卒業前の伊作と兵助の話





寒い寒い冬が去り、もうすぐ暖かい春がやってくる。
庭の桜に蕾がつくころ、僕達はこの学び舎を卒業する。


視界の端に探していた黒髪を見つけ、急いで声をかけた。
久々知は火薬委員の子達と一緒にいたのだが、僕の表情を見て何かを悟ったように後輩達を先に行かせた。

「なんでしょう、善法寺先輩」

睫毛が長くて大きな目がじっと僕を見つめる。目力が強いせいか、なんでも見透かされそうで苦手だと確か留三郎が言っていたのを思い出す。

「うん、保健委員会の引継ぎをしようと思ってね」

委員会は固定じゃない。一年毎に自分の好きな委員会を選ぶことが出来るし、むしろ六年間ずっと同じ委員会に所属する方が珍しいと言われている。
だが、下級生の頃は好きに選べる委員会も、上級生になると自然と固定になる。成績や適性の問題で、所属できる生徒が限られてくるからだ。そうなると、六年の委員長の下が四年以下になってしまう委員会もある。
四年生のいる委員会は次の年、五年生に進級すると久々知や八左ヱ門のように委員長代理になるのが常だが、四年生以下は覚悟や実力の問題から委員長代理になれないことが決められている。
そういう時は、他の委員会の委員長が兼任することになっているのだ。

守一郎が来るまでは、久々知が用具、八左ヱ門が保健の委員長を兼任しようという話になっていた。火薬と忍具、薬と毒、と扱うものが近いからだ。しかし守一郎が来たことによって、用具は委員長を兼任する必要がなくなった。
八左ヱ門ではなく久々知が選ばれたのは、生物委員会に上級生がいないため。
来年上級生に入る孫兵だけに委員会を任せるのは孫兵への負担がかかるだろう。タカ丸は編入生だが年齢も上だし、伊助はタカ丸よりしっかりしているし、何よりうちの二番手は三郎次だから大丈夫だ。と、謎の説得力で八左ヱ門を納得させたのは久々知だった。
そんなわけで、来年の保健委員会の委員長は久々知に兼任を任せているわけだ。
ちなみに学級委員長委員会は他の委員会とは別行動になることが多いので委員長会議に出ていないように委員長の兼任もできない。それから雷蔵は来年初めて委員長になるため兼任は厳しいだろう、という長次の判断で選択肢から外された。

「ごめんね、君も進級試験とかで忙しいだろうに」
「いえ、忙しいのはこの時期みんな同じですから。それにやるべきことは終えていますので」
「さすが久々知」

話しながら医務室へ向かう。
久々知は火薬委員会への説明と委員会の方針ももう委員に説明しているらしい。なんというか、火薬は久々知もタカ丸も普段おっとりしているくせに、こういう時はとてもテキパキしているなあと思う。
うちも一応説明はしているけど、それもまあ、数馬が来年別の委員会に入りたい時に気負わないために言ったようなものだし。



「……まあ、こんなところかな。あとは臨機応変にやってくれれば。何か質問はあるかい?」
「いえ、大体把握できました。ありがとうございます」

微笑と共にぺこりと頭をさげられ、少し慌てる。

「そんな、こっちこそ。むしろごめんね、火薬も責任は重いのに……」

久々知は、正直言って五年の中で一番信頼できるやつだ。五年に何か大事な仕事を任せる時は必ずと言っていいほど一番初めに話がいく。他の五年生に実力がないわけではなく、単に人柄の問題。
だからこそ五年生にして、一番危険な火薬委員会の委員長代理を任せることができた。
だけど、だからその分心配だった。

不運ばかりが目立ってしまっているが、保健委員会の責任もそれ相応に重い。なんせ人の命を預かる委員会だ。下級生のうちはまだ仕事の内容もそこまでではないが、それは上級生になるにつれて辛いものになっていく。
助けたい命が目の前で消えていく絶望。やりきれない思い。薬の加減をひとつ間違えるだけで、人が死ぬその恐怖。
責任を放り出したりはしないと分かっている。だからこそ、その責任に押しつぶされないか不安なのだ。
だって久々知が辛いとき、自分は傍にいてやることができない。
そのころにはもう、自分達はこの学び舎から巣立っているのだから。

「……私はむしろ、嬉しいですよ?」

力を込めていた拳に、久々知の手がそっと触れた。
はっとして顔をあげると久々知はにこりと微笑んで、だって、と続ける。

「私ならその重圧を乗り越えられると信じてくれたから、任せてくださったのでしょう?」

ああ、この子には敵わないや。









――
随分前に書いたもの。
……なんだけど、全く話が進まないのでもういいやって。(投げやり)






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