そして二人は、

*お見合い回と死神篇後の時間軸で、バラガキ篇についての自己解釈



 山崎とたまのお見合いはうまくいかなかったらしい。

 城から戻ってすぐに、未だ白い袴姿の山崎が副長室で死んでいた。幽霊かと思っ……たわけではないし、断じてビビったわけでもないが、仕方がないので話を聞いてやる。
 だが泣いていた割に山崎が悪いだろうという顛末で、それを言うと山崎は「元はと言えばアンタらがもんじゃ精製するからでしょおおおお!」と縋り付いてきた。土方は精製していないし、たまの作ったもんじゃは食えなかったが普通に美味そうだった。食えば良かっただろうと言えば、山崎はしおしおと足元にくずおれて「この天然……」「これだからモテる男は……」とぶつぶつ言い始める始末。もう面倒なので放っておく。

 第一土方は城から帰ってきて疲れているのだ。城には嫌味を言うか足を掬おうと狙ってくる腐った爺しかいないし、今回の報告は少々力押しの面もあったので気が張り、肩が凝った。一緒に行った近藤はとっくにお妙の元に行ってしまったし、土方も城に報告の件があっただけで元々休みだ。久しぶりに好物を食べて、サウナに行こう。

 土方は足元でえぐえぐ泣いている山崎を原田に渡してから、私服に着替えて屯所を出た。





「さすがに今は会いたくなかったよなァ……」
「お前ね、顔見ていきなりソレは社会人としてどうかと思うよ? 社会人っつーかお巡りさんだろうがお前は」
「うるせーな逮捕すんぞ」
「何回テメーに逮捕されなきゃなんねーんだよ!」
「テメーが俺の邪魔ばっかしてくるからだろーが!」

 定食屋の前でばったり対面し、ぎゃあぎゃあ言い合いつつも共に入っていく。どうしてここにいるのか、などという疑問は今更だ。会いたくなくても会ってしまうのが土方十四郎と坂田銀時なのである。

「そういや、ジミーのお見合いってどうなった?」
「あ? あー、山崎がトチった。さっき散々愚痴られて泣かれてウザかったから原田に預けてきたわ」
「うっわ、ひでぇ上司〜」
「じゃあお前が相手しろ。近藤さんも総悟も山崎も拗ねたらあやすの面倒なんだからな」
「お母さん?」

 以前はとっとと出ていけ、テメーがな、などと子供じみた言い合いをしていたが、今は当然のように隣に座る。言い合う内容は端から見ればくだらないが、これもコミュニケーションの一貫。飲みの席であれば気付けば談笑していることもここ最近ではよくある話だった。

「はいよ、お待ち! 今日土方さんはお休みかい?」
「ああ、部下の見合いに引っ張り出されたけどな」
「アラ、その様子だともう終わったの?」
「元々顔見知りだったんだが、だめだったらしい。緊張といろいろで気持ち悪くなっちまったんだと」
「そりゃあ残念だったねぇ。……でもそれなら土方さん、こんなところ来てていいの?」
「なんだよ、俺が好物食いに来ちゃダメなのか?」
「やーねぇ、土方さんが来てくれると私もお父さんも嬉しいわよ。でもその部下さん、落ち込んでるんじゃないかい」
「いや、俺が慰めても嫌味にしかなんねーって最終的にキレられるし。他の奴に任せといた方がいいんだよ」

 土方スペシャルをかっこみながら言えばおばちゃんは色男も大変だねえと笑って、別の客の注文を取りに行った。
 間が空いて、そこでようやく土方は銀時が黙っていることに気付く。元より気配りができる奴なので、土方が真面目な話をしていれば相手が新八や神楽でも黙っていることはある。が、今回は真面目な話でもなければ部外者というわけでもない。むしろ今の発言を聞けば絶対つっかかってくるだろうに。
 何だろう、とちらりと銀時を見ると、考え込むような、何か言いたげな、しかしそれを躊躇しているような顔をしている。

