46巻その後の五年生の話

*とても個人的な解釈の一つ





「うるさい!! お前はそのままずっと雷蔵だけ見てればいいだろバーーーーーカッ!!!!」

「ちょっ、兵助!!!」

「子供かお前は!!」

「三郎……」

「……、」


中庭には呆然と久々知と尾浜の去った方を見る鉢屋と狼狽える不破と竹谷、事態を把握できていないほとんどの生徒が残された。


「「え、何事?」」





タソガレドキ領からファッションショーの体でするっと学園に戻り、ようやく人心地つけたと思った矢先のこと。
ずっと穏やかに後輩達と話していた五年生が、急に喧嘩を始めた。内容は聞こえなかったものの、どうやら久々知が鉢屋に対して怒っている様子だった。もし手が出るようなら止めた方が良いかと成り行きを見守っていたら、久々知が捨て台詞を吐いて走って行ってしまった、というわけだ。

しかし五年生がこんな目立つところで喧嘩をするのも珍しければ、その渦中にいるのが久々知というのも珍しい。優秀、優等生などという良い噂は聞くが悪い意味で目立つような印象はない。


「おいおいどうした? お前らが喧嘩なんて珍しい」

「あ、食満先輩……」

「めちゃくちゃ力の籠った『バーカ』だったな! お前ら何したんだ?」

「やったのは三郎と八左ヱ門だけですよ!」

「まあまあ落ち着いて、とりあえず移動しようよ」


伊作の言葉に、ようやく残った三人は後輩達が不安げに見ていることに気付いたらしい。
ごめんね、大丈夫だよ〜と苦笑しつつ、それぞれに後輩達を帰した。みんな不安そうな表情だったが、最終的には伊作と雷蔵の柔和な笑みに安心したように去って行く。
全員を見送って、私達もゆっくり話せるところへ移動することにした。





「で?」


結局やってきたのは私達の部屋。一番物が少ないから、という理由らしい。まあ九人もいるのだから仕方ない。やれやれ。

連れてこられた三人は困ったように顔を見合わせて何事か視線で会話したのち、竹谷と不破が意を決したように顔を上げた。鉢屋はまだ悄然としている。よほど久々知に怒鳴られたのが堪えたらしい。
しかし鉢屋がここまで落ち込む様子など初めて見た。愉快だ。


「悪いのはぼく達なんですが……」

「雑渡昆奈門さんとの対戦の時に、三郎が兵助を押しのけたじゃないですか」

「そのあとぼくの毒虫を浴びちゃうし……」

「それで余計に兵助も機嫌が悪かったんだと思うんですが、三郎がそれをからかっちゃって……」

「兵助も最初はいつも通りだったんですけど、段々イライラしだして……対戦の時に三郎が兵助を押しのけたことを言い始めて……」

「ああ、それで“ずっと雷蔵だけ見てればいいだろ”なのか」


納得して頷くと、不破と竹谷は苦笑する。

雑渡昆奈門と五年生が対戦した時、不破がやられてからすぐ出ようとした久々知を、鉢屋が押しのけて邪魔した。その後不破と鉢屋以外の三人は時間がないからとひとまとめに相手されてしまい、竹谷の投げた虫壺に久々知の投げた焙烙火矢が当たって虫が全体に降り注ぐという最悪な展開になってしまったのだ。
確かにそのことをからかわれたのなら久々知が怒るのも無理は無い。そもそもの原因は鉢屋なのだし。
とはいえ。


「珍しいな。久々知はあんなに怒鳴る奴だったか」

「確かにね。君達やタカ丸を叱ったり、八左ヱ門と殴り合いの喧嘩をしたりしてるところは見たことあるけど、場は弁えてる子だもんね」

「……斉藤はともかく“君達”って、五年は久々知に叱られてんのか」

「そういえばこの間、お前達久々知の部屋の前で正座させられてたな!」

「「アレは三郎と勘右衛門が悪ノリして!!」」

「……お前達も悪ノリしたから一緒に正座させられていたんだろう」

「「うっ……」」

「久々知はどういうポジションなんだ……」

「先生みてーなことしてんな」


呆れたような文次郎と、苦笑するしかない留三郎に、三人はいたたまれないのか小さくなっていく。このままからかうのも面白いが、今はそれよりも久々知とのことを解決する方が先か。
鉢屋三郎が悄気る珍しい姿を見られただけで良しとしよう。


