あの先輩は、恐ろしい。



滝夜叉丸達とも合流し、漸く最後の先輩方とも合流出来た。滝夜叉丸と喜八郎が最初に向かった牢は竹谷先輩と七松先輩だけだったようで、二人とも怪我が凄かったが何故か凄く元気だった。七松先輩なんて足が有り得ない方向に曲がっているのに片足で飛び跳ねていた。流石人間じゃないと言われているだけのことはある。
最後の牢には善法寺先輩と中在家先輩、不破先輩と鉢屋先輩がいた。

「歩けないのは、勘先輩とこへ先輩と、長先輩ですね」

一番怪我が酷かったのは中在家先輩。五年生を庇ったらしく、右足に銃創、腹には刺し傷がある。庇われた五年生の二人も決して軽傷とは言えなかったが、それでも他の先輩方に比べるとマシだ。
善法寺先輩も左肩に刀傷があるが、救急道具を渡すと自分で処置した上に他の先輩方の処置も止める間もなく現在進行形で行われている。

「予想より少なくて良かったな」
「予想では何人だったんだ?」
「くく先輩は、最悪全員も想定してらしたよな」
「そうなったら最低一人は引きずってでも連れて帰ってこいって言われましたねえ」
「引きずっ……!? いや、あいつらしいよ」

俺と喜八郎の会話に苦笑する竹谷先輩。最悪全員死亡パターンも予想していたこちらとしては、割と本気でそれも予定していたのだけど……何も言うまい。

「それにしても、まさかくくが四年生を選ぶとは思わなかったよ。先生方と来るか、五年か六年を連れてくるとばかり」
「上級生が丸々抜けると危険だからと」
「他の先輩方には学園を守って頂いていますよ」
「ああ、そっか。……兵にはだいぶ心配かけさせちゃったね」
「……豆腐でもやっときゃ機嫌も治るさ」
「いやあ、怒った兵怖いからなぁ」
「医務室で説教コースかなぁ……」

五年生が、さっきの食満先輩とはまた違う意味で遠い目をしている。尾浜先輩は善法寺先輩が手当てをした後すぐに意識を取り戻した。開口一番「兵助豆腐はもう良いって!」だったことは、久々知先輩には言わないでおこうとそれぞれが心に誓ったことだろう。

「それだけ……心配させたということだろう……」
「……そうだな。任務から帰ってきてやっと一息つけると思ったら俺達全員捕まってんだもんな」
「……それ、考えたらかなりキツイっすね」

中在家先輩の言葉に、どことなくしんみりとした空気になる。ずっと一人でいたから分かるが、学友の暖かさを知ると急に一人になった時凄く辛い。
久々知先輩はその恐怖にも耐えていたのか。

「甘んじて説教受けるか」
「うん、覚悟しとこう」
「で、俺らが元気になったらさ」
「兵ちゃんお気に入りの豆腐屋さん行こうね」

……五年生って仲良しだな。
ふと気付くと、六年生は優しい目で五年生を眺めていた。
きっと昔からこういう関係なのだろう。
隣り合う学年は仲が悪いと聞いたが、この学年はそういうのが無さそうに見える。

「六年生も立花先輩から説教ですけどね」

穏やかな空気に水を差したのは喜八郎だ。そういえば立花先輩は無事なのだろうか。俺も三木ヱ門も医務室に寄る時間は無かったから、立花先輩がどんな状態なのかは俺も知らないのだ。

「仙ちゃん、意識が戻ってないんだったよな? 帰ったら戻ってるかな」
「仙なら大丈夫だって。どうせ帰ったら文句言いながら校門の前で待ってるよ」
「なんだその捨てきれねえ可能性」
「簡単に想像つくところが怖いな」
「仙は……寂しがりだからな……」

なんだ、六年生も仲良しか。
今度は五年生が悪戯っ子のような顔で六年生を見ていた。
どうやらこういう六年生は珍しいらしい。

「……よし! じゃあみんなの応急処置も終わったし、とりあえずくくとタカと合流しようか」

善法寺先輩が最後に竹谷先輩に包帯を巻きつけ、立ち上がる。
重傷の人も何人かいるが、とりあえずみんな生きていて一安心。久々知先輩にもタカ丸さんにも、学園で待つ後輩達にも暗い顔をさせずに済む。

「あ、右の字は僕が持つんで」
「やったー、左の字の肩車ー!」
「や、肩車はしねえよ?」

ひょいと尾浜先輩を背負う竹谷先輩。早速遊ばれている。

「じゃあ、僕は先輩をおんぶしますね!」
「……辛かったら下ろせ……」
「大丈夫ですよ!」

竹谷先輩に触発されたのか、次に不破先輩が中在家先輩を軽々と背負った。
不破先輩って意外と力持ちなのか。驚いた。

「じゃあこへ、肩かせほら」
「えー、文次はおんぶしてくれないのか? おんぶー!」
「黙れ! お前動き回るから嫌なんだよ!」

歩けない最後の一人、七松先輩は潮江先輩に肩をかされている。
背負われた状態で動き回るってどういうことだろうと想像して、なんとなく理解してやめた。

「肩が必要な先輩はいつでも言ってくださいね。タカさんとくく先輩も粗方片付いたらこちらと合流する予定ですし」
「あれ、兵はタカさんも連れてきたの?」
「ちょっと意外だねー」

