お子様豆腐の段 その後妄想



ヘムヘムの形をした豆腐を、キラキラとした目で見つめる乱太郎、きり丸、しんべヱ。
早く食べてくれと涙目になる久々知に、おばちゃんは少し申し訳なさそうな顔をした。

「久々知くん、悪いんだけど、これはちょっと難しいわ……」
「えっ。ダメですか?」

素直にガーン!という文字を背負う久々知におばちゃんは苦笑する。

「いえね、とっても可愛いし、味も悪くなさそうだけど……下級生全員分の飾り豆腐を作るのは、しんどいわねえ」
「あ……確かにそうですね。すみません。前に見た"お子様うどん"ならぬ"お子様豆腐"を作ってみたくて」
「ああ!」

あれから着想を得たのか。成る程、とおばちゃんは納得する。確かに子供向けのものを作るには良いヒントだ。

とはいえ、見た目は可愛く目を引くが、肝心の味はどうだろう。飾り豆腐ではなく普通の豆腐に変えて、子供たちは喜んで食べるだろうか。
久々知の豆腐は美味しく、町に売っている豆腐に比べれば断然下級生の子供たちも食べるが、せっかくなのでシンプルだけど美味しい豆腐料理を喜んで食べてもらいたい。
お子様豆腐は良いアイデアだと思うが、結局豆腐自体を生かしたレシピではない。それをどう久々知に説明しようかと考えていると。

「ふわ!? この豆腐、すっごく美味しい!!」
「ほんと!?」

ようやく端の方を一口食べたしんべヱが顔を輝かせ、それを聞いた久々知もパッと表情を輝かせた。
久々知の反応に神妙に頷いたしんべヱは、もう一度そっとヘムヘム豆腐の端を掬う。
そして一口。

「……久々知先輩の豆腐はいつもとっても美味しいけど、これはいつものよりすごく濃厚な味がします。おいしい〜!!」

周りの唐揚げやエビフライには目もくれず、今にもとろけそうな表情。あまりにも美味しそうに食べるので、乱太郎ときり丸もそっと豆腐の端を掬って一口食べる。
そして目を輝かせた。

「「おいしーい!!!」」
「豆腐ってこんなに美味しかったんだ!」
「すげーっすよ久々知先輩! これは売れます!!」
「良かった〜! いやあ、なかなか食べてくれないからハラハラしてたんだよ〜」

嬉しそうにニコニコ笑う久々知に、おばちゃんは不思議そうな顔をする。

「いつもの豆腐じゃないの?」
「はい!」

久々知は悪戯っぽく笑った。

「塩豆腐って知ってますか? 豆腐の塩漬けみたいなものなんですけど、豆腐が水抜きされてぎゅっと濃厚な味わいになるんです」
「へえ! そんな料理があるのね」

ヘムへムの顔が崩れるのをもったいなさそうに、それでも美味しいから食べたい、という葛藤を抱えながらちびちびと箸を進める三人に、おばちゃんもようやく笑みを浮かべた。

「それなら出来そうだわ。下級生用の豆腐メインの料理はそれにしましょう」
「飾り豆腐じゃないですが、味見しますか?」
「あら、いいの?」
「簡単にできますから、是非!」

そうして言った通りすぐに塩豆腐を持ってきた久々知に礼を言って、おばちゃんも食べる。

「あら美味しい!」

下級生はもちろんだが、これは上級生や教師陣も喜びそうだ。付け合わせは何が良いだろう。この豆腐をメインにするような付け合わせがいい。
お子様豆腐の付け合わせのように唐揚げ・エビフライ・卵焼きで良いだろうか? しかしこれは久々知の飾り豆腐がなければ意味がない気がする。

「これはどれくらい応用が利くの?」
「普通の豆腐みたいに使って大丈夫ですよ。野菜や肉と炒めても美味しいし、麻婆豆腐にしてもいいし。教えてくれた方は、塩豆腐を揚げるのも美味しいと仰っていました」
「それいいわね!」

