取り敢えず情報を整理しよう。
藤内を救出するにあたって、兵助の判断は冷静だった。
とはいっても、三郎も雷蔵も今陰陽師の存在を知ったばかりだし、八左ヱ門に至ってはほとんど理解できていないだろう。
勘右衛門も噂くらいしか聞いたことがないらしく、情報収集から始めなければいけないのか……と妖三匹は渋い顔をした。が。

「なら体験者に聞くのが早いか……、タカ丸!」

あっけらかんと聞き捨てならないセリフを言い放った兵助に唖然としていると、遠くからパタパタと足音が聞こえてきた。
そして、兵助の背後にある障子がすっと開く。
兵助くん、呼んだ? と言いながら現れたのは金色の髪になんとなく気の抜ける顔、しかし着流しから見える身体には痛々しい包帯が巻かれている。
双子狐と八左ヱ門は先程までの疑問も忘れ、誰だこのチャらい兄ちゃんはという顔つきになったが、勘右衛門はその男を知っていたらしい。

「あれ、留三郎さんとこの烏天狗さんじゃないですか」
「あ、犬鳳凰くん! お久しぶり〜」

烏天狗という妖は、基本的に集団で行動する。その集団の長が留三郎という者だ。喧嘩と宴が大好きで人間に少々甘いのが玉に瑕だが、面倒見がよくタカ丸達烏天狗は勿論のこと、勘右衛門をはじめとした様々な妖に慕われている。

「まあ、勘右衛門は見た通り顔見知りなんだが……こいつはタカ丸。訳あって今うちで養成している、俺達の友だ」
「……あ、伊助が言ってた友だちってタカ丸さんのことだったのか」

兵助の言葉に、勘右衛門は迎えに来てくれた時の伊助の言葉を思い出した。
三郎と雷蔵も、そういえばそんなことを言っていたなぁ、となんとなく記憶を辿る。
八左ヱ門はよく分かっていないようでにこにこ笑っているだけだったけれど。

「それで、なんでタカ丸さんが兵助のところに?」

話を促す勘右衛門に、兵助とタカ丸は一瞬目配せをした。まるで何かの確認を取っているみたいに。
そして事実その通りだったようで、すぐに兵助が真面目な顔で切り出した。

「タカ丸は数日前、件の陰陽師に襲われたんだ」
「、!」
「封じかけられちゃってねえ、もうダメだ! って思ったんだけど、間一髪のところで偶然近くにいた猫神の仙蔵さんが助けてくれて」
「そこから近かった俺の社に仙蔵さんが連れてきたってわけ。で、留三郎さんに報告したら、完治するまで帰ってくんな! ってさ」
「ひどいよねえ!」

張り詰めた空気も束の間、ケラケラと笑い合う兵助とタカ丸に三匹が脱力する。
いいのか、それで。

「……本題に入ってもいい?」

呆れたような勘右衛門の声に、兵助はああ、と居住まいを正す。
タカ丸も空気を察したのか、表情を引き締めた。

「タカ丸、どうやらその件の陰陽師に、俺の家族が封じられたらしい」
「え……!? 確かなの!?」
「ああ、この三人が住む地域一帯の桜が咲かないそうだ。封じ方から見て、お前がやられたものと同じだった」
「桜……ってことは藤内くん? だ、大丈夫なの?」
「正直なところ分からない。だから、力を貸してほしい。その陰陽師に何か特徴は無いか?」

じっとタカ丸を見つめる兵助。その真摯な瞳に、タカ丸も必死に記憶を辿る。
あまり思い出して気分のいいものではないし、あの時はただ恐怖と逃げることだけで頭がいっぱいだった。陰陽師の姿もはっきりとは覚えていない。
しかし、ここまで気のいい神の、なんの助けにもなれないというのは嫌だ。そう思う程度には、タカ丸は兵助に好意を持っていた。
その思いは、あやふやだった記憶をゆっくりと呼び起こす。

「……あ!」

黙り込んだタカ丸が突然顔を上げたので、三郎達はびくりと肩を揺らした。
しかしそんなことは気にも留めずに、タカ丸は思い起こした記憶を逃がすまいとするように自分を見つめていた兵助の肩を強く掴んだ。

「『ナカザイケ』! あの陰陽師が使っていた札は、『ナカザイケの札』って言ってた!」
「確かか!」
「うん!」
「よし、じゃあその札作りのナカザイケとかいう奴に札の剥がし方を聞けば……!」
「藤内を助けられる!」
「やったあ!」

有力な情報に色めき立つ五人。
しかしたった一人、顔色を悪くした者がいた。

「ナカザイケ……?」

雷蔵だ。
ふと、三郎が真っ先に青ざめた雷蔵に気付く。

「雷蔵? どうした?」
「……え、あ、うん。いや……もしかすると、そのナカザイケって心当たりがあるかもしれない」
「「え!?」」

困ったように笑った雷蔵が話すのは。
昔、雷蔵がまだ悪狐だった頃の話。
八左ヱ門はおろか、三郎ともまだ出会う前の、遠い遠い昔の話。

「もう何十年も昔の話なんだけどね。一度だけ、僕に優しくしてくれた人間がいたんだ」

人間が大嫌いだった尾先狐は、人間を見る度に悪戯を仕掛けて人間を困らせていた。
子供に化けて森に迷い込ませたり、見目麗しい美女に化けて男を誑かしてみたり。命まで取ることはなかったが、いつしか彼は近隣の村で「悪い狐」と噂になっていた。
しかしそんな噂もどこ吹く風。全く気にしていなかった雷蔵だったが、そんな悪戯は突然終わりを告げる。
それは、雨がざあざあと降っていたある夜のこと。
雨と闇夜で視界が悪い山の中で、雷蔵は一人の旅人を見つけた。

