It's all about love.









八左ヱ門と結婚――と言っても日本じゃ結婚できないので指輪を買って同棲してるだけ――してから、一年。

みんなと再会して、俺の人生が大きく変わってから四年。
さあ、今年はどんな年になるだろう。








It's all about love.








それに伴って、大学生活も残り一年となった。
まあ俺や勘右衛門はまだ時間があるので割と余裕だが、就活中の八左ヱ門は「昨日内定取り消される夢見た……!」と青ざめていた。
だいぶ参っているらしい。
三郎と雷蔵は社会人二年目となり、少しずつ余裕も出てきたらしく最近はよく遊びに来る。
元気そうで何よりだ。

今日も仕事が終わったら寄る、と言っていたので大学の帰りにスーパーに向かう。
もちろん豆腐料理ですよ。

八左ヱ門と同棲を始めたので毎日ではないけれど、相変わらず頻繁に豆腐は食卓に並ぶ。
今日は何にしようかな。
麻婆豆腐はこの間したばかりだから、豆腐ステーキ……豆腐ハンバーグ、お好み焼き(豆腐入り)もいいな。いや、高野豆腐の煮物……ピカタ、うーん、唐揚げも捨てがたい。

雷蔵の迷い癖が移ったように、豆腐コーナーの前でうんうん唸っていると。


「……兵助……?」


ぽつり、と戸惑うような声が背後から聞こえてきた。

どこか、遠い昔に聞いたことのあるような声。
何度か怒鳴られた記憶もある。
委員会の予算が零になった時。親睦会の予算を出してもらえないかお願いしに行った時。

熱くて、自分にも他人にも厳しくて、だけど誰より真っ直ぐな人。


「……潮江先輩!」


振り返れば、相変わらず目の下には隈がある先輩が目を見開いて立っていた。


「……て、あれ? おーい?」
「…………」
「せんぱーい?」


再会に喜んだのは一瞬で、先輩はずっとフリーズしている。
目の前で手を振ってみると、やっと目をパチパチと動かした。


「あ、いや、すまん」
「や、別に大丈夫ですけど、どうしたんですか?」
「……今、一気に記憶が戻った」
「え!」


そりゃあフリーズもするわな。初めて八左ヱ門と再会した時の俺みたいだ。

ん?
ということは、もしかして。


「先輩、まさか再会したの、俺が初めてだったりします?」
「…………ああ、そうだな、たぶん」


五年の中では俺が最後だったし、以前再会した一年は組も全員記憶があった。
だから分からなかったけど、きっと、仲間と再会しなければ記憶は戻らないのだ。

潮江先輩の表情は読めないが、少しだけ影があるのは気のせいだろうか。突然戻った記憶。俺の時は目の前に恋人がいたけれど、先輩の前にかつての仲間はいない。

寂しい。


「……先輩、これからうちに来ませんか?」
「は?」
「あ、予定あります?」
「……いや、別に無いが……なんでまた」
「俺らの学年揃ってるんですよ」


だから、今日一日、過去を共有しませんか?

そう言うと、先輩は目を丸くしてから軽く笑って、俺の頭を小突いた。



ひとつ上の学年は、俺たちが入学してから卒業するまで、ずっと恐怖の対象だった。
入学そうそう七松先輩に引っ張られていったろ組の顔は今でも鮮明に思い出せる。その後すぐに潮江先輩によって俺たちい組も鍛錬に付き合わされたわけだけれど。
あと立花先輩にいじめら……いじられたり、食満先輩に難癖つけら……指導されたり、善法寺先輩に実験させら……薬の効能を身を以て教わったり、まあいろいろあった。
中在家先輩は本当にいい先輩だと思う。いや、先輩が悪ノリしだすと一番厄介だったけど。

そして、何よりも、誰よりも越え難い高い高い壁だった。
何をされたって結局のところみんな尊敬していたし、大好きだった。だから何度だって挑んだし、鍛錬も一緒に行った。
俺たちが最上級生になった時はいつも、あの人たちのようになれているか、あの人たちの後を継げているか、そればかりが心配で。

