I wanna be myself.




九年目の秋。
運命的な再会は両手の数を超えて、嬉しくて零した涙も計り知れない。
そうして懐かしい人達に再び出会えた奇跡に感謝しながら、俺達は今を、生きている。




I wanna be myself.




久々に休みが合ったので、雷蔵と三郎と共にしんべヱの店に行くことにした。
小料理屋「ふくとみ」。数年前に俺が伊助達と再会し、元「一年は組」と俺達五人が再会した店だ。
あの時はこの店の厨房を使わせてもらったし、作った豆腐料理は「店のメニューに欲しい」とか言われたし、この店に就職したいなあ、とかちょっと思ってた。結局就職したのは八左ヱ門と再会した豆腐屋なんだけど……人生って、本当にどう転ぶか分からない。


「いらっしゃいませー! あっ、先輩方!!」
「久しぶり〜」
「お久しぶりです!」


出迎えてくれたのはしんべヱだった。ちょっと探してみると、乱太郎ときり丸の姿もある。
再会した時まだ中学生だったあの子達も、今やすっかり大人だ。伊助とは時々会っていて、酒を一緒に飲むこともある。
しんべヱはこの店を継いで、乱太郎はあと一年医学部で勉強して、きり丸は高校を卒業してからフリーターとなり、いろんな仕事をこなしているらしい。二人とも空いている時には極力この店を手伝いに来ているそうだ。
しんべヱと乱太郎は予想通りだったけど、きり丸は手堅く就職すると思っていたから驚いた。
まあでも就職しろとは思わない。もちろん未来のことを考えて手堅く生きることも大事だと思うけど、それで今を我慢して生きることは、すごく勿体ない時間の使い方なんじゃないかと思うのだ。


「酒飲む?」
「俺はやめとく。二人は?」
「じゃあ僕はビール一杯だけ」
「はいはい。私も今日はいっかなー。……あ、なあ、これ頼んでいい?」
「いいよなんでも。唐揚げとポテトはいる」
「揚げ出し豆腐と豆腐サラダ」
「あー君達の鉄板は分かってるから。烏龍茶でいいな?」


注文を三郎に任せつつ、久々の再会に花が咲く。
ビデオチャットは毎日のようにしていたけど、なんだかんだで会うのは久しぶりだ。
今日は八左ヱ門が京都への出張でいない上に勘右衛門と木下先生に会うとか言いやがったので、三郎と雷蔵に傷心を癒してもらうことにした。どうせ一緒に俺か三郎達の家に帰って八左ヱ門達と話すだろうけど、やっぱり会って話す方が良い。
勘右衛門達にも会いたい。うっ、い組シックに陥らせやがって……八左ヱ門が帰ってきたら賠償豆腐を請求しよう。


「それにしても、結構繁盛してるんだねえ」
「なー。いつの時代も福富家はすげーな」
「やっぱこういうのって魂に刻まれてんのかな? 俺の豆腐好きとか、左門の方向音痴とか」
「元保健委員も不運だしねえ。僕らは早くに記憶戻ったから分かんないけど、やっぱ魂にも個性ってあるのかなー」
「面白いなそれ。じゃあ俺が雷蔵好きなのも魂レベルってことだな。顔これだし」
「それなー。執着すごすぎてコイツやべえって思った」
「あの頃から三郎はやばかったけどね」
「確かに!」
「君達は俺の心を抉って楽しいか?」
「「そういうことは自分を省みて言え!」」


時々八左ヱ門達や近況の話題を挟みつつ、三郎をいじりつつ、俺がいじられ、雷蔵様にひれ伏し、そんなことを繰り返しながら時間は過ぎていく。
そうやってしょうもない話にアホみたいに笑っていたら、近くのスタッフルームの扉が開いた。


「お疲れ様でしたー」
「おっ、きり丸だ」
「きり丸久しぶりー」
「もうバイト終わり? お疲れ様ー」
「先輩方……お疲れ様です」


少し疲れているようなきり丸は、俺達にちょっと呆れたように笑った。


「きり丸、このあとのご予定は?」
「なんスかその喋り方…、今日はもう上がりっスけど」
「じゃあ一緒に飲まない?」
「ついでに飯も食えよ。奢ったる」
「マジすか!?」


じゃあお邪魔します! くたびれた雰囲気から一転、目をキラキラと輝かせて、きり丸は俺の隣に座ってあれこれ注文し始める。
疲れてただけかな? 雷蔵と三郎と目配せして、自分の料理を食べつつ当たり障りのない話題に切り替えた。なんとなく、きり丸の雰囲気がいつもと違う気がしたんだけど。


「……先輩方って、ほんと仲良いっスよねー」


何度目かの馬鹿話にゲラゲラ笑っていると、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、ぽつりときり丸が呟くように言った。
気のせいじゃなかった。やっぱり何かあったらしい。


「まあもう数えられないくらい長い付き合いだし、元々すごく気が合う連中だったからねえ」
「現代でできた友達もいるけど、一緒にいて落ち着くのはこのメンツだよな」
「まあな。考えてることも大体わかるし、何も言わなくても伝わる関係っつーか」
「……伝わりすぎて辛いことってありません?」


