久々知さん最強説

*四年生と六年生と、ちょっと五年生と火薬委員
*ちょっとだけ過去捏造
*モブにですが、復讐的な感じになるので苦手な人注意





春先の話。
四年生の一人が、火薬委員会の二年生に手を上げたらしい。
二年生が生意気なことを言ったからだ、とは四年生の言い分。確かに二年生は目上にも物怖じしない性格であり、後輩からは「一言多い」とよく言われている。
しかし礼儀はきちんとしており、上級生へ無礼を働くようなことは断じてしない。
そもそもを言えば生意気を言われたからと感情論で手を上げることは良いとは言えず、二年生の言い分を聞けば四年生が失礼なことを言ったからだという。
しかし当の四年生は反省の色など全く無し、どころか開き直っている始末。





「久々知先輩、最近あいつと仲が良くないですか?」


梅雨に入りかけた頃。
体育委員会でマラソンをした帰り、気を失っている下級生を担いで帰ってくると裏庭で久々知と同級生を見つけた。なんだかここ最近、二人でいる姿をよく見る気がする。
同級生は、クラスは違うが言葉を交わす程度には交流のある奴だ。嫌味や皮肉を言うのが好きなのか、今日の天気でも話すようにそんな話をする。大抵の場合は聞き流すが他の学年も平気で貶すため、滝夜叉丸や彼の友人達はあまり快く思っていなかった。
それが、五年生で優秀な久々知と一緒に何をすると言うのか。
諜報が得意な五年生があいつのことを知らない筈もない。


「ああ、そうかもなあ」


滝夜叉丸の訝しげな視線を受けて、委員長はどうも煮え切らない返事を返す。
快活な委員長が珍しいと七松をちらりと見ると、七松は苦い笑みを見せた。
なんだか今日の委員長は少しおかしい。


「あいつは恐ろしいな」
「え?」
「目的のためなら媚びを売るのも厭わない。思ってもないことも平気で言えるし、甘えることもできる。それが周りからどう思われても構わない。必要なら自分も人も平気で使う。恐ろしいやつだ」


なんのことを言っているのか、この時はまだ分からなかった。
しかし一年後、ある事件で滝夜叉丸はこの言葉を思い出すことになる。





夏真っ盛りの夜。
会計委員会での作業中、三木ヱ門は聞き覚えのある声に視線を外に向けた。
開け放した部屋からは、五年生の久々知と同級生の姿。
そういえば、最近あの二人よく見るなあ。交際しているとか言う噂も聞く。
美人で優秀で性格も良い久々知をどうやって落としたのかと、四年生の間ではもっぱらの噂だ。
だってその同級生、仲間内では評判があまりよろしくない。


「……久々知先輩って、見る目がないんだろうか」


思ったことをつい口に出してしまい、ハッと口を押さえる。
徹夜ももう三日目に入るため下級生はみんな意識が飛んでいるが、委員長の潮江だけはまだしっかり意識を保っている。
聞かれたかと潮江を見ると、潮江は久々知達を見て得心したような顔をした。
ばっちり聞かれていたようだ。
慌てて弁解しようと口を開くも、潮江の方が早かった。


「あの二人、恋仲っつう噂があるらしいな」
「え、……は、はい」
「真偽は知らんが……厄介なのに目をつけられたな」


きょとんと三木ヱ門は首を傾げた。


「きっかけはあいつだとしても、ほんとにネチっこい奴だ」
「?」
「一度敵と決めたら、周りから責めていくのがあいつのやり方だ。気づいた時には四面楚歌、味方だった奴はみんな敵になっちまってる。容赦の欠片もねえぞ」


どちらのことを言ったのか、身をもって知ることになるのは一年後。
この時の言葉を思い出して、三木ヱ門は戦慄した。





秋口の頃。
用具委員会で屋根の修補をしている最中、久々知と同級生が笑い合っている光景を見た。
そういえばあの二人、恋仲なのか。……でも最近、あの同級生が他の奴と夜を共にしたとも聞いた。
久々知先輩ほどの人を捕まえておいて浮気? と眉をひそめたものだ。
しかも、どうも初めてではないらしい。元々気が合わない奴だとは思っていたが、本当に癇に障る。
久々知先輩は優しくて穏やかで、あいつにはもったいないくらい出来た人なのに。


「……あいつらが気になるか?」
「え、あ、すみません」


あまりにもじっと見すぎていたのか、委員長が笑いを含んだ声で守一郎に視線を向けた。
下級生は少し離れた場所で壁を修補していて、二人には気づいていない。


「構わねえよ。でも、本当にあいつ惚れてんのかね」
「え……さあ、でも本当に惚れてるなら可哀想です」
「ああ、確かになあ。裏切りも同然だもんな」
「ですよね」
「あいつは『惚れたが負け』とか言うだろうけどな。『見抜けないのが悪い』とか」


