三郎と兵助と五年と六年
必死の形相で走る三郎が見えて、思わず立ち止まる。
普段飄々としている分、ああいう表情は珍しいし面白い。だからいつも俺らも必要以上に追いかけるんだが。
今回は誰に追いかけられているのかと目を凝らして見てみると、猫の尻尾のように揺れる黒髪が視界の端に映った。
……なるほど、久々知か。
***
五年長屋の前にいつもあいつらとつるんでいる三人がいたので今見たことを聞いてみる。
どうやらまた、三郎が久々知を標的に悪戯を仕掛けたらしい。
反応が面白いのか優秀故にやり甲斐があるのか、三郎は定期的に久々知に悪戯を仕掛ける。
豆腐の角を崩すような小さなことから、久々知の顔で奇行に走るという大きなことまで、悪戯はバリエーション豊富だ。
基本的に俺達は「また三郎か」で済ませるが、さすがに一年の風呂を覗いた時はちゃんと誤解を解いてやった。アレは久々知が不憫すぎた。
「しかし三郎も懲りねえな」
「あれはもう生き甲斐ですからねえ」
「まあ、巻き込まれる兵助は可哀想ですけど」
「その割に久々知の手助けはしねえんだな、お前ら」
「「二次被害は受けたくないので」」
「薄情だな」
「じゃあ先輩助けてやってくださいよ」
「拒否する、めんどくせえ」
「「薄情だ!」」
「お前らの問題だろうが!」
そもそも三郎が久々知に悪戯する前に気づいてやれよ、お前らクラスも委員会も一緒じゃねえか。何かしら兆候はあっただろうに。
いや、まあ俺も仙蔵の悪戯とか、気づかないこともあるけども。
しかしこう何度もやられるのを見ていると、毎度毎度追いかけて説教をする久々知が不憫に思えてならない。
三郎と雷蔵が喧嘩をした時も死にかけてたし、意外と苦労人なのかね。
「まあ、他の学年に被害が行く前には止めますよ、たぶん」
「絶対止めろ、お前らが問題起こすと俺らや四年よりめんどくさい」
「自分達が面倒だっていう自覚はあるんですね」
余計なことばかり言う勘右衛門を一発殴っておく。
蛙が潰れたような声がして、雷蔵が吹き出していた。やっぱりこいつら薄情だ。
「お、文次郎ではないか」
「なんだ仙蔵、こんなとこになんか用か?」
「こんなとこって言われたー!」
「先輩ここ俺らの長屋ー!」
「それはどうでもいいが、うちの長屋にいる兵助と三郎を引き取りに来てくれ」
勘右衛門と竹谷の抗議をさらっと流して、仙蔵が髪をなびかせた。
なんで六年長屋に逃げたんだ三郎。どっちかと言えば久々知に味方すると思うぞ、全員。俺も含めて。
「やっと捕まったんすか、三郎の奴」
「長屋にいた六年と兵助が協力してな。あっという間に捕獲したぞ」
「あいつどんだけ恨み買ってんですか」
「無条件で兵助に手を貸す程度には」
「俺もその場にいたら手ぇ貸してたな」
「三郎の人徳のなさよ」
同じ顔なのに人徳のある雷蔵とは違って、三郎は本当に人徳がない。
普段の行いのせいなのだが、ここまで違うと面白い。
「仕方ない、人徳のない三郎くんを迎えに行こうか」
「そうだね」
「仕方ねえなあ」
雷蔵がからりと笑って、勘右衛門と竹谷も苦笑を浮かべて立ち上がる。
その雰囲気はどこか、親や先生方を思い起こさせて。
やっぱり五年は仲が良いのか。
「だから、構ってほしくなったのなら行動に出る前に言葉を使え。お前の気持ちをいつでも誰かが察してくれると思うな。おれらだってたまには分からなくなる時もあるんだから、一年が分かるわけないだろう」
淡々とした説教が聞こえてきて五年が苦笑を零す。
ろ組の部屋にいるらしく、廊下にはいつもの面々が同じく苦笑しながら中を見ていた。
そろっと覗くと綺麗な姿勢で正座する久々知の前で地蔵の顔のまま蹲る三郎。
いつも通りの収束だ。
「不安にならなくてもおれ達はお前が大好きだし、嫌いならそもそも追いかけないし怒りもしない」
「兵助の天然攻撃始まりましたー」
「大好き頂きましたー」
「三郎の身悶えタイム入りましたー」
「うるさい五年」
楽しそうだな五年。
集まった俺達に気づいているのかいないのか、久々知の説教は続く。
「お前がどういうタイミングで何が不安になるのか全く分からないけど、助けてほしいのなら行動に移す前に言葉でなんとかしてみろ。お前は俺よりもよく口が回るだろ」
「言い訳ばっかりだけどな」
「三郎は一パーセントでも自分が悪くなければ謝らないもんね」
「兵助は一パーセントでも自分が悪ければ謝るのにね」
「正反対だな」
「似てるようで全く似てないですから、あの二人は」
くつくつと五年が笑う。
そろそろお開きだろうか。
――
こう、三郎が悪戯して、兵助に怒られることで自己を保っている、というような話を書きたかったのだ、と、思う。
あと単純に五、六年のわちゃわちゃ。
ただこのテーマは、また別の形にして書きたいなあと思っていたりいなかったり。