I need you.
*擬人化っぽい
そして七年。
取り戻した大切な人達と再び笑い合えること。
日常の中で出会える大切な人達と過ごせること。
どれもが、自分自身の大切な幸福。
I need you.
仕事に慣れてきた八左ヱ門や既に部下を持っている雷蔵と三郎を横目に見つつ、俺と勘右衛門は無事に仕事に就くことができた。しかもなんと、勘右衛門は京都の会社に行ってしまった。言わずもがな、木下先生を追ったのだ。
先生と再会した時にはそんなことになるような気がしていたものの、やっぱりすぐに会える距離じゃなくなったことは少し寂しい。まあ二日に一度は電話する仲なのだけど。八左ヱ門が嫉妬するレベルで俺と勘右衛門と木下先生は連絡を取り合うようになったのだけど。良いのか悪いのか。
で、俺はというと。
「久々知先輩、表の掃き掃除頼みます」
「ああ、豆腐味噌仕舞っといてくれ」
「はい」
孫兵の豆腐屋に就職した。
というのも。この店は元々孫兵の祖母がやっていたのだが、腰を痛めてしまってもう店には立てないらしい。突然店仕舞いするのも常連さん達に悪いと暫く孫兵が祖母に教わりながらやっていたと。
だが店を畳むのは惜しい、という声が常連から上がっている。上、孫兵もこのまま店を存続させたいという気持ちに揺れていた。
そんな時に俺達と再会した、そうだ。
俺としてもこの店を潰すのは惜しい。八左ヱ門と同棲を始めるまではよく世話になった店だし、何よりここの豆腐は本当に旨いから。
一も二も無く、俺と孫兵は手を組んだ。
「試作品もそろそろ良い感じに冷えてるだろ」
「そうですね。ジュンコも来る時間ですしちょうどよかった」
「家で作ったから八左ヱ門も来るかも」
顔を見合わせてふふっと笑う。
店の二階が孫兵の家になっていて、俺は時々そこを借りて豆腐料理の試作品を作る。まあ家で作って冷蔵庫だけ借りることの方が多いけど。
でもこれがなかなか好評で、孫兵の祖母――つまりは先代店主にも感謝されている。
そしてこうして孫兵と品評会を開くと、どこからともなく食べにやってくるのが。
「こんにちはー」
「よっ。そこで数馬拾った」
「拾われましたー」
「「いらっしゃい」」
八左ヱ門と数馬。そして――“ジュンコ”さんだ。彼女が背負うリュックの中には、赤い蛇の“ジュンコ”もいる。
正直未だにこの一人と一匹のことはよく分からない。人間の“ジュンコ”さんは孫兵と幼馴染で恋人未満な関係、だというのはジュンコさん本人から聞いたが。
気にならないわけではないけど、八左ヱ門達が気にしていないようなので俺も気にしないことにした。人間だろうと蛇だろうと、孫兵が大切にしているのは違いないのだから。
「今日は何作ったんですか?」
早速二階に上がって、それぞれが慣れたようにローテーブルを囲んで座る。
勝手知ったるなんとやら。わくわくしながら聞いてくる数馬に、俺も笑って冷蔵庫から試作品を取り出した。
「じゃーん」
「プリンだ!」
「すげーな! 豆腐入ってんのかこれ」
「当たり前だろ。豆腐プリン、味はプレーン、チョコ、マンゴー、黒ゴマだ」
「なんとも言えないバリエーションですね」
「それはこれから考える」
たまたま家にあった使えそうな食材がそれしかなかったのだから仕方がない。
そう返すと、孫兵に「そういう思い立ったら即行動なところ嫌いじゃないです」と分かりにくいしたり顔で笑われた。同僚なせいか、昔よりも距離が近くなった気がする。その分遠慮がなくなったとも言うけれども。
毎度のことながら、今回の試作品も反応は上々。早速孫兵と商品にするためにあれやこれやと話を詰める。
そんな俺達を三人は楽しそうに面白そうに見ていて、穏やかに時間は過ぎていく。それがいつものパターンだった。
いつもと違ったのは、孫兵の家に飲み物がなかったこと。近くのコンビニまで俺が飲み物を買いに行くことになったこと。
「……?」
好物のソイラテと他の奴等の飲み物を買って店まで戻ってくると、店の前で困ったようにうろうろしている男が一人。
すわ強盗かと不躾な視線を向ける。
「…………」
暗い緑色の、真っ直ぐでサラサラの髪。太い眉。幼さを残す表情。
なんとなく見覚えのあるような。
考え込んでいると、ふいにその男と目が合う。
「「……ああああああ!!」」
思い出した! 左門だ。神崎左門!