不破先輩と尾浜先輩の言葉に首を傾げる。
タカ丸さんは俺達の中でも一番素早く動けるし、知識はまだ付いてきてないようだが足を引っ張られるようなことも無い。

「兵ちゃんはタカさんを可愛がってるからね」
「まあ、あいつら火薬だからな。……とりあえず、帰ったら二人の好物をたらふく食わせてやろう」

尾浜先輩の話を終わらせるように、鉢屋先輩がまとめた。火薬……委員会のことだろうが、話が繋がらない。困って食満先輩を見やれば、「後で教えてやる」と矢羽音が飛んできた。
一つ頷いて脱出経路を簡単に四年同士で確認する。決めていた道だから、タカ丸さんと久々知先輩と入れ違いになることは無いはずだ。

「では、行きましょう」

滝夜叉丸が先頭に立って、慎重に隠し部屋の扉を開く。
城の中にもう人はほとんどいないだろうけど、万が一のこともある。もし戦闘になったら動けるのは四年だけで、しかも怪我人を庇いながらだ。かなり不利になるのは目に見えて分かる。
脱出の時こそ慎重にな。と、久々知先輩には再三言われたことだ。

「人の気配が無いな。……くくとタカのやつ、全員始末したのか?」
「油断大敵ですよ。綾の罠もありますし、大方片付いてはいる筈ですが……」

ひそひそと話す体育委員会を尻目に、気を張り詰めて気配を探る。七松先輩の言う通り人の気配は一つも感じられない。本当に全員殺してしまったのだろうか……?
俺達はこの時少しだけ油断してしまった。
この一瞬が命取り。

「曲者!」
「え、」

背後の気配に気付かず、反応が遅れた。
食満先輩の言葉が耳に届く前に、目に入ったのは振りかぶられた刀。
避ける間も苦無を取り出す間も無く、ああ、隙を作るなと言われていたのに……という後悔がただただ渦巻いていた。
思わず目を瞑る。

「ごめん、思ったより残党処理に手間取っちゃったよ」

だが、降ってきたのは痛みではなく優しい声。
聞き覚えのある声に目を開けると。

「大丈夫? 守一郎」
「……タカ丸さん……」

返り血なのか自分の血なのか分からないくらいに真っ赤に染まったタカ丸さんだった。

「……あ、ありがとうございます。助かりました……」
「うん。でも目は瞑っちゃだめだよー。咄嗟に何も出せない時は手甲で防がないと。棒手裏剣入ってるでしょ?」
「あ、はい……」

ところどころ怪我もしていて、沢山屠ったことは臭いだけでも分かるほどだ。
それでもいつも通りの笑みを浮かべるタカ丸さんに、俺は恐怖よりも先に戸惑う。

「タカ……恩にきる」
「留先輩にはぼくらいつもお世話になってますからねえ。……さあ、早く脱出しましょう。後輩達が首を長くして待ってますよ」

食満先輩に微笑むと、持っていた小刀を振って血を落とした。
そして窓の外を見ると、何かの合図のように腕を上げる。

「……あ、柊……?」
「はい、くくちゃんに全員無事って報告したんです」

一つ鳴き声を上げた烏の声だけで個を判別した竹谷先輩に、素直に驚く。
タカ丸さんの応えにはっとしたのか、今まで呆然としていた尾浜先輩が声を上げた。

「あ、兵ちゃんは!?」
「外で待ってますよ」

タカ丸さんはいつもと変わらない声で、微笑んだ。



タカ丸さんの先導で、誰にも遭遇せずに脱出することが出来た。一安心して外に出るといつの間にか夜が明けており、あれだけ掘った喜八郎の罠が全て埋められていることがわかる。
久々知先輩とタカ丸さんが戦ったであろう場所には、至る所に血だまりが出来ていたが想像していた死体は一つも無かった。二人が処理したのだろうか。
そして、塀の上で鳩に書簡をくくりつけて飛ばす久々知先輩を見つけた。

「「兵助!」」

五年生の声に振り返る。
全員が無事であることを確認して、心の底から安堵したように微笑んだ。

タカ丸さんと同じように、血塗れになった顔。肩に止まった一羽の烏。変わらない笑み。後光のように背後に顔を出す朝日。
俺にはそれが何故かとても――



恐ろしかった。




「生物委員会から連絡があって、学園の方は重傷者を出すことなく無事に守られたそうです。立花先輩も目を覚まされたと」

伊賀崎からの紙をひらひらと見せ、先輩は嬉しそうに笑う。
二つの朗報に歓声が上がった。早く顔見せてやらないと、と会話が弾む。

そんな先輩方を見て、久々知先輩はまた穏やかに微笑んだ。
今回の件で、先輩に対する認識が少し変わった気がする。以前は優しくて博識な先輩だった。
だけど今は。



動じなくて、美しくて、凄くて、強くて――

そして、恐ろしい先輩だ。






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