If I am dreaming.





かれこれ六年。
再会して、記憶と前世の謎を紐解いて、前世の大切な人達を探して、また巡り合えて。
たくさんのことが目まぐるしく変わって行っても、それでも日々は続いていく。







If I am dreaming.







仕事を覚えることに四苦八苦している八左ヱ門を労わりつつ、俺はまだ学生生活を謳歌している。三郎や雷蔵は相変わらず頻繁にうちにご飯を食べに来るが、勘右衛門は就職活動に勤しんでいてあまり会えなくなった。とはいっても愚痴や相談の連絡はしょっちゅう来るのだが。俺にされても困る。
既に社会人になっている周りに焦りや羨望みたいなものが無いわけではないが、それでも俺が決めた道だ。決めたからには、ちゃんと歩いて行こうと思う。

前世の仲間探しは、勘右衛門が忙しくなったので前より頻度は下がったものの続行している。たまに木下先生も一緒に。
奇跡の再会を果たした恩師は、今は京都で空手道場の師範をしているそうだ。さすが鬼瓦、と茶化す勘右衛門に拳骨が落とされた光景は記憶に新しい。
頻繁に会えるわけでは無いけれど、先生とまた笑って話せるのは想像以上に嬉しいことだった。

そうやって探しつつ、きちんとこの時代での生活もして。
この時代の友人もできて、この時代の日常を送る。
送っていたら、新しい発見もあるのかもしれない。なんせ、同じ日は二度とないのだから。


「……?」


学校が終わって、近くのカフェに入ってソイラテを頼む。
今日は八左ヱ門が休みだそうで、単刀直入に言えばこれからデートだ。慣れない仕事に辟易していた八左ヱ門が、久々に明るい顔をしていたから断れなかった。断る気も無いけど。
そうしてソイラテを味わいながら八左ヱ門を待っている、の、だが。


「シフォンケーキと、モンブラン。あとチョコレートケーキ」


カフェの販売コーナーでケーキを注文している女性。
彼女が持つ袋の中で、ゴソゴソと何かが蠢いている。それが……なんというか、なんというか凄くデジャヴというか、どこかで聞いたことのある音なのだ。
そう、まるで――八左ヱ門の後輩が常に一緒に行動していた、長い生き物のような。


(って、まさかな……)


とは思いつつ、女性から目が離せないのはどうしてか。
黒髪で、丸い瞳の可愛らしい女性だ。八左ヱ門を愛していると自信をもって言える俺が、まさか一目惚れでもあるまい。
内心で首をひねっていると、袋の入り口が俺の方を向いた。


「!」


そこからちらりと見えたのは、赤に黒い斑点模様の長い生き物。
やはり、蛇だった。


「あ」


女性が気付いて袋を鞄に仕舞い直す。
同じ種類の蛇はいくらでもいる。そもそも、人は転生していても蛇まで同じように転生しているとは限らない。
でも。


(孫兵…)


まだ見つかっていない、八左ヱ門の後輩。
虫や毒を持つ生き物が好きで、いつも首に相棒の赤い蛇を巻いて。“毒虫野郎”なんてあだ名があって。
八左ヱ門のことを慕っていて、八左ヱ門も凄く可愛がっていた。あの頃から、孫兵の話はよく聞いている。今でも、たまに話題に上る。
全く関係ないかもしれない。だけど、もしあの女性が何か孫兵に関係していたら。
八左ヱ門の喜ぶ姿を考えたら、女性をただ見送るだけなんてできなかった。


「へーすけ」
「うわあっ!?」
「えっ!?あ、ごめん……?」


立ち上がった途端、肩を叩かれて飛び上がる。
慌てて振り返ると、驚いて固まる恋人がいた。そういえば待ち合わせ中だった。


「ご、ごめん。ちょっとぼーっとしてた……」
「お、おう。いや、こっちこそびっくりさせてごめんな?」


眉を下げて笑う八左ヱ門に謝りつつ、周囲に目を走らせる。
俺の席付近の人達はこっちを見てたけど、幸い女性には気付かれなかったらしい。頼んだケーキを受け取っているところが見えた。


「どした?」
「いや、んー……」


話してしまうか、どうしようか。
あの女性を追うか、このままデートに行くか。
いやでも、このままデートに行って楽しめるか。無理だろ。かといってここでドタキャンするわけにもいかない。八左ヱ門が絶対落ち込む。
かといって一緒に追うわけにも……ん? 一緒に?