それならがっつりメインにしても良さそうだ。それと野菜多めの豚汁に漬物、簡単なサラダをつければ立派な定食になる。

「やっぱり久々知くんに頼んで良かったわ! ありがとう、早速作ってみるわね!」
「そう言っていただけて良かったです!」

輝く笑顔におばちゃんもニコニコと笑う。
しかしそんな二人に対して、えー!と不満そうな声。上げたのは乱太郎、きり丸、しんべヱだ。

「じゃあ、このお子様豆腐はもう食べられないんですか!?」
「ヘムへム豆腐、すごくかわいいのに……」
「みんなにも見てもらいたいです……!」

とはいっても、久々知もおばちゃんも下級生の分全員の飾り豆腐は作れない。労力だけならなんとかなっても時間がない。
困ったように顔を見合わせる久々知とおばちゃんだが、すぐにおばちゃんがそれなら、と手を叩く。

おばちゃんの提案を聞いた乱太郎、きり丸、しんべヱは、元気な歓声を上げた。





***





『30食/3年生以下限定・お子様豆腐有ります』

夕刻の食堂には、そんな張り紙が書いてある。
その張り紙を見た下級生は興味深げに、上級生や教師は苦笑いをして。しかし、恐らく彼らが思い浮かべた生徒は食堂にはいなかった。

「おばちゃん、お子様豆腐って? また久々知の?」

ひょこりと顔を覗かせたのは山田伝蔵。山田は大方の経緯を悟って、しかし張本人がいないことに不思議そうな顔を浮かべている。
おばちゃんは悪戯っぽく笑う。

「そう、久々知くんが考案したんだけど、量産はちょっと難しくてね。でも試作品だけじゃもったいないって乱太郎くん達が言ったものだから」
「へ? 乱太郎達が?」

素っ頓狂な声をあげる山田におばちゃんが返事をする前に、だだだっと件の生徒達が食堂に走り込んでくる。

「「おばちゃん、お子様豆腐ください!!」」
「はいよ!」

山田が驚いて振り返ると、なんとは組11人が全員揃い、全員がお子様豆腐を注文していた。

「お前達、そんなに久々知の豆腐好きだったっけ?」

驚いたまま言えば、しんべヱがニヤリと笑った。

「今回の先輩の豆腐は、ひと味違うんですよ……」
「そう、食べるのももったいないくらいに……」
「先輩が僕たち下級生のために考えてくれた豆腐なのでね……」

しんべヱに続くように乱太郎ときり丸も不敵な笑みを浮かべてかっこつける。その3人の後ろでは他のは組の子達がワクワクとした表情で待っており、山田は苦笑を浮かべた。

「そうか……まあ、久々知の豆腐は美味しいものな」

ひと味違うという豆腐も食べてみたいが、今回は食べられないようなので仕方が無い。
が、焼き魚定食を注文しようとする山田に、おばちゃんがあら、と声をかけた。

「やあねえ、見てないの? 豆腐定食はあるのよ?」

今日の豆腐はひと味違うわよ。
しんべヱと同じようにニヤリと笑うおばちゃんに、山田はすぐさまその豆腐定食を注文した。

「「うわあ……!」」

お子様定食を見た面々は、みんながみんな感嘆の声を上げる。それはそれを食べられるは組の生徒達だけではなく、近くに座る上級生や、教師達、くのいちまでも。

「すごい!」
「かわいい〜!」
「器用なもんだな……」
「久々知あいつ、こんなのも作れるのか……」

ヘムへムの形に作られた豆腐に、それを彩る唐揚げ、エビフライ。ご丁寧に卵焼きはハートの形で可愛らしい。
久々知の豆腐はここにいる全員が食べているが(なんせ時折おばちゃんに提供するので)、こんなに細やかな形も作れるのか。すごいすごいと注文した本人も周りの生徒達も騒いで、一人の二年生がハッと食堂のおばちゃんに向かって声を張り上げた。

「私もお子様豆腐食べたいです!」
「ぼくも!」
「ぼくもお願いします!」
「はいよ!」

そうして、お子様豆腐はすぐに完売した。

「ほう! これ豆腐なのか」

一口食べて驚いた声を上げたのは、豆腐定食を注文した山田である。その前の席で焼き魚定食を食べていた食満は、一口大に揚げられたものに驚く。

「今日の豆腐定食ってそんなやつなんですか!?」
「おお。しかも美味いぞこれ! 揚げ物なのにさっぱりしてて……豆腐の味がすごく濃厚だから、これだけでも酒とやったら美味そうだな」
「くっ……食べられない生徒の前で美味しそうに言わないでください……豆腐定食頼めば良かったって思っちゃったじゃないですか……」
「いやあ、すごいなあ久々知は。いつもの豆腐も、アレンジした豆腐もこんなに美味いなんて」