「……なんだよ」
「いや、……あー」

 もそもそと好物を口に運びながら、銀時はちらりと土方を見た。
 口ごもったのは数秒。

「お上の機嫌は直った?」

 その言葉に土方は一瞬箸を止め――すぐさま眉間に皺を寄せて舌を打った。予想していたのか、銀時は土方の様子に苦笑を浮かべる。その態度も気にくわない。

 先のお見合い、そもそもそうなったきっかけは山崎に銀時を見張らせていたことだ。少し前に起こった土方の小姓・佐々木鉄之助を巡る見廻組との諍いで、銀時はあろうことか見廻組もいる場で自分が白夜叉であることを告白した。そこにいたのが真選組だけだったなら、最悪町奉行あたりのレベルならばそれも揉み消せたが、見廻組がいたことがまずかった。
 一連の事件の概要は真選組の更に上の者達に報告する義務がある。すなわち警察庁長官の松平や将軍に近い幕臣達。
 松平だけなら坂田銀時が元攘夷志士だろうとなんだろうとそうかの一言で済むだろうが、他の幕臣達はそうもいかない。現在江戸城に勤めている幕臣達は攘夷戦争のことを知っているどころか関与していた者が大半で、土方など非ではないほど憎悪の対象になっている者も多い。その攘夷志士の中でも伝説になっているほどの男が、真選組と見廻組に対して自分の素性を明かしたのだ。何も無く平和に過ごせると思う方がおかしい。

「……元はといえばテメーのせいだろーが……」

 唸るように言葉を捻り出せば、銀時は苦笑するように低く笑う。そもそも、あの場でそれを言う必要は無かった。口から生まれたと言われるような男だ、お得意の口八丁でどうにでも出来た筈なのだ。それが何故、あの時、あのタイミングで。
聞いたところではぐらかされるだろうから聞く気は無いが、そのせいで割を食っている身としては多少ぼやくくらいは許されるだろう。
 ……たとえあの時の発言が、土方のことを思ってなのだとしても。

「まァけどしばらく監視に耐えたんだからよ」
「あァん? 知るかよテメーで撒いた種だろーが」
「ひでーなオイ、その指示出したのゴリラじゃなくてオメーだろ?」
「近藤さんも知っちゃァいたがな」

 しれっと情報を組み込めば、銀時は一瞬目を丸くしてふっと笑った。多少呆れが入っているのは気のせいだと思うことにする。

「お前な……」
「あんだよ」
「馬鹿だろ、お前馬鹿だろ」
「あぁン? 常にくるくるパーの奴に言われたかねーんだよ!」
「誰の頭がくるくる天パだァァァ!」
「言ってねェェェ! 天パの上に中身までパーかテメェ!」
「うるせェこのストレート野郎!!」

 話を逸らされたと思ったのか、銀時は舌打ちをして土方をじろりと見やった。
怒っているというよりは拗ねているようだ。そんな素のような表情を見せるなんて珍しいと思う。それだけ付き合いが長くなったと言うことか。結局あの告白も、タイミングが良かっただけなのかも知れない。
 まあ理由なんてどうでもいい。この男があんなに重い過去を吐露したのだ。その覚悟は買ってやらねばなるまい、と思っただけのこと。

「……うちの奴らどころか、沖田くんもジミーも分かってなかったじゃねーか」

 チラリと土方は銀時を流し見た。そのまま何も言わず、ペロリと口端についたマヨネーズを舐め取る。なるほど、だからこの話をすることに躊躇していたのか。銀時の内心が少しだけ分かって、土方は喉の奥で笑う。銀時がふて腐れたような顔をした。

 このお見合いの一件で最も割を食ったのは山崎でもたまでもない、土方だ。

 沖田が見合い話を持って行った折、万事屋の連中に土方の指示で監視をつけていることを話した。とすれば土方は、「銀時が隙を見せれば嬉々として斬りにくる男」として彼らに映るだろう。実際山崎は銀時を見張ることに対して乗り気ではなかったし、沖田もその指示が気に入らないようだった。新八と神楽が真選組に当たりが強いのは、まあいつものことだが。
 土方としては自分から誘導したことなのでむしろ満足しているが、銀時はそれが気に入らないらしい。まあそれも当然だろうと思う。土方自身、自分が銀時の立場だったら相当立腹するだろうことは想像に難くない。
 しかし。

「テメーは周りの連中を見くびりすぎた」

 忙しそうなおばちゃんに視線でカウンターの上に置いた代金を示して、土方は席を立った。銀時がぽかんと口を開けていることに、ニヤリと笑ってやる。
 全く、この男は何も分かっていない。

