学園の要となって、火薬を守る。



怪我人に合わせてゆっくり帰っていれば、学園につく頃にはお天道様は真上に上がっていた。
校門の前には後輩達が待っているのが見え、こちらに気付いた者から順に駆け寄ってくる。その喜びは連鎖するように、次から次へと歓声が上がっていった。立花先輩もそこにいて、先輩方も一安心したようだ。
温かい言葉や心配そうな声に微笑んで、俺とタカ丸さんは血塗れの姿を見られないようにこっそり裏門へ向かう。

「みんな嬉しそうだったね」
「そりゃあそうだろう。暫く医務室が騒がしいぞ」
「あはは! そうだね」

下級生には特に、こんな姿は見せられない。分かっているからこそ、先輩方は俺達が抜けても何も言わなかったのだろう。

「久々知先輩、タカ丸さん」
「お疲れ様です」

裏門に着くと、そこには既に伊助と三郎次が新しい着替えと今回の目的である首桶を持って待ってくれていた。思わずタカ丸さんと目を合わせて苦笑する。
本当によく出来た後輩だ。

「ありがとう。お前達もお疲れ」
「ありがとね、二人とも。お疲れ様」

嬉しそうに笑う二人に、怪我の痛みも不眠不休の疲れも吹っ飛ぶ気がした。
きっと上級生はみんなそうだ。守るべき存在で、心配して冷や冷やさせられるけど、救われる。
後輩達の頭を撫でて、首桶を受け取った。

「さ、もうひと頑張りだ」



学園長先生の庵。水を被って着替えただけなので臭いはついているが、あのままの姿で出向くよりはマシだろう。
後ろに後輩達を座らせ、学園長先生の前に持ち帰った首桶を二つ並べる。

「ニセクロハツ城城主と、学園襲撃の首謀者のものです」
「うむ。ご苦労じゃったのう、火薬委員会」

学園長先生の言葉に首肯する。
そして、今回の件の報告のために口を開いた。

「ニセクロハツの件は、先輩方が既に主戦力を削いでくれていたお陰で綾部の罠と私と斎藤だけで片付けることが出来ました。先輩方は班ごとに三箇所の牢に拘束されておりましたが、平・綾部班と田村・浜班が全員を救出し、善法寺先輩の処置を受けることが出来たため全員無事です」
「そうか。四年生も成長したのう」

茶を啜りながら穏やかに言う狸ジジイ……ではなく学園長先生に何も反応を返すことなく、淡々と続ける。

「学園の方も残った五年と六年、そして各委員会の協力により最低限の負傷者だけで済みました。約五十六名、全員死亡と確認しております」
「うむ、よくやった」

おそらく、今回の件に教師は一切手出ししていない。学園長先生がそういう指示を出したようだ。生徒を信頼していると取るか、陰謀が働いていたと取るか。
恐らく後者だろうが、そこに言及するつもりはない。知らない方が良いこともある、ということだ。

「ではもう休んで良いぞ。明日は休日、存分に満喫しなさい」

それは、お互いに。

優しい声音に返事をして、後輩達を連れて部屋を出た。
強張っていた身体をほぐしながら、タカ丸さんが深く息を吐く。

「良かったあ、変なこと聞かれなくて」
「タカ丸さんは毎回緊張してますよねえ」
「しっかりして下さいよ。……でも、最初の頃に比べたら隠せるようになってきたんじゃないですか?」
「っ、三郎次くううん!」

優しく笑う伊助と珍しくフォローする三郎次に感極まったタカ丸さんが二人同時に抱き抱える。ずるいと思いつつ、苦笑いが零れた。

「はいはい、廊下で騒がない。さっさと医務室行くぞ」
「……あれえ、もしかしてバレてる?」
「今回は大丈夫だと思ったのに……」
「制服まで着替えたんですけどねぇ……」

気まずそうに視線を逸らすタカ丸さんと本気で首を傾げている二人に呆れながら溜息をつく。
三人の怪我は確かに巧妙に隠されている。俺に心配をかけたくないとか、この程度なら大丈夫だとか思っていたのだろう。

「俺がお前達の変化に気付かないわけ無いだろう」
「せ、先輩……!」
「う、嬉しくなんかないんですからね!」
「一生ついて行きます!」
「いや、一生はいい。重い」
「ひどいっ!」