山田の評価に、お子様豆腐を見て惚れ惚れしていた生徒達もちびちびとヘムへムの端っこを食べ、次々に目を輝かせる。
勿論、豆腐定食も一気に完売。おばちゃんも喜びつつ苦笑いだ。

「でも兵助、今日は食堂にいないんだな。新しいレシピができたときは大抵こそこそ伺ってるのに」

きょろきょろと食堂を見渡して言うのはおでん定食を頼んでいた竹谷だ。おでん定食を頼んでいるが、隣に座る伊賀崎がお子様豆腐を見事頼めたので少しだけ貰ったようだ。

「ああ、久々知くんは……」

竹谷の疑問に食堂のおばちゃんが答えようとしたとき、ちょうどその本人が帰ってきた。空になった膳を持っている。どうやらどこかに届けてきたらしい。

「戻りました〜」
「あっ、久々知くん。見事にどっちも完売よ」
「ほんとですか! 嬉しいなあ!」
「久々知先輩っ! すっごくかわいいしすっごく美味しいです!」
「またこのお豆腐食べたいです〜!」
「ありがとう!」

嬉しそうにぽわぽわと背後に花を浮かべる久々知に上級生や同級生達は苦笑いしつつ、それでも豆腐が美味かったのは確かなので後輩達と一緒に賛辞を送った。
こいつは忍者より豆腐屋の方が向いているんじゃないか……とは、もう、今更な話だ。

「どうだった?」
「大層喜んでくださいました。持って行って正解でしたね」
「そうでしょう。お子様うどん、食べたがってたからねえ」
「"お子様"シリーズで作ってもらいたいってわがまま仰ってましたよ」
「なあにそれ? "お子様おでん"とか"お子様そば"ってこと?」
「そういう感じらしいです」

久々知と食堂のおばちゃんが談笑している姿はもはや珍しくない。こっそり久々知が食堂のおばちゃんを継いでくれないかなあ……と思う教師もいるほどだ。口に出しては言わないが。教師なので。
普段なら二人の会話の内容なんて、またどうせ豆腐の話だろうと誰も気にしない。が、今回は久々知が注目されていたので自然と食堂にいる面々の耳に会話の内容が入ってきた。

「そんなにお子様なになに、って気に入ったのかしら」
「お子様うどんを食べられなかったのがよっぽど悔しいんじゃないですか?」
「もうお子様って歳でもないのに、全くあの人は……」
「あはは……でもちょっと、食べたくなる気持ちも分かりますけどね。食べられないってなると余計に」
「まあ、それはそうねえ。限定ってついてると欲しくなるものねえ」
「あ。限定といえば、厚揚げが美味しい豆腐屋さんのお隣にある和菓子屋さんで、期間限定の栗羊羹が売っているらしくて……また行かないか、とお誘いです」
「また? 久々知くんも行くの?」
「ぼくはほとんど強制ですよ……お忍びで行くって言われたら断れません」
「あはは、それなら私もお供しましょ」
「ありがとうございます」
「それにしても、ほんとに大人げないわねえ、

学園長先生は」

全員が食べていたものを吹き出した。





――
今日の久々知回も楽しかったです!
いやなんか、味を気にしていたのが珍しいな〜とふわ〜と思って、調べたら塩豆腐というものがあるとのことで、いつもと違う味にしていたのなら味を気にしていたのも納得いくな〜とふわ〜っと書きました。(ふわ〜しか言ってない)
まあいつもの豆腐だったとしてもそれはそれで久々知らしいかなと思うのですが

いやそれよりも、なんで学園長出した?っていう、あの組み合わせが謎すぎてめちゃめちゃ萌えたんですよね。えへへ
たぶん久々知いるから学級はいないんじゃないかと思うんですが、あのトリオの護衛してたらしてたでめっちゃ面白いよね。学級二人ともなんで?って言いながら護衛してそう

追えないくらい呟きあったのにトレンドに入らなくて悔しかったのでがーって書きました
どうやら検索避け+久々知推しリアタイ勢が少なかったみたいです。残念。

塩豆腐は濃厚にできるとチーズみたいな味わいになるとか。今度やってみようと思います



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