本日上々!
*食満くく、鉢雷、竹勘、仄めかす程度に食満→伊作
ポケットに入れてあるスマートフォンが鳴り、手伝っていた八左ヱ門のレポートから顔を上げる。
案の定画面に映るのは同居人、いや、ついこの間恋人になった人の名前。
たんたんっと返信してから目線を前に向けると、ニヤニヤ笑う八左ヱ門と勘右衛門の顔。
「……え、なに、怖いんだけど」
「恋人ですか、兵助さん」
「食満さん、なんて?」
「え? ああ、まあ、何時に帰るかとか、晩飯どうするかとか、そんなんだけど」
「ひゅー、ラブラブー!」
「ラブラブー! いいなあ、同棲……」
「え、すりゃいいじゃん、お前らも」
「「無理、ずっと一緒にいるとか心臓もたない」」
お前らの方がラブラブじゃないか、何年恋人やってんだよ。と顔を赤らめつつ仲良しな二人に苦笑しながら心の中でつっこんで、スマホを机の上に置く。
まあ、仲がいいのはいいことだ、うん。
「おーい、お前らまだ終わらんのか」
「あ、二人ともおかえりー」
「課題提出するだけの間に終わるわけないだろうが……」
「あはは、三人ともお疲れ! 糖分買ってきたよー」
「わー! ありがとう雷蔵!」
「また、たくさん買ってきたなあ……」
雷蔵の両腕に抱えられる糖分達に苦笑する。
チョコ、飴、グミ、クッキー、ケーキや菓子パンまであって、見ているだけで胃もたれしそうだ。
これだけあっても雷蔵と勘右衛門にかかれば一瞬で無くなってしまうのだから、この二人の胃袋は恐ろしい。
「で、なんで心臓がもたないって?」
「聞いてたのか」
「ちょっとな」
「やー、俺らは兵助たちみたいに同棲できないなーって話」
「ああ、お前ら手を繋ぐだけでも半年かかったもんな」
「そういう三郎たちもキスまで一年かかったじゃねえか!」
「なにを! デートの度に毎回俺か兵助に服装チェックさせてたくせに!」
「お前こそデートプランのこと毎回俺か兵助に相談してた!」
「俺はお前みたいにデートが終わったあと毎回反省会と称したのろけ話聞かせてない!」
「雷蔵が委員会当番の日の放課後に毎回雷蔵の一日観察報告してたのどこのどいつだよ!」
「…………」
口喧嘩をしている二人の後ろに般若が見たので、白熱している二人から少しずつ距離を取る。
白熱しているせいか、二人はまだ後ろの存在に気づいていない。
あんなに殺気出てるのになあ、と思いつつもう一歩下がる。
同時に、ごん! となかなか重い音が二つ。
「「ってえええ!!」」
「「馬鹿! 恥ずかしいことを大声でいうんじゃない!」」
頭を抱えて蹲る二人を心配する素振りすら見せず、二人に重い拳を容赦なく振り落した勘右衛門と雷蔵はまた糖分の山に戻った。
そんな二人の耳が真っ赤なことは指摘しないでおこう。八左ヱ門と三郎の二の舞にはなりたくない。
「ていうか、兵助にも迷惑かけて……ほんとごめんね……」
「だね……なんか申し訳ない」
「え、いいよ。お前達が幸せそうで俺も嬉しいし」
「……わ、ら、雷蔵、兵助が男前すぎてやばいんだけど!」
「わ、分かる、今ちょっと兵助に惚れそうになった……!」
「おい八左ヱ門、俺ら堂々と浮気宣言されたぞ」
「そうだな三郎、俺らも兵助と浮気しようか」
後ろでこそこそと話す八左ヱ門と三郎の言葉に思わず吹き出す。
ここで俺に対抗心とか敵対心を燃やさないあたりがこいつららしいというかなんというか。
笑っていると、また机の上のスマホが鳴った。
画面上に踊る文字を見て、機嫌よく返事を送る。
「……ちょ、なにこの会話……」
「ん?」
「なになに……
『今日も弁当美味かったよ、ありがとな』
『よかった! 先輩もお疲れ様です』
『ありがとう。今日は何時に帰る? 晩飯は?』
『晩飯はお願いします。帰りは未定』
『了解。ちなみに今日の晩飯は俺特製マカロニグラタンです』
『ありがとうございます、めっちゃ楽しみ!』
『おう、楽しみにしとけ! あと帰りに人参買ってきてくれ』
『了解でーす』
『さんきゅ、じゃ、気を付けて帰って来いよー』
『はーい、じゃあまたあとで!』……」
「「………………」」
いつの間にか俺のスマホを覗き込んでいた四人は文面を見た瞬間になぜかショックを受けたように固まった。
なんだろう、四人の背後に一瞬雷が見えたような。
「……どうした?」
「ねえ……兵助と食満さんって付き合いだしてどれくらいだっけ……」
「え? えーっと、来週で一か月……だったかな?」
「っ、なんかすごい敗北感……!」
「お前ら夫婦か!? 恋人の過程すっとばしてもう夫婦なのか!?」
「はあ……?」
がし、と三郎に肩をつかまれ揺さぶられる。
混乱している四人の言葉をなんとか聞き取ると、つまり、さっきの食満先輩との会話が新婚夫婦のようだと言いたいらしい。
それで俺らよりも交際歴が長いから敗北感を感じた、と。
いやいや仕方ないと思う、俺ら元々同居してたんだし。
「どっ、どうする三郎……兵助のやつ、俺らがあんだけ躓いた過程全部スキップで飛び越えてやがる……!」
「ああそうだな、手を繋ぐだけでもの凄い時間かかったもんな俺ら……めちゃくちゃ兵助に相談したもんな……!」
「同棲なんて何年先の話なんだろうな……!」
「張り合うもんじゃないって分かってるけどさあ、なんかこう、ねえ……?」
「ね、なんか焦っちゃうよね……」
「そんなに言うなら同棲すりゃいいのに」
「「「「そんなずっと一緒にいたら心臓爆発するから!」」」」
「……さいですか」
仲がよろしくてなによりだよ、と思いながら四人の掛け合いをBGMに八左ヱ門のレポートを再開させる。
どっちも確か交際歴五年以上だったよなあ、ほんといつまでも初心だなあ……。
まあ、同棲は心臓が強くなってからでいいし、ゆっくり進んで行けばいい。倦怠期もなく、恋人の行動ひとつひとつに心を動かされるのはいいことだ、と思うし。
食満先輩なんて手を繋ぐより先に抱き締めてきたし、ていうかその日にキスもしたもんなあ……。
……確かに俺ら、三郎達が何年もかかった過程を一足飛びで進んでるけどさあ、そんなさくさく進んでもなんかあれだよ? それだけ慣れてるんだろうなって思っちゃうんだよ? まあ、俺も先輩もそれなりに恋愛した経験あるけどさ。あの頃の記憶もあるし。
過去の恋人や善法寺先輩に嫉妬するほど若くはないつもりだけど、やっぱ複雑なもんはある。
それに比べると、お互い全てが初体験ってすごいことだよなあ。本気で好きな人同士だし……未来がどうなるかは分からないけど、どうなったとしても、きっとお互いのことは忘れないだろうなあ。
ま、別に俺も現状幸せだから、いいんだけどさ。
なんてレポートをさくさく進めながらぶつぶつ考えていると、いつのまにか四人はひそひそ話し込んでいた。
さっきまでショックを受けていたのにもう立ち直ったのか早いな、と思っていると、四人が勢いよく振り返る。
「「「「兵助!」」」」
「はい!?」
「「「「トリプルデートしよう!」」」」
「……は?」
待て、どうしてそうなった。
首を傾げて四人を見ると、四人はキラキラした目で俺を見る。
そんな目で見られても困る。
「えっと……どういうこと?」
「うん、あのね、僕らはいくら頑張っても兵助達みたいになれないなって結論になりまして」
「だったらもう見て学べばいいじゃんって話になりまして……」
「あと、純粋に兵助たちとも出かけたいなーって」
「で、ちょうど隣町の遊園地が何周年か記念で割引クーポンあるらしいから行きたいなーって」
「……なるほど」
順々に説明する四人に頷いてから、笑顔を返す。
先輩の予定がどうなってるかは聞いてみなければ分からないけど、たぶんそれくらいは空けてくれると思う。最近はそんなに忙しくなさそうだし。
そういえば、遊園地なんてデートらしいデートに先輩と行くのは初めてかもしれない。
二人で出かけること自体は何度かあったけど、近場ばっかりというか……買い物とか外食ばっかだったし。
「じゃあ決定ね! 兵助、食満さんに予定聞いて!」
「え、今!?」
「善は急げっていうじゃん!」
果たしてトリプルデートに誘うことは善なのだろうか、と苦笑しつつまだ手に持っているスマホを開く。
文章を作っている間に、四人はデートプランを立てていた。
遊園地までかかる時間とか、そもそも何で行くのかとか、じゃあ何時集合とか、何に乗るかとか、エトセトラ、エトセトラ。
行く前から楽しそうだ。なんか俺も楽しみになってきた。
『あいつらがトリプルデートしたいんですって。暇な日あります?』
ご飯作ってるだろうから気づかないかなあ、と思っていたけど、予想よりも早くスマホが鳴ってちょっとびっくりした。
『来週の土日は空いてるよ。どこ行くんだ?』
『隣町の遊園地ですって』
『遊園地か! 高校以来だ』
『俺もですよ。でも楽しみです』
『そういえば、お前とデートらしいデートってしたこと無かったなあ』
『ですよねー、なんか変な感じ!』
『確かに。あー、でも楽しみかも』
『あ、俺らあいつらの見本にならないといけないらしいですよ』
『見本? なんの?』
『俺らの会話が新婚夫婦っぽいって言われて、俺らみたいになるためにデート中に見て学ぶんですって』
『なんじゃそら』
『初心だから、あいつら』
『相変わらず面白いこと考えるなあ』
『でしょう』
「兵助、先輩なんて?」
スマホが鳴ると同時に、勘右衛門に訊かれて慌てて答える。
勘右衛門よりも先に文面を見てしまったせいで顔が熱い。
やばい、今俺顔赤い。
早速予定を詰めている四人を横目に一人パタパタと顔を仰ぎながら、きっと今画面の前でしたり顔をしているであろう先輩を無性に殴りたくなった。
本日上々!
『じゃあその前に、二人だけでデートしないか。一か月記念に』
まさか覚えてるなんて思ってなくて、完全に不意打ちを食らったわけだが。
……ああ、もう! 絶対、こんなの卑怯だ……!