「まあそれなら、鉢屋が謝れば解決するだろ」

「そうだね。暫くは機嫌悪そうだから落ち着いてからね」

「そ、うですね……」

「それにしても、鉢屋が久々知に怒られてそこまでしょぼくれるとはなあ」

「…………しょぼくれてません」

「声ちっさ」


鉢屋は不破達が説明しているときに、地蔵の顔になって縮こまっていた。表情を取り繕えないほど落ち込んでいるからその仮面なのだろうが、声にも覇気がないのでまるで説得力がない。
呆れていると、不破と竹谷が顔を見合わせて溜息を吐いた。


「今回は三郎が悪いよ」

「……」

「まあおれも悪かったからな、あとで一緒に謝りに行こうぜ。兵助の奴も今は頭に血が上ってるだろうけど、落ち着いたら許してくれるって。な?」

「……」


黙ったままだったが、鉢屋は小さくこくりと頷いた。不破と竹谷は顔を見合わせて笑う。
三郎弟みたいだな、雷蔵と八左ヱ門保育士みたいじゃね? という留三郎達の言葉には同意しつつ、こちらも顔を見合わせて笑った。



そうして五年生はお邪魔しました、と礼儀正しくお辞儀をして帰っていった。
暫く黙っていると、遠くから「へーすけ機嫌直った?」「まだだめー! さっき高野豆腐バリボリ食ってたー!」という竹谷と尾浜の会話が聞こえてきて思わず揃って吹き出す。


「久々知の方は豆腐の食べ方に機嫌が出るのか…」

「さすがは豆腐小僧……」

「豆腐小僧っていうのさ、アイツそんなに豆腐好きだったっけ? 全然そんな印象ないよな?」

「運動会でバトンが豆腐だったのが発端だろう……だが確かに最近は豆腐を食べている姿をよく見る」

「そういえば昨日も食堂のおばちゃんとどこそこの豆腐は美味しいとかいう話をしていたな」

「豆腐小僧って言われ続けて豆腐好きになっちまったのか?」

「それか、斎藤の影響で何かしら思うところがあったのかもしれん。斎藤も久々知の影響で、最近は随分と鍛練の頻度が上がってきたと聞く」

「ふーん……最初はどうなるかと思ったが、火薬は存外うまくいっているようだな」

「まあ元々あそこは仲良かったからな。おれはあんまり心配してなかったぞ」


それから他の五年生の話で一通り盛り上がってから解散した。

翌日。五年生はいつものように仲良く朝食をたべていて、お騒がせしましたと久々知自ら謝りに来た。
後輩達にも随分心配させてしまったと声をかけてくる子達にへにゃっと困った顔を見せていたが、鉢屋に対しては未だ当たりが強かったように思う。
鉢屋も強くは出られないのか、暫くは久々知に頭が上がらなさそうだ。