思わず三人で顔を見合わせた。


「乱太郎達と何かあった?」


優しく問いかけるのは雷蔵。元々同じ委員会だっただけあって、きり丸の悩み? に思うところあるような表情を、最初からしていた。
穏やかな雷蔵の声音に促されるように、きり丸がぼそぼそと話し出す。


「何か、ってわけじゃないんスけど」
「うん」
「おれ、そろそろちゃんと仕事見つけた方がいいのかな、って」
「……どうしてそう思うの? きり丸はちゃんと毎回信念持って真面目に取り組んでるだろ?」
「それは勿論。でも……」


ああ、なんかちょっと分かるなあ。


「取り残された気がしたんだろ」


ばっと顔をあげたきり丸は目を丸くして、くしゃりと顔を歪ませた。やっべこれ俺が泣かせたみたいじゃん。いや泣いてないけど。雷蔵の顔が見られない。


「ごめん、でもそれちょっと分かるよ。俺も就職決まるまで、なんか疎外感みたいなのあったもん」
「疎外感? え、うそ」
「だってお前達三人とも就職決まるの早かったし、勘右衛門は速攻木下先生ンとこ行っちゃうし。俺は何したいんだろ? って考える時間は結構あったよ」


二人がマジかー、って顔をする。まあでもきり丸ほど深刻には考えてなかったけどね。どうにかなるだろって思ってた節もあったし。
あははと笑ってそう言うと、きり丸も少しだけ笑ってくれた。


「おれも今そんな感じで。……突き詰めてやりたいことがあるわけじゃないからいろんな仕事をしてるんスけど、しんべヱとか乱太郎見てるとこれでいいのかな、って」


しんべヱはこの店を継いで働いてるし、乱太郎も医者になる夢を持って医学部で学んでいる。
他のは組の子達もそれぞれ実家を継いだり目標を持っている。
そんな中、きり丸は高校を卒業してからずっとフリーターだ。
きり丸のことをちゃんと分かっているから、それを馬鹿にしたり心配したりする人は俺達の中にはいないけど。でも、この先どうするの? という気持ちはないわけじゃない。
なによりきり丸が、その不安を持て余している。


「かといって何をしたいのかも自分でわかんねーし。……先輩方はなんで今の仕事にしたんですか?」
「俺は孫兵の店を潰したくなかったから」
「僕らはそんなかっこいい理由とかないよ。あの店の洋菓子がすごく美味しくて、もっと食べたいなーってだけだし」
「私なんて雷蔵と一緒だから、だぞ。八左ヱ門と勘右衛門も別に凄い理由とかないし。そんなもんだって」


手をひらひらさせて笑う三郎に、雷蔵も俺も苦笑しつつ頷いた。
かっこいい理由と言ったって、突き詰めればあの店の豆腐をもっと食べたいからだし。雷蔵と変わらない。
悩んでる時ってなんでも難しく考えがちだけど、いつだって答えはシンプルなもんだ。


「……ねえ、昔、きり丸はどうしてアルバイトをたくさんやってたんだっけ?」
「え? そりゃ、銭を稼ぐために」
「学費以上の額を稼いで貯めてたよね?」
「そりゃ、貯めるのも好きでしたし」
「それが答えじゃない?」
「へ?」


ぽかんとするきり丸に、俺達は顔を見合わせてニヤリと笑った。


「お金を貯めて、それを数えるのが好きなわけだ」
「じゃあそのために仕事をすりゃあいいわけで」
「ってことは仕事はなんでもいいわけだ」
「は、はあ……? え、そういうことになります?」


きり丸の困惑ぶりに面白くなっていると、雷蔵がパッと思い付いたように顔を輝かせた。


「じゃあなんでもやればいいじゃん!」
「へ?」
「どういうこと?」
「つまり、便利屋とか探偵事務所とか……なんでもできる仕事だろ?」
「あ、確かに」
「いいじゃんそれ、なんかかっこいい」


やってることは近いけど、雇われ側から雇う側になるわけで、フリーターよりは思い悩まなくてもいいんじゃない?
なんて三人で盛り上がって、どうどう? ときり丸を見た。
ら。


「せんぱ……っ、決めんのおれなのにっ……なんでそんなノリノリ……っ!」


爆笑されていた。


「いやきり丸くん、さすがにそうくるとは思わなかったよ」
「爆笑されてたんですけどひどいー」
「ぼくらきり丸くんのために考えたんだよー」
「っ…す、すいませ…っ!」


ぎゃははは! と何がツボに入ったのか、とうとうきり丸の笑い声が店に響いたのだった。
うーむよかったのか悪かったのか。ここでそんなに爆笑されるとは思わなかったんだけど。
まあ、しんべヱと乱太郎がちょっとホッとした様子でこっちを見てるから良しとしよう。


「よし、じゃあ景気付けに冷奴で乾杯しよう!」
「「ぶはっ!」」


何故か吹き出す三人は放っておいて、冷奴を四つ頼む。
乾杯はシンプルなものが一番だ。よしよし。


「歪みねえ」
「さすが兵助」
「景気付けってなんスか」


聞こえませーん。






I wanna be myself.
(「結局便利屋開業したらしい。評判いいみたいよ」)(「まあバリバリ働いてる方がきり丸らしいよな」)(「確かになー」)



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