先して動くことが多いかな?と。
前に立って引っ張るだけがリーダーじゃないんですよね。
後ろからどっしり見守ってくれるのもリーダー。それなら久々知は確実に後者だな、と思いまして。
そう考えたら五年生はみんな自由なイメージがあるので、「責任は取るからやってみろ」と言って足りないところをさりげなく補完してくれる久々知を信頼してみんな自由に動くのかなあ、と。

ではでは、長くなりましたがここまで読んでいただきありがとうございました!




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