少女漫画的仙くく
*書き手の実体験に準ずることをしてもらっているので注意ですよー
理由なんて簡単だ。
雨が降っていた。あいつが一人軒下で、困ったように立っていた。
それだけのこと。
「入るか、兵助」
「立花先輩」
傘を傾けて促せば、きょとんとした表情がすぐにふわりと綻んで、楽しそうに傘の下へ入ってくる。
男二人、そっちへ寄れだの狭いだのと笑って言い合いながら帰ったのだ。
このたったひと時のことを忘れられないなど、そんなこと。
「立花先輩知りません?」
「委員会じゃねえの」
「そうですか……」
六年長屋を去っていく兵助を見送ってから、文次郎はちょうど天井裏から降りてきた仙蔵を見やる。
「……あいつ、気付いてんぞ」
「だろうな」
「だろうなって……お前な、何がしたいんだよ」
文次郎が困ったようにがしがしと頭を掻く。仙蔵が人をからかうことを好きなのは知っているが、後輩をこんなにも困らせる奴ではないのに。
兵助が仙蔵を探すようになってから一週間になる。
どういうわけだか仙蔵は、兵助のことを避けているらしい。気付いているのは六年の一部と兵助本人だけだろうが。
「……」
「仙蔵?」
「……お前には分かるまいよ」
「あぁ?」
俯いた仙蔵はどうも思い詰めているようで。
その表情を読もうとして、文次郎はひゅっと息を呑む。
「……」
気付いてしまった。
仙蔵が兵助を避ける理由。
確かに自分が分かるような案件ではなさそうだ。
「……伊作にでも相談してこいよ」
「は? 伊作?」
顔を上げた仙蔵に、文次郎はニヤリと笑う。
「色恋は、あいつが好きな案件だろ」
珍しく驚いた表情を見せる同室に声を上げて笑って、文次郎は部屋を出て行った。
「立花先輩に避けられてる」
なにやら打ちひしがれている様子の兵助に声をかけると、正座して相談に乗ってくださいと言われたので。
なになに相談なら級長の勘ちゃんにまかせんしゃい、と胸を叩いたら第一声がそれだった。
寸の間固まって、勘右衛門は慌ててその先を促す。
「え、えっと、立花先輩になんかしたの?」
「何もしてない……と思う」
「まあ……してたらその場で言われるよね」
立花仙蔵という先輩は、気に入らない発言をすればその場でピシリと言う人だ。
しかし兵助もそうそう失言をするようなタイプではない。目上年下の扱いは雷蔵と同じように弁えている奴だ。
「てか、なんで兵助は立花先輩追っかけてんの? なんか用事?」
「いや?」
「え?」
「へ?」
きょとんと首を傾げる兵助に、勘右衛門も小首を傾げる。
「用もないのに追っかけてんの?」
「なんか気になるから」
「……」
勘右衛門はこの手のことには鋭い。
兵助どころか、仙蔵の行動の意味にすらも辿り着いてしまった。
「色に出にけり……っていうよね」
「へ?」
ぼそりと呟いた言葉に、兵助はすぐに思い至ったのか音が出そうなくらい頬を真っ赤に染め上げた。
恋とは人を変えるもの。そう言ったのは誰だったか。
珍しい友人の表情に、勘右衛門は内心でそんなことを考えた。
仙蔵が兵助を避け始めてからひと月が経とうとしている。
兵助は幾度となく仙蔵に会おうとしていたが、いつもうまいこと避けられていた。
これだけ長期になれば六年はほとんど、五年の一部も気付いていて。けれど、それでも仙蔵は兵助を避けていたし、兵助も誰かを頼ろうとはしなかった。
(しかし、こうも長丁場になるとはなあ……)
委員会活動を終えた兵助は食堂に行く道すがら、大きな溜息を吐いた。
そろそろ誰かに頼っても怒られない気がする。というか、六年生に頼れば捕まえてくれそうな気がしないでもない。
勘右衛門に言われて自分の気持ちに気付いた兵助は、既に自分の気持ちに開き直りつつあった。
(さて、今日のメニューは)
夕飯時で混雑している食堂の前。
壁にかけられているメニューを見て悩んでいると。
「あ」
ぽつり、聞こえてきた声があった。
「?」
きょとんと兵助が振り返れば、そこにいたのは食堂から出てきた伊作。
けれど見ている先では兵助ではなく、兵助の背後にある廊下を辿るように。
視線を追って見やれば、そこにいたのは件の先輩。
が、逃げるように去っていく姿だった。
「兵助」
今なら追える、と足を踏み出した兵助の耳に、伊作の声が届く。
心配そうな声と表情。仙蔵の気持ちを知っているのだろう。感情の機微に聡い人だから、兵助の気持ちにも気付いたのかもしれない。
「大丈夫です」
強く言って笑えば、伊作も眉を下げて笑みを浮かべた。
「立花先輩!」
一向に足を止めない仙蔵を見逃さないように、兵助も必死でその姿を追う。
途中ですれ違った生徒が何事かと目を丸くさせたが、そんなことに構っている暇は無く。
足の速さはほぼ互角。
しかし経験の分だけ、逃げるのは仙蔵の方がうまい。
生徒が多く通る場所や、逆に滅多に使われないため汚い部屋の天井裏、からくりが仕掛けられている部屋。
そういうところを駆使して、仙蔵は逃げる。
(容赦ないな……!)
それでも兵助が見逃さなかったのは、仙蔵が動揺して気配を消していないからだ。
気配を消されていれば確実に撒かれていた。
だから、捕まえるなら今日しかない。
「先輩……!」
びくり、と仙蔵の肩が揺れる。
いつの間にか二人は、ひとけの無い焔硝蔵のあたりまで来ていた。
火薬使いである仙蔵は、よくここに来て兵助に火薬をせびったり、新しい火薬の調合について議論を重ねたりしていたのだ。
あの雨の日。
町から戻った二人は、最後にここで別れた。
火薬盗みに来ないでくださいね、と笑えば、それは来いと言うことか? と仙蔵も口の端を上げて。
またいつもの日常に戻ると思っていた。
「立花先輩」
自分でも笑ってしまうくらいに震えた声で名前を呼べば、仙蔵はぎょっとしたように振り返った。泣いていると思ったのかもしれない。
いや事実、少し泣きそうだ。
どんな理由であれ、好きな相手に避け続けられるのはそろそろ辛い。
「あなたが好きです」
恋とは人を変えるもの。
色に出にけり我が恋は。
変わる自分が嫌で、顔に出るほど隠せない想いを持つのが嫌で、顔を合わせないようにしていたけれど。
その行為こそ、想いを募らせるだけなのだと。
「……馬鹿だな、お前は」
「はい」
困ったように笑った兵助を、仙蔵はぐっと抱きしめた。
――
という夢を見たんだ。
仙くくじゃなくて私の話なのですが。あと追いかけていったところで目が覚めましたが。
なんだこの夢!超少女漫画!と思ったので仙くくにリメイク。
好きな人相手だとらしくない行動をとっちゃうのはよくあることで、そんな自分が自分でも嫌なのにどうにもできない。だから避けちゃうってのもまあよくあることで。
仙蔵は意外と子供っぽいと思います。たぶん結構女慣れはしてると思うのですが、本気の恋は遅い印象。
しかし今回一番考えたのが注意書きだった。夢の話ってどう注意したらいいのか。