実習開始。
滝夜叉丸と勘右衛門、小平太はしんべヱの店の常連という男と会っていた。
先日兵助がしんべヱから情報を仕入れた通りの男だ。

「なるほど、しんべヱくんの先輩方ですか」

男が経営している『紅葉屋』という店は小料理屋らしく、男自身からも良い匂いが漂う。
とりあえず三人分の料理を注文して、三人は男から話を聞くことにした。

「突然お邪魔してすみません。探したのですが、どうしても店の名前が分からなくて。以前福富屋さんに聞いた時、紅葉屋さんが持ってきたとおっしゃっていたものですから」
「なるほど。そんなに喜ばれていたなら良かったです」
「ええ。しかも、それを聞いた友人が自分も食べたいと駄々をこねてきまして」
「それはそれは。ご友人も喜ばれると良いですねえ」
「はいっ」
「でもあの団子ならきっと喜びますよ。みたらし団子、絶品でしたから」
「中からもみたらしが出てきましたもんね。少し焦げていたのがまた美味くて!」
「凄くもちもちしてて、これがまたみたらしと合う! あれって豆腐入ってるんですよね。しんべヱから聞きました!」

三人の言葉に、少し警戒気味に見えた男はようやく破顔した。
食べた団子の特徴は本当に先日自分がしんべヱの土産に買ったもの。この者達の言うことは本当らしい、と結論付けたのだろう。
その様子を見て滝夜叉丸は内心頷いた。
商家には泥棒も多いと聞く。例えばここで自分達が案内して貰っているうちに、他の仲間が商家の金を盗む。
そんなことを即座に思いつく程度にはこの男も被害に遭ったことがあるのだろう。
自分達の感想は人から聞いただけでは分からないものだ。甘味を食べていない者がここに来たら確実に疑われていたし、最悪追い出されていたかもしれない。
ここまで考えての采配なら、やはり久々知先輩は凄い、ともどうして参謀ではないのか、とも思う。三木ヱ門の言葉に賛同するのが少々癪だが。

「実はあの団子は、少々手に入れるのに苦労するのですよ。案内するので、日が暮れたらまたここに来てください」
「そうなんですか……ありがとうございます」

声を潜めて言った男の言葉に三人揃って目を丸くして、頭を下げた。
学園長先生の目的は未だ分からないが、もしかすると当たりかもしれない。

「久々知に報せとかないとな」
「先に報告して、他の甘味食べに行きません?」
「尾浜先輩、遊びに来たんじゃないですよ」
「分かってる分かってる」

小料理屋で美味しい料理をたらふく食べた三人は先に兵助の元へ向かった。
兵助は村の中にある旅籠で待機中だ。ここがみんなの中継地点でもあり、怪しまれないように変装なりなんなりして何度か情報交換を行う。
怪しまれないかと冷や冷やする四年生に『怪しまれないようにするのも鍛錬だから頑張って』と兵助はとても良い笑顔で言ってのけた。鬼に見えた。

旅籠では、兵助以外に八左ヱ門達も揃っていた。
漁業界隈での収穫は特になかったらしい。

「漁師達は何も知らないと言っていたからなあ、何かあるとすれば乙名だろう」
「潮江先輩達が帰ってくるまで暇っすね」
「滝夜叉丸達は何かあった?」

マイペースに話す漁業組の奥で、兵助は他の組の情報をいろいろとまとめているようだった。
その真剣な様子に滝夜叉丸は話しかけるのを躊躇うも、勘右衛門はそんなこと気にしない。

「兵助、ただいま〜」
「おかえり。早かったな」

視線は上げない。が、話を聞いてはいるようで小平太も気にせず話しかけた。

「甘味処は黒かもしれん」
「何かありましたか?」
「これから何かあるかも。夜に呼び出された」
「戦闘は?」
「まだ分かんない」
「戦闘になったら戦ってもいいか?」
「自分の身が危なくなればどうぞ。でも自分から身を投じるのは却下です」
「……どうしても投じたくなったら?」
「私が納得できるような論理的な理由なら許可しましょう。感情論はダメです」
「分かった」

にこにこと笑う小平太と勘右衛門。
絶対どうにでもして戦う気満々だということは滝夜叉丸でも分かった。
それが分かったのか、兵助もようやく顔を上げる。
二人をじろりと見ると、滝夜叉丸に苦い笑みを見せた。