あんまり関わりがないから咄嗟に名前が出てこなかった。
そして左門の反応から、俺のことを覚えていることも分かった。というか今思い出したのか。どちらにしても先輩を指さすのは失礼だと思うのだけど。まあいいか。今は仕方がない。
はくはくと言葉も出ない様子の左門に、俺は勢いよく店を開けて大声で叫んだ。
「孫兵!! 数馬!! 神崎!! 神崎左門がいる!!」
「えええ!?」
驚いた様子の左門に俺は笑った。同時に、ドタバタと階段を駆け下りる音が聞こえてくる。
「「左門!!」」
「孫兵! 数馬! ……い、一体どういう……」
二人に抱き着かれながら困惑する左門に、後ろからついてきたらしい八左ヱ門と俺は視線を交わして、笑った。
左門の方向音痴は生まれ変わっても直らなかったようだ。
住んでいるところを聞くと二つも隣の町だった。近所のスーパーに行くはずが、何をどうしたらそうなるのかよく分からないがこの町のこの店まで来てしまったらしい。
なんだかもう一人の方向音痴も同じように見つかりそうだと思ったのは俺だけではないはずだ。
「それにしても、よくここに来たね」
「そうだな。久々知先輩を見るまで全く覚えてなかったのに……自分でもびっくりだ」
「覚えてなかったのにここに来たのか? やっぱりこの店って引き寄せるなんかがあんのかな?」
残りのプリンを食べながら楽しそうにこっちを見て笑う八左ヱ門に苦笑する。
俺と八左ヱ門が再会し、記憶を思い出したのもこの店だった。
「やっぱり豆腐は凄いってことかな」
「いや、豆腐は関係ないと思う」
「即答するか?」
「即答します」
ばっさり切り捨てられて唇を尖らせると八左ヱ門が苦笑して頭を撫でてきた。これで機嫌が直るのだから我ながら現金だ。呆れ交じりの後輩たちの視線も気にならない。
「豆腐はともかく、覚えていなくても心のどこかで仲間達を求めているのかもしれませんね」
穏やかな声に振り返ると、首にジュンコを巻いた人間のジュンコさんがにこにこと笑って孫兵を見つめていた。
……やっぱり彼女は、“蛇のジュンコ”なのだろうか。
「それってなんか良いですね! 魂で求め合うみたいな!」
「魂か……いいなそれ」
「覚えてなかったけど、覚えてるってことか!」
「それだけ僕らの絆は深いってことだね」
「孫兵ってロマンチストだよな」
でもそれは、素敵な考えだと思う。
この時代でも大切な人はたくさんできたし、大切にしていきたい縁がある。
それはきっと、死んでしまったら消えてしまうのかもしれないけれど。
それでも、何度生まれ変わったって消えないものもある。
「あなたもそうだったんですか、ジュンコさん」
再会にしみじみと和気藹々している後輩と恋人を見ながら、俺はそっとジュンコさんに囁いた。
彼女の首から俺の方へやってきた蛇のジュンコを撫でる。なんだかんだで彼女にも懐かれているらしい。“前”は接点が薄い以前に、火薬の臭いがしていたからあまり好かれてはいなかったのだが。
そう思っていると、ジュンコさんが視線を流す。
「八左ヱ門さんや孫兵さんに優しく触れるあなたのことは、嫌いじゃなかったですよ」
嬉しくて、二人で顔を見合わせて笑った。
I need you.
(「孫兵のために人間になるなんて凄い愛情だな」)(「今度こそ一生かけて、孫兵さんを守り抜くんです」)(蛇の愛情ってすごい……)