「奴らが本当にそう思ってたら、俺ァ今頃簀巻きで島流しにされてらァ」

 銀時の唖然とした表情に、心底嬉しそうな意地の悪い笑みを見せて土方は店を出た。
 隊士達は近藤や土方の命令を無条件に聞くわけではない。沖田も山崎も、心から納得していなければ命令に背くことだってある。反面、納得していれば理由が分からなくても命令に従う。
 今回の件で沖田と山崎が納得していなかったのは、近藤が坂田銀時の監視に異を唱えなかったことだ。見廻組との一件のせいで銀時を監視しなければいけないことと、土方がそれを指示することは予想できていただろう。だが、真っ先に嫌がりそうな近藤が何も言わなかった。
 だから山崎は土方の指示に従ったし、沖田は近藤と土方の腹の内を探る為に万事屋に監視のことを話した。
 新八と神楽にしてもそうだ。銀時と真選組の付き合いは、つまるところ万事屋と真選組との付き合いということ。付き合った期間は同じで、いがみ合いながらもお互いの考えるところはなんとなく分かる。結局二人も、銀時の監視に含みがあることは分かっていたのだ。
 でなければ。
 本当に土方が銀時の隙を狙っていたのであれば、真選組の連中はどうにかなるとしても、新八と神楽と定春は確実に土方を敵視する。少なくとも今のように顔を合わせれば声をかけてくることは絶対にないだろう。
 銀時のことが大切だから。

 それを、銀時は分かっていない。
 だから気付いて、分かってやればいいと思う。

「ったく、本当に頭パーじゃねーか」

 お節介は趣味じゃねーぞ、と独りごちて煙草を取り出した。
 銀時は追っては来なかった。思うところがあるのか、未だに唖然としているのかは分からないが。

 そうやって周りから大切にされていることに気付けばいい。
 そしてそのまま、土方の奔走には気付かないままでいればいいのだ。





 坂田銀時が白夜叉だったと知った幕府の連中が最初に真選組に下した命令は、「粛正せよ」だった。

 元とはいえ攘夷志士、それも「攘夷四天王」などと呼ばれる、桂や高杉らと並ぶ伝説のような存在。もしも奴が桂や高杉と再び手を組めば確実に江戸は戦場になるだろう。不穏分子は種のうちに刈り取って棄ておくべきだ。それに白夜叉を打ち首獄門とすることで、桂や高杉だけでなく今尚江戸を混乱に陥れる攘夷浪士共への牽制にもなる。
 そんな大義名分の元、お上はあっさりと民の命を奪えと言った。
 ただ、理屈としては理解できた。銀時の強さはよくよく知っているし、誰かのためならば幕府に刀を向けることも銀時は厭わないだろう。私怨で倒幕に踏み切ることはない、と信頼はしているが。
 土方は銀時の過去に興味は無い。掘り返すつもりもさらさらない。ただ「鬼の副長」として想像できるだけだ。
 「白夜叉」という名前の重さと、背負いきれないほどの命。その罪の意識を。

 勿論、そんな幕臣の保身に近藤が賛成するわけもなく。
 だから二人して方々へ駆け回り、頭を下げ、どうにか「坂田銀時を監視し、攘夷の意思があるか確認を取ってから最終的な判断を下す」というところまで持ってきた。
 そこまでくれば後は簡単だ。「銀時に攘夷の意思がないこと」、「今はただの一般市民であること」、そして「もしも銀時が攘夷の意思を見せたとしても、真選組で押さえ込めること」――を強調して、幕臣共を丸め込んだ。土方が銀時とよく喧嘩していたことや、隙を見つけて斬ろうとしているという印象は、奴らを頷かせることの後押しとなった。
 出来る確信はあったものの、かなり危ない綱渡りだ。この仕事を見廻組に任せられれば、或いは真選組の報告に横槍を入れられればそれも危うかったが、見廻組は一時的とはいえ銀時を雇っていたし、それこそ見廻組と真選組の戦闘、その責任問題に発展する。ゆえに何を言われることもないと踏んだ。

