I love so.
何十年も会えなかったんだぞ、ずっと探してたんだぞ、それがこんな、これは無いだろ。
嬉しそうなのに眉を寄せるという器用な表情をして、八左ヱ門は俺の頬を引っ張った。
I love so.
今日は冷奴で良いか、と終わらないレポートの資料を鞄へ詰め込む。
大学入学と共に始めた一人暮らしは思っていたより不自由で、課題の多さと相俟って食べる物も時間も極端に減っていた。だから余計に安くて調理せず食えて美味いものを求めるわけで、そしてタイミングが良いのか悪いのか俺のアパートの隣には美味いと評判の豆腐屋があった。自然、豆腐を食べる量も増えるわけで。
最近では豆腐が主食になりつつある。
そんなわけで今日も帰る前にそこへ寄ることにして、橙色に染まる帰路を少しだけ足早に歩いた。
学生なんて考えることは皆同じなようで、豆腐屋は同じアパートに住む奴や近くに一人暮らししている奴で賑わっていた。この豆腐屋は手作りの豆乳プリンやおからケーキなんかのお菓子も売っているから学校帰りの女子高生なんかもいる。
糖分は脳を活性化させる、という言葉を思い出して今夜の夜食代わりに何か買おうか、とお菓子コーナーに目を向けた。
(……あ、新商品。)
陳列された商品の中、カラフルな色で大きく『豆腐団子』と書かれたプレートにはそれの説明がされていた。殆ど豆腐で作られたらしいそれは新商品だからか他より価格が安いからか、一つだけしか残っておらず迷う間もなくそれを手に取ろうとした、のだが。
「、」
「あ、すんませ、」
後ろから来た男もそれを取ろうとしたらしく、手がぶつかった。思わず手を引っ込める。男も引っ込め謝ろうとした、が言葉が止まる。
何だ、と顔を上げ、……目を見開いた。
「……八左、ヱ門?」
「……兵助、だよな?」
確かめるような言葉に頷けば、八左ヱ門はここがどこなのか忘れたように俺を勢い良く抱き締めた。
俺はと言えばそんな八左ヱ門に何をするわけでもなく、ただ、呆然としていただけだった。だって今の今まで、彼のことを覚えていなかったのだから。
八左ヱ門を見た途端、一気に記憶が押し寄せてきた。それは津波のように止まることを知らず、収拾仕切れない思いは涙となって溢れ出す。
「え、ちょ、兵助!?」という八左ヱ門の慌てた声を聞きながら、頭は妙に冷静で。
「俺の部屋、行こう。八左ヱ門」
ぐっと涙を拭って八左ヱ門の手を掴み、結局何も買わずに店を出た。
「記憶無かったのか、お前」
「ああ、けど八左ヱ門見て一気に思い出した」
部屋に戻れば八左ヱ門が涙の理由を心配そうに聞いてきたので手短に話せば、漸く合点がいったとばかりに頷かれた。「ったく、こっちは19年も探し続けてたのによぉ……」とぶつぶつ言っているが、その表情があまりにも嬉しそうだったから喉まで出ていた文句を飲み込む。
とどのつまり、俺も八左ヱ門に再会出来て嬉しいのだ。
「なあ、勘右衛門達の居場所は分かってるのか?」
「ん、ああ。雷蔵は中学で、三郎と勘右衛門は高校で再会したよ。あいつらもお前を待ってる。今度みんなで会おうな」
嬉しそうに話す八左ヱ門に笑って頷く。八左ヱ門も笑って俺の頭をくしゃくしゃと撫でて、……少しだけ表情を渋くさせた。
「しかしよぉ、何も再会場所が豆腐屋じゃなくても良いのにな」
「そうか? 俺は好きな場所でお前と会えて良かったけど」
「そりゃあお前はな」
俺の言葉に、八左ヱ門は眉間に皺を寄せて俺の頬をつまんだ。とはいえ口元は緩く弧を描いているから単にじゃれているだけのようだ。
それが記憶と重なって、数十分の間に起こったたくさんの奇跡に何とも言えない感情が溢れて。気付けばまた、俺は涙を流していた。
I love so.
(「ぅえ、ちょ、兵助!? そんな痛かったか!?」)(「違う馬鹿。……八左ヱ門、好きだ」)(「え、……うん、俺も。」)