「すまんな滝夜叉丸。こんな二人で大変だろうけど頼んだ」
「え、た、頼むと言われましても」
「大丈夫大丈夫、この二人も後輩の言葉には弱いから感情的に飛び出しそうになったら全力で、泣いてでも止めて」
「泣いてでもって……」
「ひっどい兵助! おれらってそんな信用ない!?」
「私達だって本当にするなと言ったらしないぞ!」
「少なくともお二人の実習や忍務においての信用度は地に落ちてますから」

抗議する二人に兵助は笑みを湛えたまま容赦なくばっさりきっぱり切り捨てる。
恐ろしい人だなあ、と思いつつもこの様子では仕方ないかもしれない、と滝夜叉丸も苦笑を浮かべた。
自分の涙程度で止まるとも思えないが、努力はしよう。

その時。

「久々知先輩!」
「久々知くん!」

三木ヱ門とタカ丸が血相を変えて戻ってきた。
普段マイペースな二人のただならぬ様子に、場が緊張に包まれる。
だが、兵助は至って落ち着いていた。
その様子に三木ヱ門とタカ丸も少し冷静さを取り戻す。

「どうした」
「潮江先輩が捕まって、伊作先輩がそれを追って……!」
「食満先輩と守一郎がどこ探してもいなくて……!」

全員に緊張が走る。
まさか、探っていたことが誰かにバレたのだろうか。
しかし自分達ですら何を探っているのかも分からないというのに、一体どうして捕まらなければならないのか。
青ざめる二人に、兵助は目を細めた。

「三木ヱ門、何があったか手短に話してくれ」
「は、はい!」

乙名について調べていた三木ヱ門と文次郎と伊作は、会議の時に聞いた通り乙名が変わったばかりだと聞いた。漁業を取り入れたことも、そのお陰でこの村はもっと暮らしが楽になったことも。
ただその反面、仄暗い噂も耳にした。

「仄暗い噂?」
「はい。……この村では、人買いが行われている、と」

数人が息を呑む。
推測していた数人も、視線が若干険しくなった。

「それを聞いてもう少し調べようとして……乙名の家に向かったのですが、一瞬気を抜いた私を庇って、潮江先輩が……!」

庇われたことも、気を抜いてしまったことも悔しくて、三木ヱ門は唇を噛んだ。
兵助はそんな三木ヱ門の肩を労うように叩く。

「伊作先輩は、捕まった潮江先輩を追っています……」
「分かった。タカ丸の方は?」
「あ、うん……おれ達の方もいろいろと調べてたんだけど」

タカ丸達の方は他に何か噂がないか調べていた。
村の繁栄の仕組みや、見世物や曲芸が素晴らしいこと、魚が美味しいこと。
最近村で流行っている物、美味しい茶屋、乙名は凄い人なのだということ。
人買いの噂も聞いた。
それが当たりかもしれないと判断した三人は、更に話を聞くため数刻手分けして話を調べることにした。
そして数刻後。約束の時間になり、集合場所に集まったのはタカ丸だけ。

留三郎と守一郎は、その場に来なかった。

「最初は話が長引いてるのかと思ったんだけど、四半刻(30分)くらい待っても来ないし、ちょっと探したんだ。そしたら」

タカ丸の表情が曇る。

「茶屋の娘さんが、『目つきの鋭い男が数人の男と路地裏に行った』って」

連れて行かれた、ではなく一緒に行った。
ということは、おそらく捕まったのは守一郎だ。
さあっと青ざめた四年生に、険しい表情の五年生、黙ったままの六年生。
兵助は冷静に全員を見回し、頷いた。

「よし、一部の班の目的を情報収集から仲間奪還に切り替えます。三木ヱ門は立花先輩と、タカ丸は八左ヱ門と喜八郎と彼らの足取りを調べてください。奪還できればそのまま奪還してくださって構いませんが、すぐに出来ない状況なら一度戻ってください。判断は立花先輩と八左ヱ門に任せます。
七松先輩・勘右衛門・滝夜叉丸は予定通り、日が暮れたらその小料理屋へ行ってください」
「分かった。行くぞ三木ヱ門」
「はい」
「タカ丸さん、その路地裏まで行きましょう」
「は、はい!」
「喜八郎も行くぞ」
「分かってます」
「――待ってください!」

