兵助は端正な顔に似合わず案外豪快な神のようで、挨拶もそこそこにあっという間に本殿へ通された。

「さて、遠路はるばるご苦労だったな。伊助達が夕餉の用意をしてくれているから、暫く寛いでいてくれ」
「あ、あのー……聞いてもよろしいですか?」

にこにこと笑う兵助に、おずおずと手を挙げたのは雷蔵。

「なんだ?」
「勘右衛門から、僕達のことをどう聞いていたのですか? 三郎はともかく、僕やハチ……八左ヱ門にまで敬称をつけるし……」
「敬称? ……ああ」

雷蔵の言葉に一瞬首を傾げるも、すぐに思い当ったようでにこりと微笑んだ。

「うちでは初めての客人はみんな敬称をつけることにしてるんだ。妖だろうが人間だろうがそんなことは関係ない。……まぁ、人間を育てる妖怪は初めてだけどな。変わり者の双子狐だっけ?」

不思議と兵助の言葉に嫌味は感じられず、三郎も雷蔵もつられて笑ってしまう。
自分達が変わっていることはわかっている。ただ、八左ヱ門が奇異の目に晒されるのが嫌なだけだ。

「言っとくけど兵助も充分変わってるからな」
「そう?」

黙ってその光景を見ていた勘右衛門が茶々を入れる。

「そ。おれ、下っ端妖怪を家族って呼ぶ神様初めて見た」

それは端から見れば嫌味にも取れる言葉。事実、勘右衛門は嫌味を込めて言ったのだろう、三郎が少しだけ嫌そうな顔をした。
けれど。
兵助はなんでもないように。

「だって俺にとっては家族なんだもん」

とさらりといってのける。

「あっはっは! さすが兵助!」

参った! と楽しそうに笑う勘右衛門。ここまで声を上げる姿は初めて見た。
空気が明るくなったのが分かったのか、勘右衛門につられて八左ヱ門も笑いだす。
そうして、気づけばその場にいる者全員が笑っていた。
賑やかな本殿の様子に、外の木々達も楽しそうに揺れている。

何がそんなに面白かったのか自分達でも分からぬまま全員がひとしきり笑ったところで、兵助が目尻に溜まった涙を拭いながら八左ヱ門を抱き上げて胡坐の上に乗せた。

「俺は共に笑い合った者を友と呼ぶ。お前達はもう俺の友だから、敬語や敬称は使うなよ」
「「え」」
「はっちゃんもな」
「えと……うん、兵助!」
「うん、素直でよろしい」

はっちゃん、と呼ぶことにしたらしい兵助は、たどたどしく名前を呼ぶ眼下の子どもに嬉しそうな表情を向け、慈しむような手つきでその頭を撫でる。はじめは緊張していた八左ヱ門も、すっかりこの社の空気に馴染んだようだ。
そんな八左ヱ門と対照的にあたふたしている狐二匹にくすりと笑うと、兵助は勘右衛門を指でさした。

「そんな気構え無くても良いよ、こいつなんてなんの躊躇いもなかったんだぞ? 下手すりゃはっちゃんより早かった」
「良いって言われたもんで!」
「まあ構わないんだが、お前、たまには遠慮というものをしてみろ。そして社交辞令を学べ」
「えぇー、社交辞令って人間だけでしょ?」
「いや、彦四郎とかあれ社交辞令だぞ」
「うっそ!?」
「ひこしろー?」
「ああ、勘右衛門のお気に入りの豆狸だよ」
「……どれが社交辞令だったんだ……?」

ああ、と二匹の狐は納得する。
勘右衛門が気に入る筈だ。
だってこの神、相当な変わり者だもの!

「三郎、世界は広いね」
「……ああ、本当に」

永いこと生きてきて沢山の時代を見てきたけれど、まだまだ世界には知らないことが溢れているらしい。
笑い合う八左ヱ門達を見ながら感慨に浸っていると、ふとここに来た目的を思い出した。

「ああ! 兵助! ここに来たのは理由があるんだ!」

突然大声を出した三郎に皆の視線が集まる。
勘右衛門があ、忘れてたという表情で舌を出す姿を視界の端で捉えるも、無視して兵助への伝達を優先させることにした。





事の次第を話すと、慌てるか青ざめると思っていた兵助は予想に反し至極冷静で、話し終えると顎に手を当てて何かを考えている様子。
まさか助けられないのか、とでも考えたのか八左ヱ門が不安そうな表情になったとき、ぽん、と頭に暖かい感触。
見上げると、兵助はとても優しい目を自分に向けていて。
それだけで先程までの不安が一気になくなり、八左ヱ門はにっこりと向日葵のような笑顔を浮かべた。

兵助はもう一度八左ヱ門の頭を撫でると、真剣な目を三匹の妖に向ける。

「おそらく、最近噂になっている陰陽師の仕業だろう。俺の家族も何度か同じ目に遭ったことがある」
「陰陽師? おいおい、陰陽師が木霊に呪いをかけて封じ込めるなんて聞いたことがないぞ」

本来陰陽師とは、陰陽道を使ってまじないや占いをする者たちのことだ。
式神を使ったり悪霊を祓うことはあれど、妖を封じたり呪いをかけるのは専門外なはず。
三郎の言葉に、兵助は少し哀しそうに微笑んだ。

「時代かな。妖や幽霊の知識もないまま『悪いもの』だと決めつけて、そのくせ呪術や妖封じの技術だけ上達している陰陽師がいるんだよ」
「そうなのか……」
「おれの友の中にも、未だに封じられたままの奴がいるよ。……悪鬼にならないことを願うばかりだ」

勘右衛門が暗く笑う。
封じられた妖が、怨みや憎しみなどの強い負の思いに囚われてその結果祓われる、という経験はここにいる妖全員が一度は経験したことがある。
友を勝手に封じられて、その上勝手に祓われて。人間とはどうしてこうも身勝手な生き物なのか。

けれど、この木の神は自分達よりももっとそんな経験をしているのだろう。今よりも少し前の時代、人間の身勝手な理由で沢山の木が伐り倒されたことを知っている。
それに、今まさに彼の家族は力を封じられているのだ。
それでも人間に――八左ヱ門に優しく出来る。何故。
三郎の問いに答えたのは、偶然にも兵助だった。

「先のことは分からないさ。呪いを解く呪術師だっているし、今封じられている俺の家族も、お前達の友も、助けて貰えるかもしれない。でも……はっちゃん、せめて良い妖と悪い妖くらいは見分けられるようになってくれよ」
「うん!」
「……兵助は本当に子どもが好きだね?」
「――子どもは未来を創るからな」

けれど、優しく慈しむように八左ヱ門を見つめるその瞳の、奥の奥。
家族や友を殺された兵助の苦しみや葛藤が、三郎には見えた。見えてしまった。
そりゃあそうだ、神にだって感情はあるのだから。家族や友を数えきれないほど殺されて、憎いと思わないわけがない。
それでも、助けを求める人には救いを、罪のない子どもには慈しみを惜しみなく与えられることが出来る。
ああ、これが神、なのか。


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