祓い屋久々知と式神犬猿2

*「2」と書いてありますが話は繋がってません。世界軸が同じだけです
*犬猿が妖怪
*兵助が犬猿呼び捨て







月も眠る新月の夜。
星一つ無い真っ暗な森の中で、一人の男が追い詰められていた。
服も髪もボロボロで身体の至るところにかすり傷が出来ている。
半分泣きそうになりながら、男は自分を追って来る影を見上げた。


「ひいぃっ!」


そこにいたのは、男が乗れそうなくらいの物凄く大きな白い虎。
静かに佇んでいるだけでもその迫力は凄まじく、男はがくがくと身体を震わせる。
やけに美しい毛並みと不可思議な隈取があることに目を配る余裕もないのか、必死に逃げる道を模索していた。


「おいおいへーすけ、本当にこいつが魔封じの札を剥がして回っていた男なのか?」
「そうですよ。微かすぎてあなたには感じ取れないかもしれませんが、邪悪な気が漂っています」


ふと二人の男の声が森に響き、男はハッと視線を移す。
着物を片腕だけ脱いでいる目つきの恐ろしい男と、狩衣を着た優しげな雰囲気を纏った男が木の上に立っている。
二人が白虎に対して何も言わなかったことに気付く余裕もなく、男は焦った声を張り上げた。


「おい! た、助けてくれ! 食われちまう!」


すぐに助けようとしてくれるはずだ。
そう思っていた男に反して二人は顔を見合わせる。
心なしか兵助と呼ばれている男が悲しげな顔をした気がした。


「反省の色は無し、ですか……」
「まあ、仕方ないんじゃねえか?」
「そうですね……でも、文次郎だけに負担をかけるのもどうかと思うんですよ」
「いやあ、たまには仕事させねえと身体が鈍るぜ? あいつも年だからな」
「留三郎」


兵助が窘めると、威嚇するように白虎が留三郎の方を向いて咆哮する。
男がひぃ、と身を固くさせたが、兵助はそちらを見向きもせずに白虎に苦笑を向けた。


「大丈夫ですよ、文次郎はまだまだ若いですから」


その言葉に白虎は困ったようにぐるるると唸る。
留三郎は呆れたような視線を兵助に向けた。


「お前に言われても慰めにしかならねえよ」
「?」
「……ああ、うん。お前そういうところ天然だよな」


諦めたように笑う留三郎に、白虎も同意するように唸った。


「さーて、俺も加勢すっか」


きょとんと首を傾げる兵助の頭をぽんと撫で、留三郎は軽く伸びをすると木から飛び降りる。
助けてもらえるのかと表情を明るくさせた男。
その希望を打ち砕くように、留三郎は勢いよく男の胸倉を掴む。男の悲鳴は聞こえない振りをした。


「お前、ここから東にある屋敷の地下牢に貼ってあった札を剥がしただろ」
「は、あ……?」


低い声と恐ろしい形相に怯えながらも、男は話の内容が理解できず口をぽかんと開ける。
猛獣に襲われていたと思えば怖い男に札がどうのと言われる。白虎は留三郎には見向きもせず、男から目を逸らさない。


「貴方が剥がした札は『魔封じ』と言って、読んで字のごとく魔を封じている札だったんですよ。ああ、分かっていて剥がし回っていたのでしたか」
「……あ、ああ……あの札か。魔封じったって、そんなモン迷信だろ? 偉い坊さんが書いたってぇから高く売れると思って……」
「てめェ、まだンなこと言うか!」
「ひぃっ!」


ぐっと首を詰めて凄む留三郎に、白虎も加勢するように低く唸る。
兵助は眉を寄せてから目を伏せると、静かに、しかし妙によく透る声で。


「禍が迫ってきている」


留三郎と白虎が同時に顔を上げた。
二人の視線の先を追えば、そこにいたのは――黒い、蠢く“もの”。


「な、なな、なん、」


姿形があるわけではない。
けれど確かに“何か”がいる。
森を、まるで自分達を囲むように、“それ”は蠢いている。
ざわり。
見ただけで良くないものだと分かる“それ”に、ぶわりと全身に鳥肌が立った。