守一郎は同級生の顔を見る。
確かに、会話の内容は嫌味か皮肉が九割を占める奴だ。きっとそれくらい平然と言う。


「……嫌な奴ですね」
「だよなあ。まあ情報収集は忍びとして当然だからあいつの言い分も分からなくもないが……裏切られた方からしたらたまったもんじゃねえだろうなあ」


食満の同情が込められた言葉に頷く。
久々知は編入当初自分によくしてくれた先輩だ。あんな奴とは早く別れてしまえばいいと思う。

食満との会話に齟齬が生じていたと気付いた時には、全てが終わっていた。





秋も深くなってきた頃。
タカ丸が実習で怪我をして、医務室で伊作の手当てを受けていた時のこと。
ふと衝立を見ると、影から同じ色の装束が見えた。
おそらく最近噂の同級生だろう。
久々知先輩と恋仲だと噂の同級生は、とうとう久々知先輩を泣かせてしまったらしい。理由は茶屋の看板娘を孕ませてしまっただとか、久々知先輩の前で先輩の友人だか後輩だかの悪口を言っただとか、いろいろと憶測が飛び交っている。
人徳も、人望もある先輩だ。
同級生が各方面から責められるのは、時間の問題だった。


「今更噂を否定したって、もう信頼も信用もダダ下がり。どうしようもないよねえ」
「怖いなあ。留三郎が苦笑いしてたよ」
「でも、噂は全部自分で言ったことだって聞きましたよ」
「へえ! じゃあ本当のことなのかな」
「さあ。けど、結果がどっちでももう誰も信じてはくれないでしょうねー」
「うわあ。手を出した相手が悪かったとしか言えないや」
「そりゃそうですよ。怒ってる人いっぱいいますもん」
「ま、でも敵に回しちゃいけない人もいるって勉強になったんじゃない?」
「自業自得ってやつ?」
「うーん、因果応報?」


あはは、と笑い合う二人。
衝立の向こうにいる彼は、今の会話を聞いてどう思っただろうか。

してはいけないことをしてしまったと、気づいた時にはもう。





冬のある日。
四年生が一人減ったらしい。と言っても物騒な意味ではなく、退学したということらしいけど。
今朝担任に言われたばかりだが、喜八郎はまるで興味がなかったのですっかり忘れていた。
思い出したのは、委員会が始まる前――下級生が来る前――に、立花がその話題を自分に向けたからだった。


「四年生が一人退学したらしいな」
「……珍しいですね、名前も顔も知らない奴に興味を持つなんて」
「いやいや、名前も顔も知っているよ。むしろ、お前が知らないことに私は驚いたのだが」
「興味ありませんし」
「久々知と恋仲だのなんだの噂になっていたやつだよ。噂くらいは聞いたことがあるだろう」


委員長が苦笑して、喜八郎は記憶を辿る。
確かにその噂は聞いたことがある気がする。
滝夜叉丸や三木ヱ門や守一郎が、「どうして久々知先輩があんなやつと! でたらめに決まってる!」と怒っていた。
興味も感心もなかったけれど、喜八郎も頭の片隅で「確かにあいつと先輩が恋仲なんて変だな」と思ったような気がする。
どうして変だと思ったのだろう。


「…………あ、」
「ん?」


目を丸くさせた喜八郎に、委員長は愉しそうに目を細めた。


「あいつって、火薬委員の二年生を殴った奴ですか」
「ふふふ、その通り」
「……先輩があいつに近づいたのは……」
「退学の理由をどうしたのかは知らないが、奴は家も勘当されたらしい。勿論村に留まることもできまい。これからどうするんだろうな」


喜八郎の頬に冷や汗が伝った。
ようやく、滝夜叉丸や三木ヱ門の顔色が悪かった理由が分かった。





春の話。
二年生に手を上げた四年生を止めたのは、中在家と不破だった。
殴られた二年生は顔を腫らしていて、それでも顔色一つ変えなかった。


「止めてくださってありがとうございました」


医務室に駆け込んできた久々知は、自分の後輩の様子を聞いてから深々と中在家と不破に頭を下げた。
そこには本当に感謝の感情が込められていて。
後輩を殴った四年生に対する怒りや自分への憤りもきっとあるのに、そんな感情は綺麗に隠している。
さすがだと中在家は素直に感心して、久々知の肩に手を置いた。


「……あの四年生は、いろいろと暗い噂が絶えない。何かをするならば協力しよう」
「僕も手伝うよ! どんな理由があろうと後輩に手を出すなんてどうかしてるとしか思えないし」


