くのたまと兵助






ごん、と鈍い音が響く。
その場に崩れ落ちた男の影に、怯えた様子のくのたまが一人。
兵助は背中越しに彼女を見やり、もう一度寸鉄を構えた。

「無理なら無理と言ってくれ。無茶をされると迷惑だ」

その冷たい声にくのたまはぎり、と奥歯を噛みしめる。
出来ると言ったのは自分だ。
実際、出来ると思っていた。
色の授業なら何度もやったし、実習で直前にまで持ち込んだこともある。

けれど、どうしてもそういう行為に及ぶことができなかった。
男の息遣いと、肌を触る手つき。身体を嘗め回すように見る目つき。
それがどうしても受け入れられなかった。
何度か抵抗したが、実習だと思うと本気で抵抗はできなくて。
それが余計に男を興奮させてしまった。

本気で怯えている自分に兵助が気付かなければ、きっと今頃行為に及んでいただろう。
それは最悪な記憶になるに違いなかった。

けれど今だって最悪だ。
結果だけ言えば実習は成功したが、過程はほぼ全て兵助のお陰。
房中術は失敗。確実に補習だ。
その上忍たまの前で失態を晒す体たらく。
普段自分達が虐げている自覚があるだけに、先輩と言えど忍たまに失敗を見られたくはなかった。

「立てるか?」
「……すみません」

部屋の外にいた男達も全て気絶させた兵助は、汗で額に張り付いた前髪を無造作に掻き上げる。

「仕方ないよ。まあ、でも補習は確定だろうけどね」

かけられた声はいやに優しく、くのたまは溢れる涙を強く拭った。




***




どん、と背後で人が倒れた音がした。
驚いて振り返る兵助が見たのは、自分に背を向けて構えるくのたまの姿。

「君は……」

いつか、房中術を使う実習で一緒になった子だった。
あの時はすっかり男に怯えきっていたというのに、自分を守るように立つ彼女の背中は酷く頼もしく見える。
たった数か月で、凄い成長だ。

「先輩、無茶は迷惑になるんじゃありませんでしたっけ?」

含み笑いでそう茶化す彼女に、兵助も傷だらけの身体を立て直して口角を吊り上げる。

「無茶じゃない、出来ると思ったから引き受けただけだ」
「その割にボロボロじゃないですか」
「でも君が来てくれた」

信頼の含まれた声に彼女も不敵に笑う。
自分達を囲む男達の中に、下卑た笑みを浮かべる男が何人かいることには気付いていた。
いつかの実習の時の男を思い出す。
あの気持ち悪い感覚は忘れらない。
けれど、自分はもうあの時の自分ではないのだ。

「女だからって、馬鹿にしないで」

大きな瞳に凛とした光を宿して男達をどんどん倒していく彼女。
男達が油断しているとはいえ、一切無駄のない身のこなし。
かなりの努力をしたのだということはその拳の強さを見れば分かった。

「助かったよ。ありがとう」
「いつかのお礼ですよ」

静まり返った森の中で、彼女は強気な目で笑う。

「あの時先輩が女扱いしたからもう悔しくて、めちゃくちゃ努力したんです」
「あはは、やっぱりくのたまは強いな」
「でしょう?」

男達に邪な目で見られても一切動じなかった彼女。
筋力や戦う力はもちろんのこと、精神的にも随分と成長したらしい。
楽しそうに笑った彼女に、兵助も朗らかに笑って頷いた。

「さすがトモミちゃんだね」





――
「くのたまがポニテっていうか髷を作っているのは女であることを捨てている証で、それだけの覚悟でくのたまやってる(要約)」という考察を見かけてふおおおお!ってなった。
アニメでは可愛い、原作では怖い、という印象が強い彼女達ですが、やっぱり女としての弱さも強さも持ってると思うんですよ。

忍たまは基本的に恐怖心を植え付けられているわけですが、上級生になればなるほど怖いだけじゃなくてくのたまの強さとか覚悟とかをちゃんと認めてたらいいなーっていう妄想。
トモミちゃんにしたのはなんとなく一番そういうプライドが高そうな子だなあと思ったので。ユキちゃんは花嫁修業ってイメージがあるからか女を完全には捨ててない印象があるのですが、トモミちゃんは逆に実習とかで女扱いされるの凄く嫌がりそうだなあと。

くのたまは三人以外あんまり出番がないので、もっとアニメで出てほしいなあと思います。
キャラ付けしてほしいキャラ付け。





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