 万事はうまくいったのだ。これでもう、少なくとも平和に暮らしている限りあの男を粛正しろという命令は下りない。

 銀時は自分が庇われたことには気付くかもしれないが、さすがにここまで切羽詰まっていたとは思うまい。沖田と山崎すら知らないのだ。
 知らないままでいい。今回のことは、近藤と土方のみが知っていればいい。
 土方は「鬼の副長」であればいい。

 ぷかりと煙を吐き出した。

「ああ、うめェ」

 うまくいった仕事のあとの一服ほど最高なものはない。





死神篇後



 手酌で酒を注ぎ、こくりと煽る。
 いつもなら居酒屋にいる誰かと一緒に飲むのだが、今日は一人で飲みたい気分だった。
 嫌なことがあったわけではない。むしろ、十年越しに約束を果たすことができたのだ。少しだけ立っていたところから前へ進めたような気がする。十年前に背負った罪も一つ、清算できた。

「シケたツラしてんな」
「……なんつータイミングで来るかねホント……」
「腐れ縁てなァ怖ェよなあ」

 親仁、熱燗とつまみ適当に。
 そう言って、土方はニヤリと銀時を見た。これはどうして銀時が一人でいたのか分かっている顔だ。思考が似ているというのは質が悪い。本当に。

「でぇー? 首の皮一枚繋がってる死体さんは、何がそんなに気に入らないんですかー?」
「…っ、強いていうならお前のその顔だよバカヤロー!」
「銀さん、このモテ男に勝てると思っちゃいけねぇよ。諦めて中身磨きな」
「そうだな、素材が違うんだから仕方ねーよ」
「うるせェェェ! なにしれっと入ってきてんだクソジジィ! オメーも何ノってんだテンションたけーな!」
「テンション高いのはテメーだろ」

 フフンと鼻で笑って、土方は親仁とつまみの話をし始める。やっぱりテンション高いじゃねーか。
 コイツは一体何をしにここにきたのだろう。今ここにきて大丈夫なのか、忙しいのではないのか。聞こうとして聞けないのは、それが自分達のせいだからだ。

 十年前に背負った罪と、少女との約束。
 罪の精算も、少女との約束も、この男の手助けがなければ果たせなかった。
 今回の件だけではない。
 少し前の定々の一件も、真選組と見廻組との諍いの時も、コイツがいなければ銀時はもう平和に暮らせていなかっただろう。

「……後処理はもう全部済んだ」

 他の客へ注文を取りに行く親仁を視線だけで追いながら、土方はぽそりと呟くように言った。

「下手に藪をつつきたくなかったんだろうが、今回の件に関しては一橋(あちらさん)も口を噤んでてな。こっちとしちゃ助かったが…とにかく、テメーらの件はアレでしめーだ。もう掘り返されることもあるめェ」
「……そうかよ」

 ぼそりと返して酒を煽った。それを見て、言いたいことは言ったのか土方は箸を置いて煙草に火をつける。
 ふぅ、と美味そうに煙を吐き出す表情は穏やかで、何かを隠している様子も抱え込んでいる様子もない。本当にそれ以外のことは何もないようだった。
 とはいっても、この男が完璧に隠そうと思えば銀時に暴く術はない。頭を使うことに関しては土方の方が上手だ。土方が銀時に言う必要がないと判断すれば全く気付けないだろう。

 今回もそうだった。
 土方達を巻き込んでしまったのは完全に不可抗力だったが、彼らがいなければ確実に朝右衛門も銀時達も今ここにいられなかっただろう。一橋に十年前の罪どころか今までの夜右衛門の罪、夜右衛門を殺した罪まで被せられて朝右衛門も銀時達も即座に処刑と称した口封じをされていたはずだ。
 辻斬り事件が真選組の管轄であったことで助かった。とはいえ誰かにつつかれれば真選組が取り潰されかねないような綱渡りだったと思うが。

『池田朝右衛門は切腹し、池田夜右衛門を襲名した者が「魂あらい」で罪人達を斬った。』

 かなり無理矢理な力業だ。詳しいことは分からないが、それでも土方達が危ない橋を渡ったことは分かる。押し通せなければ沖田の言っていた減給程度では済まなかっただろうことは確かだ。