指示通り動き始めた面々が止まる。
静止したのは、滝夜叉丸だった。

「わっ、私も! 奪還班に入れてください!」

土下座の勢いで兵助に頭を下げる。
守一郎は友人だ。
知らない振りをしたまま、のうのうと甘味を買いに行くなど出来ない。
それが総指揮の判断だとしても。
しかし。

「駄目だ」

兵助の声は冷たかった。

「なっ……何故ですか! 守一郎は私の友人です!」
「だからどうした? お前がいないと紅葉屋が訝しがるだろう。もしそれで場所を教えて貰えなかったらどうするつもりだ」
「守一郎よりも甘味が大切だと仰るのですか!」

目を見開いて怒鳴る滝夜叉丸の言葉に溜息をついて、兵助は固まっていた面々に行くように促した。
四年生は戸惑いながらも、他の先輩達に背を押されて旅籠を出て行く。
滝夜叉丸の目は爛々と鋭く光っていた。

「少し頭を冷やせ。仲間の命より甘味が大事なんて、そんな馬鹿なことあってたまるか」

それ以上に鋭い光を瞳に宿して、兵助は滝夜叉丸に背を向けた。
勘右衛門と小平太は一貫して傍観の姿勢を崩さない。兵助の考えは読めていたが、滝夜叉丸の気持ちも分かるのだ。
しかし、兵助の言葉は思ったより滝夜叉丸にしっかりと響いていた。

「……甘味処と、人買いが繋がっているのですか……?」

冷静さを取り戻したらしい滝夜叉丸の言葉に、兵助は振り返ってにこりと微笑んだ。
それは普段から後輩に見せる、安心させるための笑み。

「さすが滝夜叉丸。たぶん、見世物小屋とも繋がってるとおれは見てるよ」
「えっ、そうなの!?」
「ああ、漁業班が帰ってくる前に中在家先輩が一度戻ってきてね。夜の見世物小屋で怪しい噂があるって。今人買いされてると噂される見世物小屋に潜入中」
「ええ! さすがだなあ、あいつら……」
「実力者には動いてもらいますよ私は」
「兵助黒い黒い。この間三郎にテストの点抜かれたの気にしてんの?」
「そこは気にしてないけど、その後の三郎の自慢が鬱陶しかった」
「思いっきり私怨ではないか! 相変わらず久々知は怖いなー!」
「人聞きの悪いこと言わないでください。三郎の腕を信じてるからですよ」
「口だけ達者になっちゃって! そんな子に育てた覚えはありません!」
「育てられた覚えもない」

明かされるネタばらしに滝夜叉丸は膝から崩れ落ちた。
既に予防線は張られていた。あとはタイミングだけだったのだ。
危なかった。
自分の感情的な行動で、下手したら奪還できなくなるところだった。
青ざめた滝夜叉丸に、小平太がいつも通り快活に笑った。

「動く前に気づけたんだ、何も後悔することなんてないぞ!」
「そうだよ夜叉丸! おれらとか先輩方なんてやって後悔したことなんか数えきれないくらいあるよ!」
「後悔したことないだろお前は。おれ、そろそろ胃に穴が開く気がする」
「ちょっ、今それやめてよ! おれパニックになって意味分かんない行動取っちゃうから!」
「なはははは! 相変わらずだなー久々知は! そんなところまで土井先生に似なくてもいいのに!」
「真似したくてしたわけないでしょうが! っていうか一番面倒なの七松先輩ですからね!?」
「あー……一回本気で死にかけたよね」
「本気で死ぬと思ったあれは。夏休み以来の走馬灯見たもん」
「怖っ! 七松先輩怖っ!」
「あははは! 細かいことは気にするな!」

夜叉丸じゃなくて滝夜叉丸です、という訂正はできなかった。
わざとらしく話を逸らす先輩達の気づかいが、ただただ嬉しかった。
微かに笑みを浮かべる滝夜叉丸に、騒いでいた三人も笑みを交わす。

予定と違う実習になったが、それもまあ、よくあること。
だからこそ自分達は諦めない。
情報も、仲間達も。
どちらも手に入れてみせよう。





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