久々知城について

*なんかもういろいろ許せる人向け
*やまもおちもいみもない





ある村に、神仏習合の社がある。その場所には一つの噂があった。
五百年程前、その場所には城が建っていた。
詳しいことは不明だが、城主はかの大彦命の後裔だったのだとか、どうとか。
しかしいつ築城したのかも、いつ落城したのか分からない。
否、それどころか、本当に存在したのかすらあやふやな、五百年前の伝説。
そんな不確かな噂の真偽を調べるように命令が下ったのはひとえに、その城の名前に理由がある。



久々知城――学園の生徒と、同じ名前。



この城を調べるにあたって、城よりも先に久々知の身辺が入念に調べられた。それは城と関係がある可能性が高いからで、久々知自身は天涯孤独の身だと担任教師に告げていた。
それが下手をしたら城の関係者、それどころか城主と血縁関係にあるかもしれない。つまるところ、天皇とも深い関わりがあるかもしれない。調べられるのは仕方のないことだった。
けれど久々知本人と城の関係性は見つかることなく。二つの関連はただの偶然である、と結論付けられた。
それに伴い、久々知城の調査は早々に打ち切られることとなった。





「――納得いかん」

不満げな三郎の声に勘右衛門が顔を上げる。
同室者の顔を借りた五年ろ組の学級委員長は、今回この久々知城の調査を命令された第一人者だった。

「納得いかないったって、学園長先生直々にもういいって言われたんだからどうしようもないじゃん」
「じゃあ君は納得したのか? 兵助との関連が認められなかった、それだけで終了だぞ?」

その言葉に勘右衛門が苦笑する。
久々知城が存在していたかどうか、それが忍務内容だった。けれど、久々知兵助との関連が無いと分かった時点で調査は終了。
違和感を覚えないという方がおかしいだろう。

「でもなあ……学園長先生がああ仰った以上、先生方も協力してはくれないぞ?」
「そこなんだよな」
「どこなんだ?」
「……。先生方も、今回の件は静観を貫いてる。まるで久々知城の件に関わり合いになりたくない、という風に」

ボケをスルーして終始真顔の三郎に、勘右衛門も茶化すのは諦めて真剣な表情になる。
元よりあの狸爺の考えていることは理解できると思っていないが、今回はいつもよりもなんというか……そう、隠し事が多い気がするのだ。いつもだって最後の最後に本当の企みを見せてくれることはないが、それにしても、今回は輪郭すら触れられていないような。
他の教師だっておかしい。どの先生にしろ、この話題を出すとあからさまに避けられる。

「……まあ、な」

兵助は友人だ。しかしそれ以上に謎が多い、と勘右衛門は思っている。
それが天然故なのか故意的なのかは分からないが、出自、素性、本質、思考、実力。そのどれもが本当のようで、嘘のようで。
等身大のように振舞っているように見えて、実は何もかも演技ではないかと思う瞬間がたまにある。何も考えていないように見えて、どこまで計算だったのかと思わせるような底知れなさ。
見えているものが全て幻であるかのような不安定さ。不自然さ。儚さ。
まるでそれは、存在すら曖昧な久々知城そのもののような――。

「気味が悪いな」

三郎の声に遮られて視線を向ける。三郎は勘右衛門の目を真っ直ぐ見据えていた。
どうやら考え込みすぎたらしい。
苦笑して顔を上げる。

「けどさ、確かに兵助との関連性は見つかんなかったんだし、久々知城があろうとなかろうと五百年も前の伝説だろ? 存在してたと分かっても今更なことだよ」
「……それ自体、本当かどうか分からなくないか」
「へ」

ぱちりと丸い目を瞬かせると、三郎は苦々しい表情。

「え、いや、だって調べたの雷蔵と八左ヱ門だろう? 兵助にバレないように慎重に調べて貰って、おれらだって文献資料見た……」

はた、と勘右衛門が止まる。
今回の忍務は兵助本人には知らされていない。自身のことを調べられるのはいくら忍務でも嫌だろうという学園長先生の配慮だ。
…………配慮、だったのだろうか?

「つまり、資料自体が偽物……?」
「その可能性もある。どこかですり替えられたか、あるいは……」
「いや、雷蔵と八左ヱ門がすり替えることは無いだろ。嘘をついてる様子は無かった」

三郎が言わんとすることを遮る。
あの二人は優しいが、やることはきちんとやる。今回の件も忍務自体はやり辛そうな表情を浮かべていたが、切り替えた時の鋭い視線は勘右衛門も見ている。
なにより、生徒に調べさせておいて他の生徒に証拠隠滅をさせるなんて、それこそ意味が分からない。

「まあな。……しかし、本来の目的が兵助と城の関連性の有無というわけではないだろう」
「まあそれなら最初からそう言えばいいからね」
「だとするなら、やはりおかしいんだよな……」

確実にどこかおかしいのに、形にならない不可解な感覚。
自分達が見えているものすら不透明で、なんとも言えない不快感がぞわりと背筋を這う。
この忍務の裏には何かある、けれど何一つ掴めない。