「お前も無茶するよなァ」
「お前にだけは言われたくねーよ」

 つまみをつつきながら言えば、土方は笑いながら煙を吐き出した。
 お互い様か。そうだろうか。少なくとも銀時は、仲間を安心させるために気力で立ち上がっていたことはないが。
目の前で倒れられた時のことを思い出す。死ぬほどの怪我ではないと分かっていたがさすがに少し肝が冷えた。

 あの時も、気付かぬうちに助けられていた。
 逮捕というのは形ばかりで、真選組は結局、鉄之助と銀時の代わりに手柄を全て見廻組に譲ってしまった。それは銀時も気づいていたが、そこで終わるとはさすがに思っていなかった。山崎が張り込みに来たときは案の定だと思っただけだ。
 なのに、それだけで片が付いてしまった。幾日かの張り込みと茶番のような見合いで全てを終わりにした。そんな生易しい扱いで上が是とする筈がない。白夜叉の名の重さは自分がよく知っている。それこそ今回のように、何かと理由をつけられて殺されてもおかしくはなかっただろう。
 一体どれほど労力を使ったのか。しかもあの様子から、沖田以下隊士達には知らされていない。

 今回の件は近藤が知らされていない。全てを知っているのは、土方だけだ。

「……"鬼の副長"さんも難儀だねえ」
「……"白夜叉"殿ほどじゃァねえがな」

 それだけの言葉に言いたいことを込めれば、ニヤリと笑って同じものを返される。


 ――ああ、今、唐突に分かった。
 何故あの時、土方には白夜叉だと自分から言ったのか。
銀時自身必要のないカミングアウトだったと思うし、理由もよく分かっていなかった。いつか真選組には言うべきだろうと思っていた節はあった、けれどあの場じゃなくても良かったし、むしろ見廻組にも聞かれていた以上あそこで言うのは良くなかった。
 けれどあの時、あの場で、土方に対して銀時は自分から「白夜叉」だと言った。
 直前に土方の過去を聞いたことは大きかったと思う。詳しく知ったのは鉄之助の依頼で手紙を届けに行った時だが、あの時点で土方が“許しを請うつもりも許されるとも思っていない罪”を背負っていることと、大切な兄を失ってしまったことは分かった。

 似ている、と思った。
 土方の兄は命こそ奪われなかったが、あの時代、盲目は家督を継げない。きっとあの事件の後、兄は家督を譲ったのだろう。他のきょうだいとの関係やその後の生活は、「自分とあの子以外墓参りにはこない」という義姉の言葉で察するに余りある。
 兄を守ろうとして兄の居場所を奪ってしまった。全てを守ろうとして全てを失った銀時と同じだ。どれだけ夢に見て、どれだけ後悔して、どれだけ自分を責めただろう。たった11歳の子供が。

 けれど土方は一人で乗り越えて、一人で立ち上がった。
 近藤達と出会った時、怖くはなかったのだろうか。また傷つけてしまう、また失ってしまうと思わなかったのだろうか。
 思ったに決まっている。けれど土方は、彼らを背負うと決めたのだ。
唯一近藤のことだけ守ると決めて、努力して、努力して、時には自分の気持ちすらも切り捨てて。そうして今の土方がある。
 この男なら、「白夜叉」を受け止めてくれる。背負ったものも、取りこぼしたものも、その罪も。
 だからあの時、銀時は自分が白夜叉なのだと言えた。

 白夜叉の存在を知っていて、その正体を知った時に畏怖も期待も憎悪も安堵も浮かべない奴は初めてだった。それどころか驚愕すらしなかったのだ。「天下のバラガキ」だのと言いながら「白夜叉殿」とからかってくる。
 「白夜叉」が攘夷四天王の一人で、伝説と言われていたと知っていて尚、この男は白夜叉という存在になんの感慨も持たなかった。
 「白夜叉」という名前が背負ったものを、この男は知っていた。知識としてではなく、経験として。

「ん……近藤さん? んだ…あぁ? チッ、めんどくせー」

 連絡があったらしく、携帯を開いた土方は盛大に顔を顰めて立ち上がった。どうやらもう帰るらしい。全く色男はどんな顔でも仕草でも様になる。

「どした?」
「近藤さんが明日期日の書類失くしたって…クソ、一週間前から言ってたってのにあの野郎」
「あらら、ゴリラの飼育員さんは大変だねー。一週間ってか、ここんとこ毎日お妙んとこ顔出してた気がするけど」
「だろーな、最近朝礼でしか屯所で見てねーし。まあ自業自得だから遅れて怒られても知らねーけど」