騒動にもならない些末な話。
だがこの一件が、五年生の印象操作の一貫だと。

気付いたのは随分、後になってからのことだった。








*****
五年生の反省会。


「おー、おかえり」

「っておい。ちゃんと機嫌悪く高野豆腐食っとけよ豆腐小僧」

「えー。おれ怒りって持続しないんだもん。高野豆腐美味しくて機嫌直ったってことでいいだろ」

「めちゃくちゃ単純な男ということになるがそれでいいのか君は……」

「つーかさあ、アレでよかったのか?」

「いいだろ。おれら三人とも手の内は明かさずにすんだし」

「誰の実力も露見しなかったし」

「おれと雷蔵、兵助の弱点を印象付けることもできたしな」

「はは、まあ僕の弱点は本当なんだけど……」

「何を言う、迷ってこその雷蔵だろ!」

「実践ではそう迷わないから大丈夫だって。咄嗟に判断できるようになれば、雷蔵の思考力は武器になるんだから大切にしないと」

「つーか三郎の弱点が雷蔵なのも本当じゃん。いいのか?」

「構わん。私は雷蔵を信じているからな」

「……ああそう」

「兵助の弱点はアレで良かったの?」

「アレなー。火薬委員会なのに焙烙火矢の使い方がヘタっていう。確かにちょっと不自然じゃない?」

「ん? 焙烙火矢というか投擲がヘタ、じゃないのか?」

「あ、そっち? 確かにそれなら不自然じゃないかも……?」

「あんまり考えてなかった。とりあえず弱点があると思われればいいかなって適当にやったんだけど」

「お前時々すごく雑だよね」

「最初から全くやる気なかった勘右衛門には言われたくないなあ」

「やる気はありましたぁ! 武器出す前にお前らが暴走したんだろ!」

「まあまあ、なんにしたって大丈夫だろ。兵助の切り札は"苦手なものが無い"だからな」

「どう取られてどう弱点を突かれても意味無いもんね」

「…ま、それもそうか」

「おれのことより三郎、お前の方こそ良かったのか? 得物も変装の腕も弱点も明かしてしまって」

「構わんさ。変装のことは既に広まっているし、実力がバレたわけでもない。……というか、一番危ないのは君だぞ兵助。やっぱり君があの場で怒るのは先輩方も疑問を持っておられた」

「そうそう、しきりに意外だって言ってたよな。そっちからバレたら意味ねーよ」

「まあ、説明したら一応納得はしてくれたけど……大丈夫かい?」

「それはだいじょーぶでしょ。あの喧嘩の目的は一つじゃないんだし」

「え? 三郎の変装の腕から目を逸らさせるためじゃないのか?」

「確かに、"雑渡さんにやられた一瞬で雷蔵の怪我まで真似する三郎の変装への執念"から意識を逸らさせることも一つだ。そしてもう一つは、“おれたち”への意識も逸らすこと」

「おれたち?」

「……つまり、あの一戦から意識を逸らしたってことだね? 武器も実力も出していないことに気付かせないまま、みんなの五年生への意識を“雑渡さんと戦ったこと”から“喧嘩している状態”に塗り替えたわけだ」