結局最期まで、あの人たちを越えることはできなかったけれど。


「おほー! 潮江先輩!?」
「潮江先輩だー!」
「八左ヱ門、に勘右衛門……変わんねえな、お前ら」
「スーパーの豆腐コーナーで再会したから連れてきちゃった」
「また豆腐か! ていうかなんで潮江先輩そんなところに!」
「酒のつまみでも買おうかと思ってたんだよ」
「大丈夫ですおつまみもちゃんと作ります」
「何が大丈夫なのか分からん」


家に帰ると八左ヱ門と勘右衛門がすでに帰ってきていて、八左ヱ門は必死に論文を書いていた。
お疲れ、と八左ヱ門の頭を叩いて、潮江先輩を二人に任せて料理を始める。
もうすぐ三郎と雷蔵も来る。


「先輩この町に住んでたんですか?」
「いや、取材でこっちに来てたんだ」
「取材!? 先輩記者かなんかですか!?」
「作家だ、作家」
「作家!」
「似合わねえ!!」
「てめえら!!」
「「きゃー!!」」


昔を思い起こさせるようなやり取りに笑う。
八左ヱ門も勘右衛門も、何も言わなくても俺がどうして先輩を連れてきたのか分かっているみたいだ。たぶん、三郎と雷蔵も分かってくれる。


「へーすけ、今日の晩ご飯は?」
「んー、高野豆腐の唐揚げにシーザーサラダとコンソメスープ」
「相変わらず豆腐なんだな、兵助は」
「ですね。前よりレパートリー増えましたよ」
「豆腐の味がしない豆腐料理とかも作れるようになりましたからね、兵助は」
「自慢してるのかそれは? というか自慢になるのか?」
「八左ヱ門は前より兵助馬鹿になってまーす!」
「潮江先輩お久しぶりですー!」
「うわ増えた」
「おー、三郎、雷蔵おかえりー」
「お疲れさーん」


一応俺と八左ヱ門の家なのに、誰もインターホンを押さない。三郎に至っては何故か合鍵まで持っている。
勝手に入ってきた三郎と雷蔵に適当に声をかけつつ、さくさくと料理する手を動かした。
いい匂いが漂い始めた。もうすぐ完成だ。


「先輩相変わらず隈あるんすね」
「生活が不規則だからな」
「え、何なさってるんですか?」
「作家らしいよ」
「「え! 似合わない!!」」
「お前らもか!!」
「あははは!!」
「ご飯できたよー」
「「わーい!!」」


子供か。
ぼそっと呟いた潮江先輩の言葉が聞こえて、思わず笑ってしまう。
確かにこいつら子供っぽい。


「へーすけのご飯めっちゃ美味いですから!」
「まあ、昔も美味かったしな。豆腐料理」
「唐揚げの味付けどっちー?」
「酒飲むだろうから辛め」
「え、おれ甘い方が好きなんだけど」
「あ、うちの残り物持ってきたから後で食べよう」
「雷蔵愛してる!」
「雷蔵はともかく、三郎は似合わねえな」
「ですよね、俺も最初聞いた時びっくりしました」


三郎と雷蔵はデパ地下の洋菓子店で働いている。だから時々余ったものとか貰ってきてくれるんだけど、やっぱり三郎と洋菓子って結びつかないよな。
まあ志望動機自体雷蔵が洋菓子店選んだからってだけだし、仕方ない気もする。

勘右衛門が勝手に冷蔵庫からビールを持ってきて、雷蔵が勝手に冷蔵庫に洋菓子の余りを入れる。
ビールが全員の前に並んだところで、みんなで目を合わせた。
考えることはみんな一緒だ。


