もしもの話



「もしも」の話を、勘右衛門と三郎は嫌う。

勘右衛門なんかは悟られないようにうまく隠して別の話に誘導したりしているけど、三郎は、それはもう分かり易くむすっと唇を尖らせる。
たぶん、「もしも」なんて絵空事を幾ら考えたところでそれは現実になりやしないと身をもって理解しているからだと思う。それは五年間苦楽を共にしてきた俺達だって同じだけど、あの二人は俺達の中でも現実主義者だから。
だから、俺達が「もしも」の空事を語る時は決まって二人がいない時だった。

「ねえ、もしも、明日空を飛べるようになっていたらどうする?」

あくびを噛み殺しながらほわんと雷蔵が呟いた。

「いいなあ。俺なら、裏山のてっぺんにある一番高い木の上まで飛んで行って景色を眺めたい。たぶん海までよく見えるぞ」

まるでその景色が見ているかのように目を閉じて、楽しそうに頷きながら八左ヱ門が答える。
雷蔵は八左ヱ門にいいねえ、と微笑んで、ゆったりとした仕草で空を見上げた。
つられて同じように空を見上げれば、優雅に大空を泳ぐ鳥の姿。

「僕はね、ずっとずっと遠くまで飛んで、色んな国を見て回りたいな。書物で読んだんだけど、外ツ国は食事も文化も何もかもが違うんだよ。着物も着ないし、米じゃなくてパンが主食なんだって」
「パンってなに?」
「小麦粉で作った生地を焼いたものだよ。ボーロとは生地に入れるものが違う」

俺の言葉に雷蔵はそうそれ、と頷き八左ヱ門はへえ、と感心したような声を上げた。
そして、俺も食べてみたいと笑う。

「じゃあ、八左ヱ門へのお土産はパンだね。兵助は何がいい?」

それぞれに別のお土産を買ってくるらしい。
雷蔵の言葉に俺は読んでいた本から顔を上げて、少しだけ考えた。

「……外ツ国の豆腐はどんな味がするんだろうなあ」
「あはは! やっぱり兵助は豆腐かあ!」
「もっと他にないのかよ!」
「でも気にならないか? 豆腐は作る人によって味が変わるからさ、食べてみたい」

俺の言葉に雷蔵と八左ヱ門は確かに、と目を合わせた。

「じゃあ、兵助には豆腐ね。特別美味しそうなやつ」
「美味しかったら俺にもくれよ。パンやるからさ」

二人の言葉に勿論だと頷いて、手元の書物へ視線を戻す。
そんな俺を気にすることなく、二人は隣で現実味の無い話をどんどん膨らませていく。


三郎のお土産は何にしよう。
勘右衛門は珍しいお菓子とか喜びそうだ。
ああ後輩の分も買わないとね。
それなら先輩の分も、先生のもいる。
だったら家族のも買わなくちゃ。
おいおい、雷蔵一人で持てるのか?
うわ、どうしよう、持てないかも。
じゃあ、俺も一緒に行ってやるよ!
本当!? でも、まだまだ多いよ。
あ、そっか、俺も後輩や家族にお土産買いたいしなあ。
そうだよね、どうしよう。


最初のお題はどこへやら、すっかり外ツ国のお土産の話になってしまっている。
勘右衛門と三郎は嫌っているが、俺はこの二人のとりとめのない空想話を聞くのがわりかし好きだった。
俺はどちらかといえば、勘右衛門や三郎寄りの人間だと思う。
だから絶対に有り得ない夢を楽しげに語る雷蔵と八左ヱ門の思考回路は今でも理解できないと思うし、それを嫌う勘右衛門と三郎の気持ちの方がよっぽど理解できる。
でも、この想像力の豊かな二人が、いつも何を見て、何を考えているのか。時折こうして隣に座って二人の頭の中を覗くことは、とても楽しい。

「ええーっ、兵助、どうしたらいいかな?」
「お前らの分と、後輩達と、先輩方と、先生方、あと家族に……二人じゃあ持ちきれねえんだよー」

本気で困っている二人に苦笑しつつ、読み終えた本を閉じる。


二人が幸せな空想に浸るのは、決まって辛い忍務を終えた後だ。昨夜の、むわりとした、むせ返るような血の中が、俺達の現実。
それを払拭するように。忘れるように。背くように。雷蔵と八左ヱ門は夢の話をする。
幾ら現実から目を背けたって何も変わらないことなんて、きっと最初から分かっているだろう。
だから勘右衛門は話を逸らそうとするし、三郎は打ち切ろうとする。
六年生の先輩方もい組のお二人や食満先輩なんかはあまり良い顔をしないだろう。

でも俺は、別に良いんじゃないかと思う。
どれだけ架空の話をしたって、雷蔵と八左ヱ門は夢に逃げない。現実にいる。
現実と向き合う時、この二人が誰よりも強いことを知っている。
だから俺はいつも、二人の話には幸せな結論を返す。

「それじゃあ、五人で行こう。ありったけの風呂敷を持っていけばなんとかなるさ」

途端に輝く二対の目に笑い返しながら、夢の続きを促した。







――
リハビリリハビリ。
なんとなく、五年の中で一番成熟なのは兵助な気がします。
見たくないものと直面した時に、
逸らすのが勘右衛門、拒絶するのが三郎、気づかない振りをするのが八左ヱ門、逃げるのが雷蔵、受け入れるのが兵助、のイメージ。でも、どれも間違っててどれも正解なんです。現実って難しいよね。



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