久々知対七松






一つ下の後輩の変わりように息を呑んだのは私だけではないはずだ。

「長次……私が加減できなくなったら頼む」

小平太の硬い声に首肯で返す。
それでも、その緊張の中に楽しいという感情が混ざっていることには気づいていた。
もしかすると、本気になった小平太ともやり合えるのではないか。
表情を落とした久々知は、そんな風にすら思えるくらい研ぎ澄まされた空気を纏っていた。

「まさかい組でそんな空気になる奴がいるとは思わなかったぞ」
「それって褒め言葉ですか?」
「ああ! い組の奴はいつも加減をするからなあ。ここまで殺気丸出しなのはお前が初めてだ」
「成程、手の内を隠したがるわけですね。私も最初は迷ったんですけど……やっぱり先輩相手には本気で挑みたくなってしまいまして。なんせ、」

小平太と向き合った久々知は、大層意地の悪い顔で。

「卒業するまでには、あなた達を叩き潰したいと思ってましたから」

冷静な後輩だと思っていたが、意外と熱い性格のようだ。
小平太もにやりと笑い返した。

「……上等だ」

単なる暇潰しで始まった五年対六年の組手。
鍛錬の一環だと思っていたが、それよりも面白いものが見れそうだ。



開始の笛が鳴り、静寂が辺りを包む。

先に仕掛けたのは久々知だ。
腰を落とし、拳を突き出す。
しかしそれは掠ることすらせず、小平太は後ろにぽんぽんと跳ぶと一気に加速して回し蹴り。
久々知はそれを読んでいたのか地面に手をついて後ろへ跳び、眼前に迫る小平太にも動じることなく蹴りを蹴りで防いだ。
小平太の攻撃は重いだろうに、一切感じさせずに身体を半回転させて肘を突き出す。
小平太がその腕を掴むが、久々知はバランスを崩した筈の体勢から膝を上げた。
「猿か」という文次郎の呟きと、小平太の身体に膝が入ったのは同時だった。

小平太が本気になる。

だが、抑えていた殺気を放つ小平太を見て久々知は笑った。
怖がるどころか楽しんでいる。
なんという精神力だ。
さっきよりも比べ物にならないくらいスピードが上がった小平太の攻撃。
しかし久々知もなんとかついていけている様子。
止めるか迷ったが、もう少し様子を見ることにしよう。

突き出された拳を払い、足払い。
上に跳んでそのまま踵落とし。
腰を低くして横に避ければ、その場所に蹴りが入る。
腕で防ぐ。しかしその間に拳が突き出される。
もう片方の腕で防ぐが、そのまま両腕を拘束されて身体を反転させられる。
腰に膝を押し当てられ地面に拘束された身体と、拘束されたままの腕。
みしりと骨が軋む音がする。

「……、」

止めるべきだと立ち上がりかけたが、それよりも先に。
久々知が、そのままの状態から立ち上がろうと足を動かした。
即座に小平太に足を蹴られ、一瞬小平太の全体重がかかった久々知から小さく唸るような声が聞こえた。
降参だろうか?
しかし久々知はまだ諦めていなかった。
手首だけを動かして、拘束されている小平太の腕を握ったのだ。
久々知が寸鉄使いということは誰もが知る事実。
握力はとんでもないはずだ。
だが、小平太は痛がるどころか拘束している腕に体重をかけた。
久々知の腕からみしみしと鳴る音が聞こえる。
伊作が止めようとしたのか、私の方へ顔を向けた時。

「……参りました」

久々知の悔しそうな声が聞こえた。



「やー、楽しかった! 凄いな久々知!」
「ありがとうございます。もっと精進しないといけませんねえ」

対戦中とは打って変わってほんわりした雰囲気を醸し出す久々知に苦笑する。
五年生は基本的に全員腹に一物持っているが、それでもこの変わりようは詐欺といっても過言ではない。

「またやろうな」
「はい! 今度こそ叩きのめします!」
「ははは! 楽しみにしてるぞ!」

……いや、それは小平太も同じかもしれない。
「なんちゅー会話だ」と留三郎が苦笑した。





――
兵助は爽やかに負けず嫌いだといい。六年生のことはちゃんと慕ってるけど、同時に一番叩きのめしたい相手、みたいな。そして素直。
あと寸鉄使いなので気の強さとか精神力の強さは学園一とかだといい。
普段はともかく、いざという時の思い切りの良さは随一だと楽しい。





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