「そういうこと。それからあともう一つ、この先への布石だ」

「どういうことだ?」

「兵助が三郎に怒ったお陰で、五年生のパワーバランスが別のように取られるだろって話。今までは"天才・鉢屋三郎"ばっかりが一人歩きしていたからな」

「……なるほど。じゃあこれでようやく、兵助がリーダーと言ってもいろいろ言われなくなるのか」

「すぐには無理だろうけどね。でも今なら、三郎は兵助に強く出られない」

「……一週間後の全体演習か」

「その通り! おれらの班で一番取るよ!」

「よし。いい加減、おればかり注目されて兵助が割りを食うのは腹が立っていたからな」

「それね! なんっかいうちの兵助が三郎と比較されて貶されてきたことか!!」

「比較だけなら君達全員そうだろうがな……」

「まあね、どうしたって“天才”の名前は有名になっちゃうから。……でもやっぱり、いつもトップ争いしているぶん三郎と兵助が比較されて貶められることが多かったよ」

「だな。またコイツが何も言わねえから、四年生…どころか先生の中にも"兵助は三郎より劣る"と思ってる奴がいる」

「それ自体はどうでもいいけど。……ちょっと牽制しておかないと、いざって時に侮られて指示を聞いてもらえないのは困るからね」

「火薬委員会委員長代理の注意ならなおさらね」

「そういうこと」

「ぃよっし! さて、いいか諸君。
得物を見せるのはまだ先だ。一週間後は兵助をリーダーに動き、おれたちで手柄を総取りする」

「そして本気を出さない程度に、少しずつ実力を示していく。だが切り札は取っておけ」

「時々弱点も見せておくこと。学園の生徒以外の者がいる場では特に」

「目立つものは目立たせろ。他の城に届くほど」

「――そして来年までに、おれ達の立場を確固たるものにする」



実力を見せたいわけではない。
評価されたいわけでもない。
評価されないことが、すなわち忍としての評価だからだ。

先輩達や教師達に認められたいと思う、その気持ちがないとは言わない。
しかし一番大切なことはそこではない。

今までずっと、天才・鉢屋三郎を隠れ蓑にして生きてきた。そのまま卒業すれば良いと思っていた。

けれどそれでは駄目なのだ。

今の六年生が卒業したあと。自分達が頼れずに実力のない生徒のままでは、学園に危険が及ぶことは必至。
だからこそ、実力を示しておかなければならない。
評価されておかねばならない。

手の内をすべて明かす必要はない。
ただほんの少し。
後輩達には舐めてかかると痛い目に遭うと思わせる程度に。
先輩達には食えないが安心できると思ってもらえる程度に。
少しばかり、学園を狙う城への牽制になるように。

さあて、まずは手始めに。
我らの長が誰なのか、みんなにきちんと示しておこうか。







――
軽い小話を書くつもりがこんなことに……まあいいか
「迷ってこその雷蔵」はミュ、「苦手なものが無い兵助」は火薬ドラマCD(?)から
ドラマCDの方はだいぶ記憶曖昧なんですけどもなんかそのようなことを言われていた記憶が…ついったで調べたから夢ではないはず

いやなんか、こんな解釈も面白いかなって……
六年生は明らかな演技だったら気付くけど、対雑渡戦の何割かは本当だし、兵助と三郎の喧嘩も大げさに怒っただけで本心に近い言葉ではあったので気付けなかった感じ
(好戦的なので押しのけられたことと、三郎が雷蔵ばかり気にしていたことに(危ないので)怒っていたのは事実)(三郎がそれに気付いて落ち込んでいたのも事実)(兵助が本気で怒ったことと三郎が本気で落ち込んでいたことに同組達は気付いたけど、その明確な理由までは分かってない)
雑談する程度には関わりもあるけどそんなに五年生のことを知らない六年生ということで一つ
しかし先生は最初から最後まで気付いています



ちょっと五年生のリーダーの話をば。
リーダー=組織のトップ、というわけではないのですが、細かくわけていくとめんどくさいので今回はリーダー=総大将(長)として書きますね

五年生の「リーダー」の個人的な解釈としては、
・いろいろな経験を積むため、五年生のみのあまり危険を伴わない実習や演習ではくじ引きかローテーション
・52巻のように後輩がいる(大きな責任を伴う)、危険度が高い場合は兵助
という感じです

学級二人はもちろんのこと八左ヱ門も雷蔵も、五年生にまで上がればみんな、総大将として動くことはできると思います
ただ兵助は真面目かつ堅実ゆえに信頼できるし(52巻のようにリーダーが持つ物があるなら尚更)、今までの原作・アニメ・ミュを見た感じだと「よく周りを見て、正しい方向へ導き、まとめる」ということを自然としている
五年ドラマCDやミュ8弾あたりで顕著なのですが、喧嘩しても仲裁するし、ノリも良いし、自分が大変な時でも仲間を気遣える
忍務や実習でもあまりペースが乱れないタイプで、久々知がいれば五年生はまとまる

前線に立って鼓舞して引っ張っていく、というと少し久々知のイメージとは違うので
まとめ役、責任者、という感じのリーダーかな
原作見てて、五年でも火薬でも久々知じゃなくて周りが考えて動いている印象が強いのですが、それでも周りにリーダーだと認識されているわけなので

ミュとか見てなんとなーく久々知のリーダーとしての素質みたいなものが分かってきた感じがするので、また久々知的リーダー論リベンジはやりたいです




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -