本日相談!

*そこはかとなく食満くく




大学帰り、公園の中に見知った顔を見つけた。
俺が現代で会うのは初めてだけど、食満先輩は会ったと嬉しそうに言っていたかつての後輩。
思わず声をかけたのは、その表情がなんだか悩んでいるように見えたから。


「あの、富松くん?」

「え」


驚いたように顔を上げた作兵衛。
昔は食満先輩の直属の後輩だった子で、今は食満先輩が通っていた高校の後輩。
以前先輩が高校に遊びに行った時に会って、先輩のアタックにより今も交流が続いているはずだ。


「俺、食満先輩のこい……同居人の、久々知兵助」

「あ、食満先輩の」


危ない、恋人って言いそうになった。いや間違ってないけど、先輩は俺らのこと言ってないはずなので言わないでおく。
先輩の名前を出すと、作兵衛は怪訝そうな表情から柔らかい笑みに変わった。
昔から食満先輩のこと慕ってたからなあ。……時々物凄く怖がってたこともあったらしいけど。なにしたんだろうあの人。


「どうかしたの? なんか考え込んでるみたいだったから」

「ああ、いえ……ちょっと」


言葉を濁す作兵衛にどうしようか迷って、近くの自販機で温かいココアを購入する。
ついでに自分のカフェオレも買った。温かい物が無いと寒い。作兵衛もこんな公園の中にずっといて寒いだろうに。


「どうぞ」

「え! や、悪いッスよ」

「いいよいいよ120円くらい。あ、それとも甘いのダメ?」

「だ、大丈夫ですけど……」

「じゃあほら、年上には奢られるものだよ」


そう言うと作兵衛は軽く吹き出して、すみません、とココアの缶を受け取った。
ん? なんかおかしいこと言ったっけ。


「なんか、今の食満先輩に似てました」

「え、うっそ。……気を付けよ」

「ははっ! ……あの、同居って大変スか?」

「え? んー、まあ、最初はてんやわんやしたよ。ゴミの分別ちゃんとしろ! とかよく怒られた」

「あー。食満先輩って意外とって言ったら悪ィですけど、几帳面ですよね」

「はは! そうそう! 意外と真面目だしねー。未だに掃除のやり方で怒られるもん俺」


笑い話のつもりでそう言ったのだけど、黙り込んでしまった。
悩みの種は同居に関することかな。受験生だって聞いてたからそれかと思ってたけど違うみたいだ。
カフェオレを飲みつつどう切り出そうか悩んでいると、作兵衛が口を開く。


「……実は三之助と左門、や、友達二人から、ルームシェアしねえかって誘われてて」

「へえ。じゃあ三人で?」

「はい。進学先が一緒で、もうおれら三人とも受かってるんで。でもなんか踏ん切りつかねーっていうか……。ずっと一緒にいるって、段々嫌な面とか見えてきそうだし……けどそれはお互い様だろうから強く文句言うわけにもいかねえだろうし、そんなこと繰り返してたらあいつらとの仲がぎくしゃくしそうだしある日唐突にキレて大喧嘩に発展したらおれもうあいつらに合わせる顔がねえッスよ!」

「うん落ち着こう、全部君の想像だ」


びっくりした、作兵衛ってこんな子だったのか。妄想癖? 被害妄想……?
ココアを飲ませて落ち着かせる。まあずっとそんなこと考えてたら踏ん切りもつかないだろうなあ。


「……すんません。なんかずっとそんなことばっか考えてて。楽しそうだとは思うんスけど、やっぱ一緒に生活するって楽しいだけじゃねえと思うし」

「まあね、悩む気持ちは分かるよ」

「久々知さんも?」

「ん? あー、俺はね、まあ……押しかけ女房的なアレだったからね……」

「へっ!?」


勢いよく顔を上げる作兵衛に苦笑する。
実はいろいろあったんだよね、俺らが同居(同棲)に至るまで。
今は2DKに引っ越したけど、最初は先輩のワンルームマンションで生活してたし。芸人が売れなかった頃のエピソードみたいな話ならいっぱいある。


「とにかく実家から出たくて、大学合格と同時に先輩んちに転がり込んだ。先輩が一人暮らしってのは知ってたからさ」

「そ、そりゃまた……」

「あ、別に実家に問題があったってわけじゃないよ。ただなんというか、家族より先輩と一緒にいた方が居心地よかったんだよね」

「……居心地、ですか」


もったいぶった言い方になったけど、前世の記憶のせいで家族に違和感を持っていたというだけだ。「家族」というものにも、俺の家族だという「人達」にも。
そのせいで小さい頃から家族に対して距離を置いてしまっていて、家族はそんな俺を持て余していた。
食満先輩は文句を言いつつも無理やり追い出そうとはしなかった。それは先輩も俺と同じだったからなのか、単に記憶が混乱する後輩に情けをかけただけだったのか。
けれど先輩と一緒にいると落ち着いて、段々自分に折り合いが付けられたのは事実。
お陰で今は、家族ともうまく付き合えてる。


「その友達って、富松くんにとってどう感じる存在?」

「え……と。騒がしい奴らです。どっちも方向音痴で、隣の教室行くだけで校内一周するような馬鹿で……三之助は洞察力鋭いし、左門は記憶力あるのに、どうしてだか空間認識能力? ってのだけがスコンと欠落してんですよね。もうどこ行くにもおれがついててやらねえと、て、あ」


言って気付いたのか、ハッと口に手を当てる作兵衛に笑った。


「答えは出てたみたいだね?」

「う……いや、でも」

「ルームシェアをしなかったとしたら、富松くんの場合二人の近くのマンションとか隣の部屋とか選びそうだよね」

「……うああ否定できねええ!」

「あははは!」


責任感が強い、というのは知っていた。昔、作兵衛の委員会の後輩に(事故で)ナメクジをひっかけられた時に全力で謝られたことがある。
それに、いつもその方向音痴の友人達を探し回って駆けずり回っていたから。
やっぱり今も変わってないんだな。だったら大丈夫だ。


「ま、どうしても心配なら最初に決まり事とか決めたらいいんじゃない?」

「決まり事?」

「そ。例えば不満は溜めずに言うとか、個人のスペースには入らないようにするとか」

「あ、なるほど……。ちなみに久々知さん達は?」

「んー、買い物はエコバック使うとか、牛乳パックとかトレイは捨てずにスーパーに持っていくとか?」

「ぶっ!」


盛大に吹き出す作兵衛に苦笑する。ココア飲み終えてて良かった。
お察しの通り言い出したのは先輩だ。でも大事なことなんだよ。エコだよ。


「主婦みたいッスね、食満先輩……」

「他の先輩にも言われたよそれ。まあ間違ってないけどさ、妙に節約術とか知ってるし」

「あの人、一度ハマったらすごく凝りますもんね」

「お、さすがよく知ってるなあ。今部屋に節約の本いっぱいあるよ」

「あははは!」


お陰で今、寝室じゃない方の部屋は物置状態だ。
冬休みが終わるまでに掃除しておかないと、先輩達が家に来た時に先輩達の寝る部屋がない。雑魚寝でいい俺達と違って布団敷かないとうるさいんだよな、あの人達。


「ま、富松くんの友達はそういうのなさそうだし、うまくやれると思うよ」

「そう……スかね?」

「うん。俺が保証する」


きっぱりそう言うと作兵衛はきょとんとして、ありがとうございます、と微笑む。
最初に話しかけた時よりも良い笑顔だ。
もしかしたらまだ悩むかもしれないけれど、きっとなんとかなるだろう。







本日相談!







だってお前達は、昔寮で同室だったんだよ。
なんて言葉は胸に仕舞って、帰ったら恋人に今日のことを自慢してやろう、と考えた。







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修正 17.01.07


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