「兵助のことかなあ、やっぱり」
「……だろう。調査が止められたタイミング的にもそれ以外考えられん」
「んー。単純に考えて、兵助と久々知城に関連があったとか?」
「じゃないか? もしくは久々知城側に何かあった、とか」
「存在すら曖昧な城に何があるんだよ?」
「……いや、例えばだが、久々知城関係者の末裔が見つかったとか」
「……例えば、その末裔と兵助が血縁関係にあったとか?」
「大彦命の末裔だぞ。そりゃあそれなりの家柄だろう」
「その大層な家柄の人から、久々知城について調査するなと学園長先生にストップがかかった」

とんでもない推理が展開していく。
二人は思わず顔を見合わせて、同時に吹き出した。

「まさかね! ちょっと無理やりすぎだって!」
「まああの学園長先生がそれくらいで止めるわけないしな」
「そうそう」

では他の可能性は、と三郎が口を開く。
同時に、がらりと木戸が開いた。

「「おわあっ!?」」
「あ、いた。なにしてんの二人とも。帰ってきてんなら言ってくれれば良かったのに」

立っていたのは話題の中心――久々知兵助本人だった。

「び、びっくりした……」
「驚かすなよ……」
「え、ごめん? いや、別に気配消してなかったんだけど」

バクバクと鳴る心臓を抑える二人に兵助は苦笑を零す。よほど集中して作業をしていたらしい。
忍務は終わったと八左ヱ門と雷蔵から聞いていたので、学級委員長の仕事だろうか。と考えながら兵助は二人が落ち着くのを待った。

「……で、どうしたの?」
「ああ、ちょっと二人に頼みたいことがあって」
「豆腐料理の味見なら断る」
「おれも」
「違うから」

お前らにはもう味見頼まないよばか、と以前二人に逃げられた兵助は唇を尖らせる。

「違くて、学園長先生に裏山の間伐頼まれちゃってさあ。八左ヱ門と雷蔵にも頼んだんだけど、どうせだしお前らにも手伝ってもらおうかなって」
「へ?」
「かんばつ?」
「山の木が茂りすぎたから、いくつか木を切るんだよ。ちゃんと手入れしてやらないと木が育たないし、根も伸びないからさ」
「いや間伐自体は知ってるが……」

思わぬ言葉に三郎と勘右衛門は首を傾げた。
やること自体は構わないが、どうしてまた兵助が。
二人の疑問を悟り、兵助が小首を傾げる。

「いや、俺の親って山守だったんだよね。俺が十になる前に死んじゃったけど。学園長先生はそれ知ってるから頼んできたんだと思う」

なんでもないことのように平然と爆弾発言をする兵助に三郎がなんとも言えない表情になり、勘右衛門が苦笑を零した。
こんなご時世だ、天涯孤独の生徒は珍しいことではない。だから下手な同情は逆に失礼だと、知っているけれど。

「……まあ、分かったよ。それなら手伝う。な?」
「ああ……」
「ありがとう二人とも! じゃあ半刻後に裏門集合で!」

満面の笑みでそう言って部屋を出ていく兵助。
その背を見送ってから、三郎と勘右衛門は顔を見合わせた。

「なんか、久々知城と兵助の間に陰謀めいたことは無いっぽいね」
「同感。なまじ関係があったとしても、山守なら杣山の管理を任されていたとかそういうことだろう」
「先生方が口を閉ざしてたのは兵助のご実家のことかな?」
「じゃないか? 兵助が自分から言わない以上、吹聴するような話でもない」
「学園長先生が手を引いたのは」
「おそらく、私らではもう手が届かない別の理由」

少し考えすぎただけみたいだな、と三郎が締めくくり、勘右衛門も同意して笑う。
二人とも優秀なだけに余計な妄想が展開されてしまうらしい。しかも悪い方向に。雷蔵じゃあるまいし、考えすぎるのはよくないな。



明るい声が響く部屋の前。
二人の会話を聞いていた兵助は、口元に弧を描いた。





957年、平安時代に神仏習合の社が建てられた。
それより前に、久々知城の存在が記されている。
城主のこともその一族のことも、何一つ分かっていない。
けれどその城は、本当は城ではなくて館のようなものだったのではないかという説もある。
そしてかつて、そこには「久々智一族」が住んでいた。
古代氏族が記された新撰氏姓録によると、「久々智氏」は大彦命の後裔である。
久久能智神という木の神の存在により、久々智氏が木と関係の深い氏族で杣山の管理と運営を任されていた一族であると推測されている。
そうして時代と共に、久々知と久々地という地名が残った。



さて。久々知兵助は本当に久々知城となんの関係も無かったのだろうか?





――
いや久々知城リベンジしたいなって思っただけなんです。山守久々知も書きたいなって思っただけなんです。その割に関係性結局ぼかしちゃってごめんなさい。
しかもネットでざっくり調べた&ぺら読みしただけなんで、最後のとこもてきと……大まかに書いてます。鵜呑みにしないでくださいね(ほとんど所説ありだったし)。
だってなんか邪馬台国の方まで歴史が飛んで久々知は菊池だったとか情報出てきすぎてもう段々まとめらんなくなったんだ……!(言い訳乙)




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