「……八左ヱ門、今日は俺の行きたいところ行ってもいいかな」
「へ? まあいいけど……珍しいな」
「たまにはいいだろう?」


小首を傾げて微笑むと、八左ヱ門は俺の頭をくしゃりと撫でて笑った。
いっそのことデートと尾行を一緒にしてしまえばいいのだ。


「蛇? あの人が持ってたのか」


女性はカフェを出た後、ケーキを持って駅に向かっていた。
彼女を見失わない程度の距離で追いながら、簡単に事の次第を話す。なんだかんだで八左ヱ門は鋭いところがあるから、すぐにバレると思ったのだ。それに漫画とかだとこういう場合、黙っている方が後々面倒なことになる。ほら、そういう展開よく見るし。


「いや、わかんないけど。たぶん種類は一緒だったからもしかしてってくらいの可能性だよ」


訝しげな八左ヱ門に眉を下げて返すと、考え込んでいた八左ヱ門がパッと明るい顔になった。どうした。


「兵助、お前そんなに俺のこと考えてくれてたんだな……!」
「え?」
「だってさ。もし孫兵が見つかったら俺が喜ぶと思ったから、今こうしてんだろ?」


ニカリと笑ってそう言われる。
確かにそうだけど。あれ? 待て、よくよく考えると結構恥ずかしいぞこれ。なんか俺八左ヱ門大好きみたいじゃないか? いや大好きだけども!
じわじわと顔が熱くなるのが自分でも分かって、隠すように八左ヱ門から女性に視線を移した。ニヤニヤ笑ってるのが雰囲気で伝わるので、たぶん八左ヱ門にはバレている。なんか悔しい。


「いやー、愛されてるな、俺!」
「悪いかバーカ!」
「いやいや、俺も愛してるよ兵助さん」
「知ってる!」


何を言ったって、きっと八左ヱ門には敵わないんだろう。なんて太陽みたいに笑う八左ヱ門を見ながら思う。
残念ながら、ここにはいつものようにバカップルとツッコミを入れてくれる友人達はいなかった。





女性は電車に乗ってから、三つ目の駅で降りた。偶然にも、同棲する前に住んでいた駅だ。
電車に乗っている間もゴソゴソと袋は動いていて、周囲に人があまり寄り付かなかったから分かりやすくて助かった。
さすがに電車の中で蛇を確認することはできなくて、結局あの蛇が同じなのか同種なだけなのかは分からなかったけど。

そうして電車を降りた彼女は、入り組んだ路地を通って道を進む。
見覚えのある道筋に、俺と八左ヱ門は顔を見合わせた。


「この道って、お前が住んでたアパートのあたりだよな」
「うん。え、どういうことだ」
「あのアパートに住んでるとか?」
「……全く気付かなかったな」
「あの頃お前忙しかったしなー」


大学に入ったばかりで手一杯で、更に八左ヱ門達と再会して乱太郎達と再会して。
確かに忙しいというか、目まぐるしい日々だった。同じアパートに住んでいても、どんな人がいたかなんて全く覚えていない。ただ隣にある豆腐屋が美味いというだけだ。
けどこの付近にもしも孫兵がいたのなら、とんだ灯台下暗しだ。


「いるといいな、孫兵」
「……ああ」


確率だけでいえば低いかもしれないけど、勘が働いたんだ。どうしてだか、あの女性に目を引かれたんだ。
いるといい。どうせなら、あの子の相棒も一緒に。

ケーキを持った女性は、あの豆腐屋に入っていった。
俺達も入ろうと近づく。
と。



「おかえり、ジュンコ」



聞き覚えのある声。
隣で固まる八左ヱ門に構わず、俺は豆腐屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃ……え、」


目を見開くのは案の定、伊賀崎孫兵で。
固まった元生物委員コンビに俺は笑う。


「久しぶり」


傍らに立つ恋人をつつくと、八左ヱ門はぎこちなく動き出した。
孫兵も同じようにぎこちない動きで、二人はようやく対面する。


「久しぶりだな、孫兵」
「……お久しぶりです、竹谷先輩」


二人とも泣き出しそうな顔で笑い合う。
何人もの先輩や後輩と再会したけど、やっぱり同じ委員会だった子達は特別だ。
嬉しそうな八左ヱ門にこっちも嬉しくなりつつ、俺は二人の邪魔をしないようにそっと離れる。そうしたら、近くにあの女性がきた。


「私の後、つけてましたよね」
「……バレてましたか。すみません」


黒々とした丸い瞳に、黒く長い髪。白い肌に赤い唇がよく映える。
女性は、俺の言葉にその真っ赤な唇を釣り上げた。


「いえ、実は全部わざとなんです」
「え……?」
「無事に再会できて良かった」


そうして彼女は、まるで蛇のように舌をシュルと動かした。


(……え?)


固まっている俺に、八左ヱ門と孫兵から声がかけられる。
それに反応して彼女を振り返ると、袋から赤い蛇を出して首に巻いていた。

ジュンコって、もしかして――なんてな。






If I am dreaming.
(「前世の記憶はあったんですけど、夢かと思ってたんですよ」)(「そっかあ。じゃあ再会したの、俺達が初めてなんだな」)(いやいやいや……)









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