久々知は瞠目して、もう一度頭を下げた。
そこへ、藍色が三つ。


「おれらにも手伝わせろよー」
「ていうか、手伝うけどな」
「早速いろいろ調べて来たぜ!」
「お前ら……」


話を聞いて駆け付けた尾浜と鉢屋、竹谷に久々知は困ったように笑う。
嬉しいが、四年生相手に何をどうこうする気はないのだが。
と、この時はまだ思っていた。


「噂もそうなんだけど、池田と奴のやり取りも分かったよ」
「火薬委員って仲良いよなあ」
「……え、どういうこと?」


眉をひそめる久々知に、調べてきた三人は顔を見合わせて苦笑。


「池田を殴った奴って、嫌味とか皮肉とか変にぶっ飛んだ自慢みたいなことばっかり言う奴らしいんだ」
「『茶屋の看板娘を孕ませた』とか『ガキを殴って金を盗った』とかね。要は馬鹿なのさ」
「で、下級生も上級生も関係なく悪口を言うんだと」
「……ってことは」


不破の言葉に、竹谷は頷いた。


「火薬委員の悪口、言われたんだと」



『お前んとこの一年、あのは組だろ? アホのは組って、絶対オレは関わりたくねえわ』
『四年は一年以下の編入生なんだっけ。あいついっつもへらへらしててさ、忍びナメてんのって感じ?』
『五年なんか地味だし、正直オレでも勝てるね。優秀っていうけどさ、だったらその実力を見せてみろっての』



「仲間が悪く言われて、池田は我慢できなかったんだろうなあ」


『アホのはっつったって、経験は下手したらお前より豊富だ学ぶ意欲はお前よりある。へらへらじゃなくて、お前と違って愛想がいいだけだ元市井にいた人間ナメんじゃねえ。実力が分からないって忍びにとっては物凄い実力だろうがそんなことも分かんねえのか忍びナメてんのはお前の方だろ』



尾浜の言葉を聞いて、久々知はぎゅっと拳を握りしめた。
注意と拳骨くらいで済まそうと思っていた。四年相手に本気を出すのもどうかと思ったからだ。
だけど、自分の後輩がそんなことを言ってくれていた。
委員会の後輩達を庇ってくれた。

三郎次は何も悪くない。
それなら。
お望み通り、実力を見せてやろうじゃないか。


「……勘右衛門、他にはどんな噂がある?」


長い睫毛で縁取られた大きな目に鋭い光が宿る。
全てを見透かしていそうなこの瞳は、敵対した時こそ物凄く怖いが味方となれば凄く力強い。
にやりと笑い合い、久々知は中在家にもその眼を向けた。


「六年生にも、協力をお願いするかもしれません」
「……話は通しておこう」


後輩を殴られて怒らない先輩はいない。
加えて、今回は火薬委員に対しての暴言もある。
アレでいて後輩大好きな最上級生は、苦笑しながらも協力してくれるだろう。





小さな春が見え隠れする頃。
仕事を終えた火薬委員会は、土井の持ってきてくれた甘酒を飲みながらのんびりと過ごしていた。
話題は今実習でいない委員長代理のこと。


「五年生って今日帰ってくるんですよね」
「ああ、その予定だよ」
「楽しみだね〜。あ、今日はみんなで一緒に晩ご飯食べませんか?」
「いいですねー! じゃあぼく、おばちゃんに晩ご飯豆腐料理にしてくれるように言ってきます!」
「聞いてくれるわけないだろ。さすがアホのはだな」
「そんなのわかんないじゃないですか! めちゃくちゃ頼んだら聞いてくれるかもしれませんよ!」
「そうだよお。先生だってめちゃくちゃ頼んだら練り物回避することもできたんだし」
「はは……十回に一回できるかできないかくらいの確率だけどな……」


斎藤と土井の言葉に、三郎次は少しの間考えて立ち上がった。


「伊助だけじゃ聞いてくれなさそうだからな。おれも一緒に頼んでやる!」
「そうこなくっちゃ! いってきまーす!」
「いってらっしゃーい」


嬉しそうに笑う伊助と三郎次を見送って、斎藤は土井に顔を向けた。


「それにしても、久々知くんってほんと怒らせると怖いですね」
「生徒の中では一番怖いかもな」


春に三郎次を殴った四年生は、一年後学園から消えた。
故郷にも帰れないらしく、頼る親戚もなく、消息は不明となった。
それを仕向けたのが自分の先輩だと、一体どのくらいの生徒が気づいただろう。


「敵の懐に迷いなく入り込み、情報を操って最後は抹殺する。今回は社会的にだったが、自殺にまで追い込まれた生徒もいたんだぞ」
「えっ……こわ〜」
「まあ、どうしようもない奴だったけどな。下級生をおもちゃとしか思ってなかったような」
「あー、そりゃあ久々知くん怒りますよ」


誰よりも恐ろしい人。敵に回してはいけない人。
けれど、そこまで怒るのはそれだけ仲間が大切だから。先輩は穏やかで、滅多なことでは怒らない。叱ることは、まあ多々あるけども。

そんな人だからその怖さを知っていても信頼できるし、人徳も人望もなくならない。
だからこそ、久々知兵助は恐ろしい。




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