五年の夏






部屋の前の廊下に、ぐでぇんとした三郎が転がっていた。


「……何やってんだ」

「見てわからんか、へばっている」

「邪魔なんだけど。部屋に入りなよ」

「部屋が暑いぃ……」


夏真っ盛りなのだから仕方ないと思いつつ、面の皮が厚いから余計に暑いのだろうと三郎を部屋の中へ引きずる。
先輩と同級生ならともかく、後輩に見られると示しがつかない。今更な気もするけど。


「手ぬぐいでも濡らして来たら? 少しはマシになるんじゃない?」

「……頼む」

「……仕方ないなあ」


立ち上がって部屋を出る。
五年の中では三郎が一番季節に弱い。
夏は誰よりも暑がり、冬は誰よりも寒がる。春の花粉と秋の風邪も毎回被害に遭っている。
仕方のないことだけど、毎回ぐったりする三郎の面倒を見る僕くらいは文句を言ってもいいよね。


「あれ、雷蔵」

「おー。今日暑いなー」

「何やってんの?」

「「水浴び」」


井戸に行くとびしょ濡れの勘右衛門と八左ヱ門がいた。
確かに今日は水浴びをしたら気持ちいいだろうなあ。三郎も巻き込んでしまえたら良いのだけど、下手すると顔がめくれるとかで誘ってもたぶん来ない。
今更顔がめくれようが顔面がドロドロになろうが誰もなんとも思わないと思うけども、変なプライドがあるんだろう。


「雷蔵もやる?」

「いや、三郎が待ってるからやめとくよ」

「ああ、あいつまた引きこもってんのか」

「大変だね雷蔵も」

「今更だけどね。それより兵助は?」


肩を竦める勘右衛門に尋ねると、丁度向こうから兵助が歩いてくる。
勘右衛門と八左ヱ門がにやりと笑みを交わし、水を持って走り出した。
悪戯っ子二人、兵助も大変だなあ。


「へーすけえ!

「水遊びしよー、ぜっ!」」

「は、っぶ!」


びしゃっ! と勢いよく水をかけられ、兵助が水浸しになる。
濡れた前髪で目が隠れてちょっと怖い。
しかもそのままの状態で静かに怒るもんだから。


「おーまーえーらー……」


ちょっとしたホラーである。


「ひっ! ちょ、怖い! 兵助さん怖い!」

「おま、ちょっと洒落になんねぇぞ!」

「お前らがやったんだろうが!」

「「でっ!」」

「だ、大丈夫兵助……?」


びしょ濡れの兵助がびしょ濡れの勘右衛門と八左ヱ門をスパーン! と殴ったところで乾いた手ぬぐいを渡す。
頭巾をほどいて髪を拭きながら、兵助はにっこりと微笑んだ。


「ありがと、雷蔵。ついさっきスイカを頂いたんだけど一緒に食べないか?」

「え、いいのかい?」

「ああ、土井先生が委員会用にって持ってきてくださったんだけど、今日俺だけでさ。傷むといけないから持って帰って食べろって」

「なるほど。じゃあ遠慮なくいただくよ。三郎も呼んでいいかい?」

「いいよ。元々そのつもりだったから」


そのまま兵助は今日一番の笑顔を浮かべて勘右衛門と八左ヱ門を見る。
……毎度思うけど、本当僕の友達はイイ性格をしてるよね。


「お前らは水浴びしてるからいらないよな。これ以上冷えたら腹壊すもんな」

「えええっ!」

「そんな殺生な!」

「何が殺生だ! そのまま水浴びしてろ!」

「「許して兵助様!」」


さあっと青ざめた二人は濡れた髪を絞る兵助に縋りつく。
駄々をこねる子供か、と内心でつっこんで苦笑する。そんなに西瓜が食べたいのかお前達。


「あーもー、離れろ暑っ苦しい!」

「おれらも西瓜食べたい!」

「わーかった、分かったからもう!」

「「おっしゃあ!」」

「悪いな雷蔵、行こう」

「いやいや……大変だねえ、大きい子供が二人もいると」

「そっちの子供よりは楽だよ」


基本放任主義だから、としれっと僕の軽口に乗っかりつつ、兵助はぱたぱたと濡れた肩を手ぬぐいで払った。
確かに放っておいても風邪とか引かないだろうな二人とも。






――
いつ書いたのかすら覚えてない。たぶん去年の夏だろうね!



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