軽快な掛け合いをしながら笑い合う。
ああ、帰ってきたんだなあ、と漸く実感がわいてきた。
俺達は無事に帰ってこれたんだ。

「あっ、」
「先輩方!」

医務室の喧騒が聞こえてきたところで、思い出したように伊助と三郎次が俺とタカ丸さんの袖を引く。
首を傾げると、二人が目を合わせて頷いた。

「「おかえりなさい!」」

笑顔で言われ、じんわりと胸に暖かいものが流れ込んでくる。
タカ丸さんもそうだったのか、まだ少し強張っていた笑顔が緩んだ。

「「ただいま」」

その返事を最後に、俺は意識を失った。




夜。五年生も寝静まっている時間に、六年生は起きていた。自室に戻れたのは比較的軽傷だった鉢屋と不破くらいのもので、他の六年生と五年生は医務室に寝かされている。

「……久々知め、無茶ばっかしやがる」
「……でけえ借りができちまったな」

苦々しい文次郎と留三郎の声がかすかに全員に届く。医務室で眠る五年生を起こさないように、その声は小さい。
ほっとしたところで火薬委員に運び込まれた久々知は、かなりキツめの毒を受けていた。幸い久々知に耐性があったので解毒剤は間に合ったが、今は熱に魘されている。

「……下級生達も心配そうだったね」
「火薬委員は怒ってたけどな」

伊作と小平太の言葉に、全員が対照的な後輩達の姿を思い出した。
久々知先輩は大丈夫なんですか、と心配する自分達の後輩に対し、火薬委員は「ぼくらは医務室に無理矢理でも連れて行くくせに!」「隠すなってあれだけ言っといて全く……!」「起きたらしっかりお説教しないとね!」と憤慨していたのだ。目が覚めることを微塵も疑っていない様子に火薬委員会の結束力が伺えた。

「……久々知は信頼されているな」
「……だが、火薬委員会に利用されたのは気に食わん」

長次と仙蔵の言葉にそれぞれが曖昧な表情になる。
利用されたと気付いたのは、任務失敗の報告をしに学園長の庵に行った鉢屋が帰ってきてからだった。

『火薬委員会が、任務を引き継いでやってくれたようです……。今回はお咎め無し、と』

悔しそうな鉢屋の顔は見ものだった。
そして、その場にいた火薬委員の微妙な表情も覚えている。
問い正すと、全てを白状してくれた。

ニセクロハツ城と学園襲撃の首謀者が繋がっていたこと。
ニセクロハツ城と首謀者の目的が学園の火薬であったこと。
久々知はそれらを調べる任務に就いていたこと。
ニセクロハツと学園を襲撃した組織、どちらの中にも間者がいて、学園長先生と繋がっていたこと。
「ニセクロハツ城を落とせ」という任務を言い渡した学園長先生の陰謀に、火薬委員会が乗っかったということまで。

『あ、でも学園長先生の陰謀がなんだったのか知らないし、先輩方が捕まった時は兵助くん本気で焦ってたからそこは信じてくださいね』
『そうです。あくまでもぼくらは敵の殲滅を任されたので最初から情報を知っていて、そこに偶然先輩方が囚われたので先輩方を奪還する騒動を利用させて頂いたってだけですから』
『先輩方がニセクロハツを落としに行くということも、ニセクロハツが偽の情報を流していたことも、ぼくたちは知らなかったんです。最初はぼくらのせいで捕まったのかと思ったくらいですし』

ついでにお小言のような、久々知を庇うような説明もつけられたがそれは嘘ではないのだろう。
間者がいたと聞いて、それぞれが納得した。仙蔵は、意識の無かった自分がどうやって仲間達の居場所を久々知に教えたのか。他の六年生も、檻の鍵が外れていた謎や城の中の敵が少なかった理由。恐らく、久々知と斎藤が殺した敵を片付けたのもその間者の仕業だ。

「学園長先生はここまで分かってて僕らに任務を出したのかな?」
「さあ、あのお方の考えは私達でも分からん。他に何か目的があったのかもしれんし」

久々知には一言言ってやらないと気が済まないが、心配させたことと救われたのは事実。言及はしないでおいてやろう。

「それにしても、久々知の成長ぶりは眼を見張るものがあるな」
「確かに。血の臭いを嗅いだ時はぞくっとしたぞ」
「五年生は元から恐ろしいけどな」

留三郎の言葉にふ、とそれぞれが笑う。嘲りではなく肯定の笑み。
あまり関わることのなかった後輩の成長を嬉しく思う。自分達も負けていられないと。

「けど、最初にお礼言わないとな。火薬も学園も、久々知がいないと危なかった」

しみじみと呟いた小平太に、ぽつりぽつりと同意する言葉が返ってくる。
伊作の「毒を受けたの隠してたことは怒るけどね」という言葉には笑い、留三郎も苦笑した。

「大分気ぃ張ってたろうな。何年か振りに、目一杯甘やかしてやろうか」

どうせお互い当分医務室からは出られない。
恥ずかしがるであろう久々知を想像し、それも良いかもしれないと笑いながら夜は更けて行く。


数日後、医務室には再び喧騒が訪れた。







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