 親仁に勘定と手で合図して、懐から財布を出す。
 意外とコイツは近藤の扱いが雑だ。大事にしているのはとてもよく分かるのに、コイツも沖田も時々酷く近藤に辛辣になる。そのギャップも、見ている分には面白いのだが。
 やってきた親仁と取り留めのない話をしつつ、土方はふいにチラリと銀時に流し目を送った。

「え。なに」
「いや。さっきよりは大分マシなツラになったな」
「えっ」

 煙草を銜えてニヒルに笑い、そう言って土方は帰っていった。

「はぁー、やっぱり男前だねェ」
「いや親仁、さっきからそればっかりだけどよォ。いくらツラが良くったってアイツの中身はただのチンピラニコチンマヨネーズだよ? ニコチンとマヨネーズの妖怪だよ?」

 素直に認めるのは癪なので軽口を叩くと、親仁はケラケラと笑う。優しい眼差しに、内心を見透かされているようでばつが悪い。視線を逸らして猪口に残っていた酒を煽った。

 分かっている。いい男だ、アイツは。
今日来たのだってきっと、銀時の様子を見るためだろう。どこか救われた気がしても純粋に喜べないのは、「鬼の副長」たるアイツこそよく分かるはずだ。忙しいだろうに、本当に、呆れるくらいのお人好し。鬼はどこへ行ったのやら。

「……ま、借りはいつか返してやるよ」

 ぼそりと呟くと、親仁が何か言ったかい? と作業している手元から顔を上げる。それになんでもないと軽く手を振って、銀時は笑みを浮かべた口元を猪口で隠した。

 許されるとも、許しを請うつもりもない。けれどそんな罪を背負っていても、やれることはあるのだとあの男は言った。同じ道を辿る者を導き、同じ過ちを犯させないようにすればいいのだと。
 全てを守ろうとして、全てを失ってしまった。それから約束に縋って生きて、何もすることがなかったから、何でもすることにした。
何も知らないはずなのに、あの時土方は佐々木と同じ「罪を裁く者」としてではなく、銀時と同じ「罪を背負う者」として立っていた。

 もしもこの先土方が、銀時と同じようなことになってしまったら。
 近藤か沖田達かを選べと言われてしまったら、土方は沖田達を選ぶだろう。近藤がそう考えていると、誰より分かっているから。
 でもその痛みはきっと、銀時にすら計り知れない。兄も惚れた女もライバルのような理解者も自分の一部すらも失って、それでもまだ前を向けたのは近藤という存在があったからだ。自分の命を捨ててでも守りたいと思うものがあることはきっと大きい。
近藤すら失ってしまったら、土方はどうなってしまうのだろう。兄の事件の後のように、また一人で立ち上がれるだろうか。銀時がお登勢や新八や神楽を失ってしまったら、もう二度と立ち直れる気がしない。
 あの光を消してしまうのは嫌だ。
 アイツには前を向いていてほしい。鋭い目に強い光を宿して、前だけを見て、決して後ろを振り返らないで。
 最期のその瞬間まで、大事なものの傍らで、刀を握っていてほしいのだ。
 だから、その時はきっと。



 そうして再び巡った二人が、互いに借りを返す返さないの喧嘩をするまで、あと。







・二人の話なのでお互いのことしか話していませんが、銀さんが白夜叉と発言できるようになったのは新八くん神楽ちゃん達の存在が大きいし、土方さんがいろいろ動けたのは近藤さんや沖田くん達のサポートがあるからです
・あと二人とも地の文ですら素直じゃないので認めませんが、銀さんが白夜叉宣言したのは土方さんのため、という理由が多少はあるし、土方さんも朝右衛門さんを生かした理由に多少銀さん達のため、というのがあります
・個人的解釈ですが、銀さんにとっての松陽先生→土方さんにとっての為五郎さん、銀さんにとってのお登勢さんや神楽ちゃん新八くん→土方さんにとっての近藤さんや沖田くん達だと思っていて、さらば篇は崖事案とわざと似せているのだろうけど、土方さん視点では四天王篇の方が銀さんの心情に近いのかなあと思いました



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