「いつものように、化かして遊んでやろうと思ったんだ、最初は」

童に化けて、怖がらせてやろう。
そう思って雷蔵は旅人に近づいた。
普通ならば、こんな夜更けのこんな森の中に童がいるわけがない、と気味悪がる。
こいつもそうやって怯えればいい。雷蔵は人間が怯える表情が好きだった。

しかし、この旅人は。
目の前に飛び出てきた雷蔵に、微かに目を見開いて。

「……こんな時間に、……もしかして、迷子か? それなら……一緒に、山の麓まで行こう。もう大丈夫だ」

そうして微笑んで、頭まで撫でて見せたのだ。
これまで幾度も幾度も人間を化かし続けてきたが、こうやって優しく微笑まれたのは初めてだった。
驚いてしまった雷蔵は、思わず尻尾を出してしまった。
まずい、殺される。
咄嗟にそう思った。
悪い噂の化け狐。そんな自分の噂は、一つ二つ山を越えたところにまで広まっていた。
その中には、時として雷蔵を殺そうとする者もいたのだ。そんな人間は分かりやすかったから、そんな人間の前には一切姿を見せなかった。
化け狐でも、人間の武器に勝てる気はしなかった。
だから、いつも気を付けていたのに。

「……お前、化け狐か」

ぴょこんと飛び出た尻尾に男は目を丸くして、静かに雷蔵に尋ねた。
逃げ出そうとしたけれど、何故だか足が動かなくて。
黙ったまま俯く雷蔵をしかし男は何を思ったのか、ゆっくりとその頭に手を置いた。
そうしてぽんぽん、と掌を頭の上で跳ねさせる。
撫でる、という行為を雷蔵が知ったのは、もっとずっと後のこと。
そうして男は、雷蔵に微笑を向けたのだ。

「今回は……見逃してやるから、もう悪さをするんじゃないぞ」

お前達動物も人間を迷惑だと感じているのかもしれないが、
俺達人間も、化かしたり襲われたりするのは恐ろしいと感じるんだ。
何度もこんなことをしていれば、もしかするとお前を退治しようと考える奴が現れるかもしれない……ああ、もう現れているのかもしれないが。
だから狐、あまり人間の前に姿を見せてはいけない。
痛い思いはしたくないだろう。……俺も、そんな姿は見たくないんだ。

「……どういうことだ」

思わずそう尋ねた雷蔵に男はまた微かに目を見開いて。

「……俺は、魔封じの札や壺を作っている。悪い妖を封じるための道具だ。
だが、妖が封じられる時はいつも辛そうな声を上げるだろう。……今更、この仕事を辞めることはできないが、
できれば、あまり妖は封じてほしくないんだ。ああ、勝手な話だけどな」

そう、少し哀しそうに笑って、男は。
もう一度雷蔵の頭の上に手を置いて。

「……ナカザイケ、だ。……もしもこの先、お前の友人が間違って封じられる、なんてことがあったら、俺のところへ来い」

旅人はそうして、山の麓へ下りて行った。
もう何十年も前の話だ。

「……同じナカザイケかは分からない。人間は同じ名前の人がいることもあるだろ?」
「……まあ、確かに……」

言い淀む三郎に、雷蔵は苦笑する。
その後雷蔵はその山から姿を消し、三郎が住む山に辿り着いた。
雷蔵の過去はある程度本人から聞いていたが、そんな出会いがあったとは。

「でも、そのナカザイケって人の場所、分かるの?」

複雑な表情の三郎と反対に明るい表情の勘右衛門は、真剣な目を雷蔵に向けた。
雷蔵は頷く。

「匂いはずっと覚えてるから、大体いる場所は分かるよ。……あの時の本人かは、分からないけど」

視線を揺らす雷蔵に、兵助がふわりと微笑んだ。

「ともかく行ってみよう。本人じゃなくても陰陽師と関係がなくても、また新しい発見があるかもしれない」

その言葉に、全員の表情に笑みが戻った。






――
ここまで!
この回の途中まで書いてたんで、途中から文章も違う感じになってるかも、ごめんなさい!
この後謎のナカザイケという男に会いに行ったけどその男は亡くなってて、
雷蔵が会った男の息子である『長次』に話を聞くけど長次では札を剥がすことができなくて、
でも陰陽師の正体が分かって、
妖四人が陰陽師とドンパチやるんだけど勝てなくて、
ピンチになったところで八左ヱ門が陰陽師の心を動かす……
みたいな話になる予定でした!
でも書く気力が……あああごめんなさい!でも消すのもアレなんでここにあげときます!




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -