I'll be back.

*死亡描写有









再会して五年目。
俺達が一番楽しかった頃の記憶も、五年生の時だったと思い出す。
あの年にトラブルメーカーが入学して、本当にいろいろなことがあった。
いつも五人一緒にいた。

そうして思い出すのは、俺達が飛び立つまで傍にいてくれた恩師のこと。








I’ll be back.








悪夢に魘されていた八左ヱ門もなんとか無事に就職し、俺と勘右衛門も無事院に進んだ。
三郎と雷蔵も三年目となるとだいぶこなれてきて、希望通りの休暇を貰えるようになったらしい。
そうしてそれぞれが今の時代を生きている傍らで、俺達は散り散りになった仲間達の捜索を続けていた。

潮江先輩と再会してから一年。
あっという間に時間は過ぎていくけれど、いつか会えるだろうと楽観視していた以前よりも仲間達と再会する頻度は増したように思う。
乱太郎達一年生に、潮江先輩に立花先輩。その後とんとん拍子に浜守一郎と三反田数馬、それから松千代先生に厚木先生と再会できた。
なんせまだ再会できていない人達の方が多い。ネットで検索した彼らの名字に誰かがヒットする確率は高いのだ。

そうして俄然やる気を出した俺達が、あちこちに出向くのは最早必然のようなもので。


「来たれ、京都!」
「うるせーバ勘右衛門」


五人でどうにか休みを合わせては、毎度小旅行に行っている。


「あーいいなあ京都! 古きよき日本って感じで」
「また適当なことを……で、どうする?」
「あっ、あれ美味しそー!」
「兵助あれあれ!」
「豆腐懐石、だと……!」
「聞けよお前ら!」


三郎の一喝に顔を見合わせて話を聞く体勢になる。
というのも、今回京都に来たのは三郎の情報が元なのだ。
まあ、と言ってもただの一般ピーポーの俺らでは仕入れられる情報もたかが知れているので、ほとんど虱潰しのようなものだけれど。


「とりあえず、早速行ってみる? その『木下屋』に」


勘右衛門の言葉に揃って顔を見合わせて、頷いた。

しんべヱの親御さんがやっている『ふくとみ』のように、店を出している仲間がいるかもしれない。
その根拠のない考えで、俺達は全員の名字を検索した。
なんの因果か俺達の大半の名字が地名になっていたせいで検索は最初から熾烈を極めたが、店という店を調べられる範囲で調べてあたりが付いたら小旅行へ出かける。
勿論それは外れの方が格段に多いけれど、その地道な努力で五人と再会できたのだから無意味ではない。
そんな努力の中で三郎が見つけてきたのが、『木下屋』という雑貨屋だった。

『木下』という名字はありふれている。
日本の名字ランキングでも百位以内に入るほどだ。
同名の店なんて腐るほどあるだろう。

それでも。


「いいか、万が一違っても落ち込むなよ。レビューにあった『強面の店主』と『動物好き』って情報だけで、違う可能性の方が高いんだからな」
「分かってるって」
「まあ、違ったら違ったで京都旅行を楽しめばいいんだし」
「だね。ちょっと見てみたい店があるんだ」
「あ、僕も僕も」
「つうか、一番落ち込むの三郎だよね」
「お前は一言余計なんだよ勘右衛門!」
「いってぇ!」


ぎゃいぎゃい言い合う級長コンビを横目で見ながらスマホの地図を片手に歩く。
観光地だからか食べ歩きができる店が多く、雷蔵と八左ヱ門は早速あれこれ食べている。
どことなくゆったりとした空気が流れているこの古都は、人が多くてもなんだか苛立たない、不思議な街だ。
豆腐も美味いし。歩きながら、先程見つけた豆腐料理屋を頭にインプットしておく。晩御飯はあそこがいいな。


「……ここか」


駅から少し離れた場所にある小さな雑貨屋。
可愛らしい小物や文房具を売っている和雑貨の店だそうで、ホームページにはセンスの良い商品が並んでいたことを思い出す。店長の写真はなかったが、そこのレビューに「強面だけど優しい店長」とか「動物の話をすると柔らかい表情になって可愛い」とか書いてあれば期待してしまうのも仕方のない話だと思う。

少しの緊張と、期待と、不安。
そっと五人で視線を交わして頷く。

今思えば、可愛らしい店の前で神妙な顔つきをしている五人の男はさぞ奇妙な光景だっただろう。


「よし、行こう」
「「おう」」


からん、とこじゃれたベルが鳴る。
その音に振り向いた店主の顔は――、










結果だけ言えば、空振りだった。
確かにレビューにあった通り「強面」で「動物好き」ではあったが、思い描いていた人とは違う。
一番落胆している三郎を慰めつつ、俺達は思考を「捜索」から「旅行」に切り替えた。
空振りだった以上、残りの時間は楽しむしかあるまい。


「あっ、あの団子買っていい?」
「じゃあ俺ソフトクリーム買って来る。いる?」
「いる! ほらもー、三郎拗ねんなよ」
「拗ねてない! けど……」
「気にするなよ。俺達が再会できたんだからどっかで絶対にまた会えるさ」
「そうそう! なんてったって愛があるんだからな!」
「もうそのノロケは聞き飽きました!」
「ノロケじゃなくて本当のことですー」
「恥ずかしい奴だな本当……! お前日本人の慎み深さはどこおいてきた」
「おかんの腹の中」