「先輩、先輩」
「あれ言ってくださいあれ」
「あれ?」
「あれですよあ・れ」
「ほらほら、ご飯の前の」
「お願いします」


先輩は少しの間眉間にしわを寄せて、溜息をついて手を合わせた。
俺たちもそれに倣って手を合わせる。
久しぶりだ。


「えー、われ、今幸いにこの清き食を受く、つつしんで食の来由をたずねて、味の濃淡を問わず、その功徳を念じて品の多少を選ばじ
いただきます」
「「いただきます!」」


潮江先輩が苦笑した。


「やー、久しぶりだったけどやっぱいいね!」
「なんか背筋が伸びるね!」
「ますますへーすけの料理が美味い!」
「ありがと。先輩、どんどん食べてくださいね」
「お酒もどうぞ!」
「おう……お前らほんとに変わんねえな」
「そうそう人は変われませんよ」
「記憶もあるんじゃ尚更!」
「兵助は再会するまでここまで豆腐好きじゃなかったですけどね」
「兵助が?」
「そうですよ、アパートの隣が豆腐屋さんだったんで冷奴が晩ご飯とかは多かったですけど、今ほど豆腐に愛は注いでなかったです」
「それが記憶が戻ってこんな有様に」
「有様ってなんだ、美味いだろ豆腐」
「美味いけども」


話題は俺たちの再会の話へ。
三郎と勘右衛門は幼馴染だったので生まれた時から記憶があったこと。八左ヱ門と雷蔵は中学校で再会したこと。高校で四人が揃い、それから必死に俺を探していたこと。
豆腐屋での八左ヱ門との再会。
その一年後、しんべヱのパパさんが経営する小料理屋で乱太郎たちと再会したこと。


「団蔵と左吉は元気か?」
「超元気ですよ。あいつらも先輩に会いたがってました」
「でも他の学年もまだ見つからないんですよね」
「俺も今日記憶戻ったばっかりだしな、結構バラバラになってるんだろう」


後輩が元気にしていると分かって穏やかな笑みを浮かべるけれど、それでも先輩はどこか寂しそうに見えて。

酒の勢いもあって、つい口が滑った。


「それなら探しましょ。俺らだって再会できたんです、愛があれば絶対また出会えます」


ぽかん、と口を開けるみんな。
うん、自分で言っときながらその気持ちはわかる。所在どころか生まれていることすらわからない、確証も根拠もないのにこんなことを言うのは俺らしく無い。
でも、俺の仲間は俺の仲間だった。


「兵助いいこと言うね!」
「探すのさんせーっ!」
「愛ならじゅーぶんあるしな」
「俺も愛でへーすけ見つけたし!」


にっ、と笑って四人が俺を見た。
こいつらほんと恥ずかしい。八左ヱ門とか特に恥ずかしい。
でも、こいつらほど頼もしい奴らはいない。


「善は急げってことで明日からやるよー!」
「え、ちょ、おい」
「しんべヱの家みたいに店やってる人とかいるかも」
「検索かけてみるか。そっからあたりをつけて……」
「ちょ……」
「じゃあ、おれは人脈をあたってみる!」
「乱太郎たちにも協力してもらおう。あいつらの人脈すごいし」
「いいねえ! あいつらも先輩に会いたがってたもんな」
「お前ら」
「愛の力で全員見つけ出すぞー!」
「「おー!!」」
「…………」


黙り込んだ先輩ににっと笑ってみせる。

先輩に会ってしまったら、他の先輩にも後輩にも会いたくなったんだから仕方ない。
それこそ、愛なら充分にあるし。


「絶対見つけましょうね、潮江先輩」
「……ほんと、お前らには敵わねえよ」


俺たちは実習や忍務の直前の時みたいに、不敵に笑いあった。

何年かかっても、きっと全員探し出そう。
そして、この平和な世で再会できたことを、心の底から喜び合おう。



立花先輩を見つけたと報告があったのは、それから三ヶ月後のことだった。








It's all about love.
(「しんべヱと喜三太が見つけたんだって」)(「「……愛だねぇ」」)(「お前らそれあいつの前で言うんじゃねえぞ」)









- ナノ -