「文次郎、その方のこと頼みますね」
「放っときゃいいのに。人間は痛い目見て成長するんだろ?」
「死んでしまったら元も子もありませんよ」


とん、と身軽な動作で木から降りた兵助は、手をぼきぼきと鳴らす留三郎の隣に並ぶ。
もはや声すら出せない男の様子を見て、白虎は溜息を吐いたようだった。
その白虎に留三郎が笑う。


「文次郎も護衛は嫌だってさ」
「ふふ、あなた達は闘うのが好きですからね」
「全力が出せるのは久々だからな」
「ほどほどに、ですよ」
「わぁってるわぁってる」


楽しそうな留三郎に苦笑して、兵助は懐から札を二枚取り出した。
かり、と親指を噛み、血で札に梵字のようなものを書きつける。
封じ直すための札だ。


「どうぞ」


兵助の言葉に留三郎がにやりと笑う。
そして次の瞬間、


――閃!


情けない声を上げた男は、そろそろと上空を見上げて目を見開く。
一瞬だけ光った暗雲の中、その影は見えた。


「ぁ…ああ……!」


巨大な蛇のような、細く長い姿。
しかしそれは蛇ではなく。


(龍…ッ!?)


そんな伝説上の生き物の名前が頭に浮かぶ。
一切信じていなかった物の怪の姿。夢では無く、紛れもない現実にそれは存在していた。
腰が抜けた男をよそに、龍は暗雲の中でうねる。
あちこちで光っている雷が、大きな音で“禍”を威嚇する。男を狙うようにぞわりと蠢いていた“禍”は、邪魔だとでも言うように暗雲の方へ向いた、ように男には見えた。
しかし龍は嘲笑い、“禍”の上空を光らせて挑発する。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」


声も出せずはくはくと口を動かすだけの男の耳に、低く囁くような声が届く。
そして兵助が、ゆっくりと目を開いた。


「   !」


兵助が叫んだ言葉と、龍の起こした雷の音が重なる。
そのあまりの轟音と眩しさに男の意識はそこで途切れた。男が覚えているのは、兵助の一喝に怯えるように逃げ行く“影”と、耳を劈くような、“誰か”の叫び声だった。










「聞いたか? 最近ここらで噂になってた、お札とか観音様とか盗んでた泥棒。何をトチ狂ったのか、金楽寺の和尚さんに弟子入りしたんだと」
「へーえ、どういう心境の変化だ?」
「さあなあ」
「案外本当に仏様が怒ったのかもね」
「あはは! そりゃおもしれーな、罰が当たって出家とは」


朝の食堂では、出家した元泥棒の話で持ち切りだ。
その中で三人だけが真実を知っていることには、誰も知らなくて良いこと。


「ねえ兵助、お前はどう思う?」
「ん?」


兵助は朝食をぱくりと口に入れて、からりと笑った。


「信じていなかった物の怪に、命を助けられたのかもね」









――
すいません途中まで書いてずっと放置してたものです。
犬猿の正体と三人の仕事中だけ書きたくて見切り発車で書いたはいいものの、あとオチだけどうしたもんかと思って放置してたんですが、結局こんな話になりました。

虎(文次郎)と龍(留三郎)。公式的にはたぶん逆なんでしょうけど、私はこっちのイメージなんだよなー……まあもう続く予定はないからいいでしょ! という。(?)
あと久々知はその道ではとても有名な一族の嫡男だけど変わり者でーみたいな、こういう話では王道の裏設定がありました。ちなみに文次郎がずっとこの一族に仕えてる妖で、留三郎は悪鬼になりかけて兵助に救われた妖。という王道の裏設定がありました。
それと封じる時の言葉、探してみたらいろいろ封じるための言葉ってあったんですが、結局これが一番分かり易いかなーと思って。意味はないです。てかたぶん意味違うよね? ごめんなさい適当。



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