軽口を叩きながら食べ歩く。ゴミ箱があちこちにあっていいなあと思いながら話していると、ようやく三郎が笑った。
微かに四人で視線を合わせてホッとする。
そもそも空振りなんて何度もあったことなのに、三郎は妙なところで責任感が強いというか。勘右衛門もそういうところはあるけれど。級長としての習性だろうか。
ま、ともあれ目的が終わってしまえばあとは楽しむだけだ。一泊もしない小旅行なので時間は限られている。


「あっ、晩御飯は豆腐料理屋でもいい?」


唐突に言った俺の言葉に、四人は揃って噴き出した。





その後は食べ歩きをしながら神社を回り、テレビでやっていたというロールケーキの店(勘右衛門情報)へ行き、雷蔵の案でチョコレート専門店へ行って女の子達の中で居心地の悪さを感じ、嵐山で少し早い紅葉を楽しんだ。
穏やかな空気のせいかはたまたパワースポットと名高いせいか、どれだけ歩いても京都の街は疲れることがなく、その日一日俺達は散々楽しんだ。

そして夜。
俺にとっての一大イベント。豆腐料理屋での晩御飯。
京都の豆腐が美味いのは当然知っているし、昼間散々実食済みである。
四人には若干呆れられたけれど、豆腐は店によって味が違うのだ。そもそも湯豆腐や豆腐ソフトと豆腐懐石はまるで別物なのだから、呆れられる理由もよく分からない。


「ん……!」
「あ、美味いわこれ」
「さすが兵助が目を付けた店というか……」
「だろう」
「いや、豆腐もだけど生麩も美味いな。さすが京都……」


昼間目を付けた店はやはり俺の見立て通り絶品で、料理のレパートリーも豊富だった。
胡麻豆腐に始まり肉豆腐、おぼろ豆腐、あんかけ豆腐、とうふ丼に豆腐うどん。刺身豆腐なんてものまであった。
豆腐だけでなく湯葉や生麩も絶品で、それぞれセットを頼んだのに結局全員でシェアするといういつもと変わらない光景になった。居酒屋や俺達の家で飲むときのような。
さすがに酒は入れられなかったが。


「いやあ、満足満足」
「さっすが兵助だよねえ」
「お前といい勘右衛門といい、なんでこう美味い店を引き当てるんだ?」
「勘?」
「食べるの好きだからこそ分かっちゃうんだろうねえ」
「美味しく食べてほしいっていう食べ物からの思いを本能的に受け取ってるんだろうね」
「確かに、豆腐の声も聞こえるしなあ」
「五いの天然っぷりが通常運転で安心しました」
「ほら、さっさと会計して帰るよ」
「「はーい」」


鶴の一声ならぬ雷蔵の一声に伝票を確認して立ち上がる。
かつての仲間達の収穫は無かったが、思ったより楽しめたのでよしとしよう。豆腐も美味かったし。
昔のように誰がいつ死ぬとも分からない時代ではない。
いつものように送り出した人が、冷たくなって帰ってくることもない。
心配になればメールや電話がある。いつでも連絡を取ることができる。
つくづく良い時代になったと思う。

……あの頃は。あの頃に。

同じものがあったら、あの人は。





台風が近づいていて、雨風の強い日だった。
とうに忍術学園を卒業してそれぞれの道を歩んでいた俺達だったが、突然勘右衛門から会えないかと連絡があったのだ。
そうして。

木下先生の訃報を知らされた。

台風が近づいていたせいで、学園でも川の氾濫や土砂崩れが警戒されていた。
そして先生方や上級生達が学園の補填作業をしていたらしい。
その中から何人かが、川や裏山の様子を見に行った。
そこから何があったのかは分からない、と勘右衛門は言った。
ただ、通りすがった勘右衛門が虫の息の木下先生を見つけ、看取ったのだという。

詳細を聞いた時のみんなの様子ははっきりと覚えている。
八左ヱ門は号泣し、雷蔵は青ざめて黙り込み、三郎は誰とも分からない何かに激昂した。
勘右衛門と俺は、それを黙って見ていた。
自分達が六年間世話になり、ともすれば親よりも近しい存在の、突然の死。
何を言えばいいのか、どうすればいいのか分からなかった。

そうして暫く経ってから、俺達は先生の最期の言葉を聞いたのだ。




「楽しかったねえ!」
「ね。また来たいね京都!」
「今度は泊まりで!」
「いいねー、二泊くらいで」
「今度は先輩方も一緒に行くか?」
「それ修学旅行じゃんよ」
「えー、いいんじゃない? 修学旅行!」
「乱太郎達喜ぶよー」
「……確かに」
「だろー?」


ケラケラ笑いながら駅へ向かう。
今度はどこへ行くだろう。俺達、日本一周しちゃうんじゃない?
そうして行く場所行く場所で誰かと出会って、再会して、また違う場所へ。
いつか海外にも行くかもしれないなあ、なんて。
笑っていた。その時。


「馬鹿もん!!!」


びくりと身体が震えた。
隣を見ると四人とも同じように固まっていて。
聞き覚えのありすぎる声に、恐る恐る振り返る。


「驚きすぎだろう、お前達」


大きな声で笑う、鬼瓦のような怖い顔。

ああ、だって。どうして。

俺達はみんな同じ顔をしているのだろう。
木下先生は言っただろう、とまた笑った。








I’ll be back.
(「“きっとまた会える”って」)










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